2-4 妖怪三人娘結成
(あーもー。なんでヨシキのやつ、
あんなに余裕あるのよ!?)
教室を出ていったアマノはさらに勢いで学校も飛び出した。
それからフラフラと街の中をうろつく。
(やっぱりあたしに復讐鬼の名前は重いの?
だから今は陰陽師のちからもない人間を怖がらせることもできない?)
少し落ち込みながらトホトホと歩いた。
住宅街から商店街の方へと出る。
この商店街は数年前まで、
少子化や都心への人口流出などの問題で寂しい状況になっていた。
だが妖怪と人間がいっしょに生活するようになり、
妖怪向けのお店ができ始め繁盛する。
それを狙って人間もお店などを出すようになり再び栄え始めた。
アマノにはそんなことを知りもしない。
それでも賑やかな様子を見て、
(なんかないかしら……。
これだけ店があるんだから、
使えそうな道具や、案のひとつやふたつありそうね)
とやる気になってきた。
三〇分くらい歩いた頃。
アマノはため息をついてベンチに座り込む。
目の前には派手な色をした建物あり、目に留まった。
「あれは……飲み物?」
同じ学校の生徒や若い女性が何人もこぞって出入りしている。
出てくる女性は皆ストローの刺さる透明なコップを持っており、
そこで飲み物の店だと分かった。
(気になる……。
じゃなくって、今は復讐のことを考えないと)
思ってその場を去ろうとするもベンチから尻があがらない。
おまけに目線も動かない。
ただ、店を出てくる客の持っているものが気になる。
さらに気になる存在がお店にやってきた。
「あいつらは……」
ヒナタとミコだ。
自分がフラフラしている間に掃除当番も終わったようだ。
学校からその足でやってきたことが制服姿から分かる。
「ここだよー」
「まぁ、とてもかわいらしいお店ですこと」
「そうでしょー?」
「お誘いしたのはいいのですが、
行き先に見当がつかなくて。
やっぱりミコ様におまかせして正解でしたわ」
「でしょでしょー。
あたいのこともっと頼ってよー。
ヨシキくんじゃなくてさー」
「わたくしはヨシキ様を頼りにしているのではありませんよ。
ヨシキ様に頼られたいのですわ」
そんな話をしながらふたりは店内へ。
しばらくすると他の客と同じようにストローの刺さるコップを持って出てくる。
「いただきます」
「どうぞどうぞー」
ヒナタが待ちきれなかったと言わんばかりに
ストローに小さな口をつけた。
『ちゅー』っと擬音が付きそうな表情で飲み物を吸う。
ストローに桃色の液体が通る。
「おいしいですわ」
「気に入ってくれて嬉しいわー」
「甘くて、ふわふわしてて、
見た目も味もかわいくてすてき」
(甘い飲み物なんだ)
ヒナタの感想で事実を知るとアマノはつばを飲んだ。
当然つばは甘くはない。
昔から甘いものが好きだ。
人間がおかしを作っていたらそれを奪ったり、盗んだりしていた。
この妖和の時代は盗みなんてめんどくさいことをしなくてもいい。
妖怪でも平等にお金でものを手に入れられる。
コンビニやスーパーという便利な店でたくさんのお菓子が買える。
とは言っても、このお店にひとりで入る気にはなれなかった。
他の客は必ずふたり以上で出入りしている。
さっきのヒナタとミコもそうだ。
それにヒナタとミコを見て気になったなんて言い出せないし、
それを認めるのもなんだかイヤだった。
「そこの鬼ちゃ~ん。
見てないでこっち来てよ~」
すると急にミコが大きな声でこちらに呼びかけてきた。
しらばっくれようにも『鬼』と呼ばれてしまっている。
当然周囲どころか、同じ街に鬼は自分しかいないだろう。
「まあ、アマノ様いつからそちらに?」
おまけにヒナタにまで声をかけられた。
これでは逃げられない。
観念してアマノの方からふたりの元へ。
「い、いいでしょ!
