1-1 復讐鬼来校
――おはようございます。
妖和二年五月六日、ゴールデンウィーク明けですが、
みなさんいかがお過ごしでしょうか?
という誰かが見ているニュース動画の音声を聞きながら、
人間のヨシキは騒がしい教室に入った。
このクラスは人間より妖怪のほうが多い。
鬼のような珍しい種族こそいないが、
カッパ、狼男、妖狐、雪女、化け猫、天狗、蜘蛛女、
さらに担任の先生は口裂け女だ。
年号が平成から変わってさらに学校や街には妖怪が増えた気がする。
「ようヨシキ、今日は遅かったじゃないか?」
ヨシキの席の前、
出迎えてくれたのは一つ目小僧のイチロウだ。
その名前が表すとおり、
大きな一つ目がヨシキを物珍しそうに見てくる。
室内なのになぜか学生帽をかぶっているが、
一つ目同様もう見慣れた。
「ああ、おはよう。
なんか変な夢を見て寝坊……。
おかげで弁当を作りそびれた。
文字通り魑魅魍魎が跋扈する
購買のパン争奪戦に挑まないといけない」
ダルそうに答えながらヨシキは席に座った。
席は一番うしろ、昼寝をするにはおあつらえ向き。
今日はそんな地の利が活かせそうだ。
そう感じてあくび。
「ならおれっちがついでに買ってこようか?」
「頼む。俺だとひとつも買えそうにない」
前に様々な妖怪にもみくちゃにされたことを思い出しながらうなずいた。
それから違うことを思い出してヨシキは続ける。
「あとイチロウ、今日バイトだったな?」
「おう。『例の物』買いに来るか?」
「ああ。帰りに寄っていくからそれも頼む」
「りょーかい。
ところで、ヨシキが見てた夢ってどんな夢だ?」
「ひとの夢の話なんてつまらないだろう?」
夢を見たヨシキ自身がつまらなそうに聞いた。
だがイチロウはなぜか興味津々に一つ目を近づけてくる。
「いいや、もしかしたら人間と妖怪、
違う夢を見るかもしれないだろ?
それとも言えないほどエロい夢でも見たのか?
それならそれでなお聞きたい」
「それはイチロウが見たい夢だろう?」
ヨシキが言い返すと、
イチロウはにっかりと笑ってみせた。
その目に呆れたヨシキの顔が映っている。
「かんたんに言うと、
俺が陰陽師になって、
鬼と戦って倒して、説教してた」
「なんだそれ。
そんな映画でも見てたのか?」
「いいや。まったく思い当たるフシがない。
そもそも鬼って珍しいし、会ったこともない」
「おれっちもないな。
この学校どころか、県内にはいないんじゃないか?」
「酒呑童子、茨木童子、アマノジャク、吸血鬼も含めて有名な妖怪だが、
人数が多いとは限らないってことか」
「ところでその鬼って、
男か? 女の子か?」
イチロウが椅子を動かしてずいっと近づいてきた。
ヨシキは特に気にせずに答える。
「女の子だったな」
「いいな~。
おれっちも女の子に説教されたいなぁ~」
「俺が説教してたって言っただろう。
イチロウの願望を勝手に合体させるな」
ヨシキは呆れながらも、
いつもどおりと思いながらツッコんだ。
イチロウは『ツッコミご苦労』と笑ってみせる。
「どんな女の子だったんだ?」
それからさらにでかい目玉を近づけてきた。
その瞳に眠そうな自分の顔が映る。
「やけにくいついてくるな」
「だって、ヨシキは寛大さ、欲のなさからして
仏、菩薩なんて言われてるんだぜ」
「大げさな。悟りを開いた覚えはないんだが」
と眉をひそませながらそう言われた理由を考える。
ヨシキは本当に怒らない。
自分でも最後に怒りという感情を抱いたのが
いつだったか思い出せないくらいだ。
スーパーの特売を逃しても、
ゲームで理不尽な状況に襲われても、
クラスメイトから地味な男子と言われても、
なんとも思わなかった。
感情がないわけではない。
ゲームをやったりイチロウと話しているときは楽しいし、
ホラー映画を見て驚くこともある。
恋愛経験が薄いからかラブストーリーなどはあまりピンとこないし、
女子のパンチラを見ても特に思うことも反応もないのだが。
「そんな性欲の薄いヨシキの夢に女の子がでてきたなんて、
興味あるに決まってるんだろう?
