2-5 復讐鬼侵入
今日もヨシキは、
アマノのしょぼいイタズラを楽しみ、
あしらいながら終わった。
先日と違い、掃除当番も逃げずにこなしたが、
その後はなにかのためなのかさっさと帰っていたのが気になる。
それにヒナタはミコとまたでかけて行った。
イチロウもバイトなのでひとりで家に帰る。
何事もなく家の前にたどり着き、鍵を開ける。
家に入った直後、
「ちょっと待ったぁ!」
と誰かすぐに分かる声がして、
閉めようとしたドアがまた開いた。
振り向くと当然アマノがいる。
「ヨシキ、あんたの部屋、入らせてもらうわよ」
「なっ!?」
声を上げたときには家のドアは閉められ、
アマノの手で鍵をかけられた。
「ふふん、いい顔するじゃない。
だけどあたしを部屋に入れたからには、
その顔を真っ青にしてあげるわ」
見下すように首を斜めに傾けながらアマノは言った。
作戦が成功したのが誇らしいのかもしれない。
ヨシキはアマノを無視して、
リビングまでのドアをちらりと見る。
(部屋は片付いている。
洗濯機の中身は空だし、部屋干しもしていない。
ベランダにもパンツは干さないようにしているし大丈夫だろう)
ということを確認してから、
アマノに向き合う。
まだ偉そうな顔をしていた。
「まあ、入ってしまったものは仕方がない。どうぞ」
ヨシキは振り向いて小さめのリビングへのドアをあけた。
思わぬ反応だったようで、
アマノは首を反対側にかしげる。
「き、切り替えが早いのね。いいわ」
「多分、見られてまずいものはない」
「『多分』なのね」
「世の中に絶対はないからな。
もしかしたら俺にとっては見られて平気なものでも、
アマノにとっては衝撃的なものもあるかもしれない」
「理屈っぽいのね」
「事実だろう。
妖怪と人間は価値観が違うところもあるし」
そんなやりとりをしてから部屋へと入った。
「お、おじゃまします」
アマノは思い出したように言った。
ヨシキはコクコクとうなずく。
「へぇ、案外片付いてるのね。
男の部屋なんて散らかってるものだって、
ミコは言ってたのに」
このマンションはやや狭い1LDK。
平成のころは学生がひとり暮しするには贅沢な間取りだが、
今はこれくらいは普通だ。
リビングはアマノの言う通りキレイにしてある。
洗濯物は当然放置されず、
飲み捨てられたペットボトルが放置されていることもなく、
捨て忘れたゴミ袋もない。
目立つのは大きめのテレビとゲーム機くらいだ。
これらもキレイに整頓してあり、
ホコリひとつ乗っていない。
アマノがそんな様子を眺めている間、
ヨシキは小さい食器棚からグラスを用意する。
「ひとによるだろう。麦茶でいいか?」
「あら、おもてなししてくれるの?
あたしがなにをしにきたのか分かってるでしょ?」
「お客さんだからな。
復讐に来たからと言って雑には扱わないぞ」
顔を向けないまま冷蔵庫を開けた。
「あー!?」
「見られてまずいものはないからな。
そうやって脅かしてもダメだぞ」
適当にあしらいながら振り向くと、
アマノが間抜けな口の開け方をしていた。
ヨシキの反応が思ったとおりにいかなかったことに顔をしかめる。
「ちっ」
舌打ちまでされたが特に気にせず、
小さなテーブルに冷たい麦茶を差し出した。
「どうぞ」
「どうも」
アマノは偉そうにあぐらをかいてグラスに口をつけた。
またもパンツがよく見える。
今日のは本当に虎柄だ。
「片付き過ぎてていい復讐も思いつかないわ」
「なんかしてくれることを期待したんだが」
「はぁ!? あんたそういう趣味なの?
だからイチロウとつるんでるの!?」
心底イヤそうな顔をして聞いてきた。
ヨシキはすぐに弁解する。
「いや、アマノと一緒にいると騒がしくて飽きないからだ。
イチロウとつるんでるのは、趣味が合うからではない。
友人とはいえヘンタイだから、
いっしょにされるのは微妙にイヤだな」
「そ、そうね。あんたは蹴られたがらないものね」
弁解を聞いてアマノも安心したような、
言い過ぎたと思っているような顔になった。
そんな顔になっていたことにあとで気がついたのか、
アマノはハッとして強気な顔に戻す。
「っていうか、なんであんたそんなに復讐が平気なのよ」
「復讐って。
これじゃ、イタズラみたいなもんだろう」
「イタズラじゃな――まあいいわ。
言い返すのも飽きたし。
ひとはこういうの嫌がるものじゃないの?」
「小さい頃は、アマノがやったことと同じことをされて、
泣いた子供がいたのを覚えてる」
「ほ、ほらっ――」
「だけどそういうのって、遊びたいから、
かまってほしいからやったらしいんだ。
だからアマノもそんなふうに思ってるんじゃないかって」
「そんなわけないでしょ!
あたしはヨシキに復讐しにきたの!