考え事しながら歩いてたらここに来ちゃっただけよ。
別にヒナタとミコが飲んでる飲み物が気になってたわけじゃないからね!」
「素直でいいこね~」
「素直ですわ」
「違うって言ってるでしょ!」
反論するもののふたりは当然信じてはくれなかった。
ムスーっとした顔をするも、
ふたりはニヤニヤしながらこちらを見ているだけだ。
「ほら、アマノちゃんもおごるわよー」
「いいわよ。他人に貸しを作りたくない」
「今はそんな時代じゃないわよー。
むしろ鬼だって言うならー、
偉そうに好意を受け取ったらどうー?」
「あたしはそんな偉かったわけじゃ……。
むしろ鬼の中では変わり者扱いで、その」
ミコに持ち上げられて急に弱気になってしまった。
普段は気高き鬼を名乗っているが、
いざ鬼扱いされるとどうすればいいか分からなくなってしまう。
どうしてだろうか。
他の鬼と違って偉い地位、
大きな戦いの勝利、
人間からの恐怖を得られなかったからだろうか。
戸惑う様子を見せてしまったからか、
ミコは偉そうながらも気を使ったような声をかける。
「いいじゃない。
鬼ってだけで偉そうにしても。
強気でいかないと復讐なんてうまくいかないかもしれないわよ」
「そ、そうねっ。
じゃあいただこうかしら」
それを聞いてようやく自分の望んだ態度を取ることができた。
#
アマノがひとりで座っていたベンチの両隣には、
ヒナタとミコがいた。
逃したくないとか特別な理由はないのだろうが、少し気になった。
「確かにおいしいわ」
だがそんなくだらない考えは、
飲み物もおいしさに吹き飛んだ。
昔人間から盗んだ抹茶や果物の果汁を絞った飲み物とは違う。
これが今どきの味なのだと実感する。
「アマノちゃんも気に入ってくれてよかったわー」
「女の子はみんな甘いものが好きだと聞いたことがありますわ。
アマノ様も例外ではないということですの」
アマノがおいしそうに飲んでいるのを、
なぜかヒナタもミコも嬉しそうに見ていた。
ふたりとは違う味を選んだはずなのに、
まるで味覚を共有しているようだ。
「っていうかふたりは怒らないの?
あたしが掃除当番放り出してきたこと」
「ご自覚なされてるんですね」
普通は怒るだろう。
だがアマノの疑問にヒナタは苦笑いでしか返してこなかった。
ヨシキに危害を加えたのにそれすらも怒らないのは疑問でしかない。
「気に食わなかったらいいんじゃないー。
あたいはヒナタちゃんといっしょだからやっただけー。
普段はサボってるよー」
「まぁ! でしたら今後はわたくしがごいっしょして、
ミコ様がおサボりにならないようにしないと」
「ヒナタちゃんがいっしょならサボらないってー」
「ミコは現代に馴染んでるのね」
アマノはふたりのやり取りを見て不思議そうな声でつぶやいた。
パンツに対する考えも、
普段は掃除当番をサボっているのも、
大妖怪であることの誇りも、
なんとなく自分と近い価値観を持っていると思っている。
なのに新しくなった妖和の時代に馴染んでいた。
起きたばかりのアマノは首をかしげるばかりだ。
「楽しいからねー」
ミコは人間の男をたぶらかすのと同じくらい楽しそうな笑みを浮かべた。
面妖ではなく無邪気さしかない笑みだ。
それにはヒナタもにっこり。
「新しく知ることを楽しめる。
ミコ様は素敵ですね」
「ありがとー!
ヒナタちゃんに言われるとすっごーいうれしいわー」
「なによ、馴れ合っちゃって」
大妖怪ならば自分より弱い妖怪は顎で使ってもいいくらいだ。
ヒナタと仲良くするより力で従えたほうが大妖怪らしい。
事実アマノより強い鬼たちはそうしてきた。
時代が違うといえばそこまでだが、
そんなに簡単に変わるものかとアマノは思って、
反対側に首を傾げた。
対してミコはさらに無邪気な、
小狐のような笑みを浮かべた。
「いいじゃないー。
昔は偉いとか、強いとかそういうので張り合ってたけど、
今は新しく変わった世界を楽しんだもん勝ちじゃーん」
「あたしの考えが古いってこと?
