2-7 復讐鬼と軍事機密(隠し味)
「だからあたしなにもしないわよ」
ヨシキの家に帰ってくるなりアマノはカーペットの上に転がった。
「ああ。お客さんなんだから、
ゆっくりしててくれ。
ただし、包丁とかを使ってる間はイタズラしないでほしい」
「しないわよ。
あたしだって危ないんだから」
(そういう考えがちゃんとできるってことは、
やっぱりいい子なんじゃないか)
よいよその考えにも疑問符がつかなくなった。
ヨシキが見つめていてもアマノは気にしていない。
どうやら部屋の観察をしているようだ。
(いい子だから悪いことをしないでほしい。
ご先祖様はそう考えてたのかもな)
するとさすがに視線に気がついたようだ。
アマノがくるりと転がってこちらを見てくる。
「またなんかあたしがムカつくこと考えてない?」
「疑心暗鬼になりすぎじゃないか?
いや、鬼だからいいのか」
「難しい言葉を使ってごまかさないの!
さっさと夕飯をよこしなさい」
「はいはい」
ヨシキは適当に答えて台所に向かった。
まずは野菜から。
水で洗ってまな板の上へ。
火が通りやすく、
玉ねぎなどわざと繊維を断ち切るように切っていく。
それから肉もいつもより小さめに。
(本当に手を出さない。いい子だ)
横目でアマノを見ながら鍋を出した。
作り置きもできるよう、
一人暮らしにしては大きめのものを買ってある。
そこにサラダ油、これを温める。
それから玉ねぎから入れ、
次にじゃがいもにんじんと肉を入れていった。
玉ねぎに火が通ったところで水を入れる。
アクをとりつつ具材の柔らかさを確認した。
よさげなところで火を止める。
「止めちゃうの?」
水を入れたあたりからアマノが横で様子を見ていた。
テレビの電源も消えている。
こちらのほうが気になっていたのだろう。
「沸騰したままだとルーが溶けにくいらしい」
アマノの疑問に答えながら買ってきたルーを箱から取り出した。
甘口と辛口を出して、
沸騰が収まったころに鍋へ入れていく。
それからかき混ぜていった。
「うまいのね。
これならヒナタの出番がないのも分かるわ」
「こういう黙々とひとりで作業するのが好きなんだ」
「そっかー」
「かといって、こうして作業中に話しかけられてもじゃまだって思わない」
「ちぇ」
「もしかして、
話しかけて集中を散らせたりじゃましたりしたかったのか?」
「別に。暇なだけだし」
「だったらテレビでもゲームでも好きに使っていいぞ」
「テレビはともかくこれの遊び方分からないんだけど」
指差したのは充電中のゲーム機。
携帯機としても据え置きとしても遊べるヤツだ。
だがアマノとしてはまだまだ未知の娯楽らしい。
充電台から取り出すこともできなさそうだ。
(アマノの分かりやすいボードゲームでも買っておけばよかったか)
諦めたアマノはテレビの電源を入れた。
ちょうどやってるのは地元のグルメ番組だ。
こちらもカレー特集のようで、
熱心に目を向け始める。
(隠し味を入れるなら今か。
多分入れるのを見られたら面倒だし)
そう思って冷蔵庫を開けた。
ネットでは冗談で『軍事機密』なんて言われる隠し味だ。
#
「できたぞ」
ヨシキはいつもよりていねいにカレーを皿に持って、
アマノに差し出した。
小さなテーブルの上にカレーの皿がふたつ。
ヨシキとしては珍しい光景だ。
「カレーって作るのかんたんだってヒナタが言ってたけど。
そんなにかんたんなら誰が作ってもいっしょじゃない?」
とは言ったがアマノの目は興味津々だ。
匂いで鼻がヒクヒク言っている。
「誰でも作れるからこそ、
おいしく作るには工夫がいるんだ。
俺はそれなりに考えて作ってる」
「ふ~ん。いいわ。いただきます」
アマノは自然な動きで手を合わせた。
(普段からやってそうで、
礼儀正しいな。やっぱりいい子だ)
それを見てからヨシキもいつもどおり手を合わせる。
「いただきます」
アマノが口に含んだ瞬間、目を丸くした。
それからよく噛んで、ちゃんと飲み込んでから、
「……コンビニのカレーと違う」
と感想をつぶやいた。
「だろう?」
「辛すぎないし、なにこの後味?
変なの入れたんじゃないでしょうね?」
いいながらもパクパクと口に運んでくれた。
いい食べっぷりにヨシキも胸が高鳴ってくる。
それに興味を持たれたのならはっきり答えるべきだろう。
「コーヒー牛乳だ」
「はぁ!? さっき買ってたのってカレー用だったの!?」
予想通りのリアクションだった。
入れるのを見られていたら、
止められていただろう。
ヨシキは普段のイタズラのやり返しに成功したような気分になってきた。
そんな誇らしげな顔で説明を続ける。
「もちろん、普通に飲んだりもするけどな。
だがカレーを作るときは必ず買ってる。
ネットで見た情報だが、俺好みの味になったからな」
「あんな苦いのを入れたらこんなにおいしく……」
今でも信じていないような顔をしながら、
アマノはスプーンですくったルーを見直していた。
カレーに入れてしまえば元の色はなくなるのだが、
それを探しているようだ。
「苦いコーヒーじゃないけどな。
ひとによってはもっと驚くような隠し味を入れてる。
お酒とか、キムチとか」
「カレーって料理が分からなくなってきたわ」
「俺もよく分かってない。
だが作ってて楽しいことは確かだ。
まだまだ奥が深いし、
もしかしたら俺が想像もしなかった隠し味があるかもしれない」
誇らしげに語りながらヨシキはスプーンを進めた。
いつもよりおいしい。
アマノが褒めてくれたからというのもあるだろうし、
アマノがいっしょだからというのもある。
料理を黙々と作って、ひとりで試行錯誤するのも好きだが、
こうして反応がもらえることもいいかもしれない。
(ヒナタも呼んでみるか。
ちゃんと下着がバレないようにする必要はあるが)
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