馴れ合ったりしたくて、
こんなことしてるんじゃないからね!」
アマノは腕をダダっ子のようにばたつかせながら言い返した。
それでもヨシキはアマノが照れ隠しでやっているようにしか見えない。
「はいはい、そうだなそうだな」
「あたしの言うこと信じてないわねー!」
「まあそう怒らずに、
お菓子でも食べて機嫌直してくれ」
そう言いながら棚からお菓子の詰め合わせを出して差し出した。
「こんなんで……。なにこれ」
お菓子を見るなりアマノは物珍しそうに見た。
近くのコンビニには置いてなかったので、
文字通り初めて見たのだろう。
「いわゆる駄菓子だな。
子供っぽいとか、
古臭いとか思われがちだが安くて節約にもなる」
「ふ、ふん……。でも一番高そうなのもらうわよ」
アマノは鼻を鳴らしてソースカツを手にとった。
本当に一番高いものを選んでいる。
乱暴に袋を破いて豪快にかじりつく。
「おいしいわね」
「だろう?」
満足気にうなずいたヨシキはお茶のおかわりを差し出した。
駄菓子は意外と喉が渇く。
アマノもそう思ったのか、
自然な手付きでお茶へと手を伸ばした。
おいしいものを食べたからかアマノの機嫌は良くなってきた。
まるでかまってくれたことを喜ぶネコのような表情だ。
(やっぱりかまってほしいんだな)
そう思うとヨシキも嬉しく思い、
少しだけ口角を上げた。
これ以上顔に出すとまたなにか言われるので、
今はこうしておく。だがこうも思う。
(この流れなら話してくれるか?
ご先祖様のこと)
アマノの口からは『あいつ』、
ヒナタの口からは『あのお方』なんて呼ばれているご先祖様。
名前は当然として、そのひとについてヨシキはなにも知らない。
今までは聞く機会がなかったが、
ちょうどいいチャンスが巡ってきたかもしれない。
「機嫌を直してくれたところで、逆に俺からも聞きたい。
俺はご先祖様のことをまったく知らない。
どういう人物だったんだ?
アマノはどう思ってるんだ?
教えてほしい」
すると顔をしかめた。いつもならば大きな声で返すところだ。
だがおいしいものが目の前にあるからか、
おもてなしをした効果があったからか、
アマノは重い口を開く。
「あいつは腹が立つやつだった。
いつも誰にでも優しくて、
あたし以外の妖怪を退治したときも命を取らずに見逃したり、
事情に寄っては保護したりしてた」
「ヒナタみたいに救われた妖怪も多かったわけか」
「あたしは救ってもらってないけど」
言い捨てるように言った。
自分の機嫌を取るように、
スナック棒の袋を開けてかみつく。
(本当は救われたかったとか?
やっぱり仲良くしたかったんじゃないのか?)
「何よその顔」
「いやアマノは何をされたかったのか気になっただけだ。
ご先祖様はアマノだけ態度が違ったのか?
だから不服だったとか」
「他の妖怪とかひとと同じよ。
だからムカつくの。
あたしがなにかやると、
いっつもやってきて説教するのよ」
「アマノは何をして説教を受けたんだ?」
「おかしを盗んだり、
家の仏像に落書きしたり、
子供をからかったり……。
他の鬼はもっと怖いことしてひとを脅かしてたけど」
(アマノのイタズラレベルがクソザコなのは昔からだったのか?)
「やっぱりなんか言いたげな顔ね?」
「なんでもない。話を続けてほしい」
わざとらしい咳払いを挟んで、
「あたしは人間の困ることをする。
それは鬼なんだから当たり前。
なのにそれをあいつは否定したの。
『キミはそんなことをするような子じゃないって』」
「前にも言ってたな」
だがヨシキにはいまいちその言葉の意味が分かっていなかった。
アマノは本当はいい子だから、
悪いことをしないでほしいということなのだろうか。
だがこんなクソザコレベルのイタズラならされても説教じみた言葉は出てこない。
少なくとも自分が陰陽師でアマノになにか言うならそう考える。
考えてる間もアマノはクソザコエピソードを続ける。
「それにムカついて何度も仕返ししに行ったわ。
戦いもボロ負けだったし、
家まで押しかけて嫌がらせしたけど、
ヨシキと同じようにあしらわれたりしたわ」
(そこもクソザコだったのか?
いや、ご先祖様が強すぎたってことも考えられるし)
「ヨシキあんた、
さっきからあたしに失礼なこと考えてない?」
アマノはさらに目を鋭くして見てきた。
ヨシキは真顔のまま顔を向け続ける。
「そんなことはない。
せっかく直してもらった機嫌を損ねてしまうからな。
話してくれて、ありがとう」
笑顔で礼を言った。
するとアマノは歯をむき出しにする。
「そんな態度するからムカつくのよ!」
「お礼? お詫び?
といってはなんだが、夕飯をごちそうする」
「はぁ!? 恩を売って復讐を免れようっての!?」
「いや、アマノの復讐は怖くないんだが……。
まあ、そういうことでいい」
「あたしの復讐が怖くないって言ったわね!
今のは気のせいとか聞き間違いとかじゃなかったわよ!」
「それじゃ買い物に行こう。
ついてきてくれ」
アマノの言うことを無視してヨシキは出かける準備を始めた。
バッグや財布を用意して、
殻になったグラスを下げて、
お菓子も片付ける。
せっせと準備を終わらせると、
「ちょっと!? 説明しなさい」
と言いながらもアマノはついてきてくれた。
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