復讐をやめろってこと?」
「ううんー。
復讐はやるべきだよー。
だってヨシキくんがムカつくんでしょー」
「そうよ。今日もすました顔であしらわれてイライラしてたの。
だから今日もブラブラ歩いてイライラを発散してたわ。
いい案も浮かぶかもしれなかったし」
「浮かびましたか?」
ヒナタが煽っているように聞こえた。
アマノはあからさまに不機嫌な顔を見せる。
するとミコはごきげんな表情で、
「手伝うよー」
と気軽な声で口にした。
アマノは豆鉄砲でも食らったように目を丸くしてから、
撃たれた方向を探すように目を細める。
「手伝う? 復讐を?」
「うんー。アマノちゃんを見てるとねー、
なんだか応援したくなっちゃうんだー」
ミコは『応援』という言葉を使ったが、
そんなことを考えているようには思えなかった。
アマノはミコの細くなった妖狐特有の目を見つめる。
(ミコはあたしの手伝いをして得をする……。ってこと?
なんの得をするか分からないけど、
あたしには関係ないかしらね。
でも文字通り狐に化かされないかしら)
考えているとヒナタも意を決するように口を開く。
「わたくしは、アマノ様のやろうとしていることは分かりません。
ですが、アマノ様のためにもヨシキ様のためにもなることでしたら、
お手伝いしたく存じます」
「あたしがやろうとしてることは、
間違いなくヨシキのためにならないわよ」
「ですが、ヨシキ様はアマノ様にイタズラされることを、
喜んでおられますよ?」
「はぁ!? なにいってんの!?」
信じられず声を上げた。
周囲に響き渡るが特に気にされることはない。
「今朝、ごいっしょに登校したのですが、
アマノ様がイタズラの準備をしているなんて、
笑顔で予想しておりましたから」
「本当、なんなのあいつは……。
ヨシキも蹴られて喜ぶタイプなのかしら」
それを聞いてアマノは信じられないように頭を抱えた。
「そういうのは、
ヨシキくんとつるんでる一つ目小僧だけで十分なんだけどなー」
ミコもこれは予想していなかったのか苦笑していた。
それでもヒナタは、
人助けのことでも考えているような明るい声で言う。
「なのでわたくしも、ヨシキ様が喜ぶのでしたら、
知恵をお貸しいたしますわ。
こう見えても座敷わらしですから、
イタズラは得意ですの」
「だーかーらー、
あたしのはイタズラじゃなくて、復讐だっての!」
勘違いを正すように言うが、
ヒナタは笑顔を崩さなかった。
考えを改める気はないようだ。
「いいじゃないー。
イタズラでも復讐でもー。
アマノちゃんはヨシキくんの嫌がる顔が見たいー。
ヒナタちゃんはヨシキくんの喜ぶ顔が見たいー。
不服だけど目的は近くないー?」
「ちーがーうー」
「はい、いっしょですわ」
食い違う答えを聞いてミコはうなずいた。
立ち上がって宣言する。
「妖怪三人娘結成ね」
それを聞いてヒナタは口を丸くして小さな手で拍手した。
アマノは疑うように目を細める。
「いや、学校には妖怪いっぱいいるでしょ。
むしろ人間より妖怪のほうが多いまであるわよ」
「妖怪三人娘、なんとすてきな響き。かっこいい」
まるで英雄の仲間に入れてもらったように、
ヒナタは目を輝かせていた。
「ヒナタ、あんたも変わり者ね」
「はい。自分でもよく理解していますわ」
「あたいも似たようなもんだし、いいでしょ~」
「ゴーインな考えね」
アマノは諦めとともにストローに口をつけた。
こころなしかさっきよりも飲み物がおいしく感じる。
(ゴーインか。ヘタに方法考えるより、
ゴーインに突っ込んだほうがいいかも)
ようやく次の復讐のアイディアが浮かんだ。
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