恥ずかしがらずに答えてくれよ。
ヨシキの好みの女子をさ」
「別に恥ずかしがることはない。
それに好みの女子かどうか分からないくらい、
詳しくは覚えてない。
金髪で、ツノは人差し指くらい、目つきが鋭かったな」
「いいな~。そういう目で見下されたいぜ」
「それはイチロウの願望だろう。
俺の好みの女の子が気になるんじゃないのか?」
聞いたところで五分前の予鈴がなった。
クラス内はそんなのは特に気にせずガヤガヤとしている。
「みなさーん、
ちょっと早いですけど朝のホームルーム始めますよー」
そう言いながら口裂け女の先生が入ってきた。
今日も化粧が濃い。
なんでか気合が入っているようだ。
「先生、口紅変えました?」
「あら、ミコちゃん、
よく気が付きましたね~。
先日買ってみたの。
って、今は先生の話じゃなくて、
転校生を紹介したいの」
その言葉に教室がざわついた。
席を離れていた生徒たちがざわめいたまま、
自分の席へと戻っていく。
転校生は珍しくない。
人間と妖怪がいっしょに生活するようになって、
歳をとっても勉強がしたいという妖怪はいっぱいいるからだ。
あるいは人間との共同生活の練習、
あこがれを持って学校にやってくる妖怪も多い。
それでも『転校生』という言葉には不思議な魅力がある。
ヨシキも少し眠そうだった目がさせるほど、興味をそそられた。
「入ってきて~。
大丈夫よ、このクラス妖怪のほうが多いから」
先生に呼ばれて入ってきたのは、
金髪の女の子だった。
背丈は一五〇センチくらいだろうか。
スカートを極端に短くしているので、
すらりとしてキレイな足が見える。
イチロウが好きそうだ。
事実興味津々に体が前のめりになっていた。
だが、金髪からは一五センチほどの二本のツノが伸びてる。
見ればすぐに分かった。
「鬼だ」
「珍しい」
「初めて会うかも」
「思った以上にかわいいな鬼って」
「ふ~ん、かわいいじゃん」
「好みかも」
「踏まれたい」
妖怪という存在に慣れた人間からも、
同じ妖怪からもそんな声があがった。
(偶然か、夢で見た鬼と似てるな)
ヨシキも口にこそ出さないがそんなことを思って、
珍しい鬼の転校生を見ていた。
(ってこれじゃ小説の主人公みたいじゃねーか。
これからあの子と異世界転移でもするか?)
自分のことを笑ったところで、
ぱっちりとした目の鬼が教室を見渡す。
「アマノよ。よろしく……」
と偉そうに腰に手を当てて挨拶をした。
偉そうな女子はクラスにもうひとりいる。
さっき先生の口紅を指摘したミコだ。
それでいてイチロウのような男子に人気なので、
転校生の態度は気にならない。
それより気になるのは目だ。
(なんか誰かを探してるって目してるな)
そんな目の動き、硬い口元に、ひそむ眉を見ながら思っていると、
「いた!」
急にこちらを見て声を上げた。
「あんたよ!
一番うしろの人間の男!」
ヨシキは左右を見るが右には空席と狼男、
左は空席とカッパの男子、
前にはでかい目を更に見開く一つ目小僧。
つまり人間の男に該当するのはヨシキしかいなかった。
「俺か?」
「そうよ!
ついに見つけたわ!」
アマノと名乗った鬼は、
大きな足音をたてながらこちらに歩いてくる。
背丈と足の太さから考えられない足音だが、
これが鬼の力なのだろう。
もちろん、床を踏み抜いたり、
ヒビが入ったりするほどの力はない。
人間を超えた妖怪の力は、
妖和の時代には失われている。
だとしても鬼の迫力みたいなのは感じた。
(な、なんだなんだなんだ!?
俺はなにをしたんだ?
ここまで妖怪に恨まれることなんてしてないぞ!)
ヨシキはそう思いながら、
席を立って逃げ出そうとする。
だがアマノはすでにヨシキの机の前におり、
その細い手を机に叩きつけた。
「あたしはアマノ!
あんたの祖先に恨みがあるわ!」
「祖先?」
改めて名乗られたことだけでなく、
意外なことを言われてヨシキは
体の動きを止めて聞き返した。
するとアマノは文字通りケンカを売るように顔を近づけてくる。
少し目線を下にやると着崩した制服から、
下着が見えてしまいそうだった。
「そうよ!
知らないとは言わせないわ」
下着が見えそうなことなんてお構いなしに、
アマノは主張をぶつけてきた。
ヨシキはなんとか目線をそらさずにまっすぐ見つめて聞く。
「祖先って、どのくらい前だ?」
「平安時代よ!
あんたの祖先にボッコボコにされて、
この時代になるまで寝てたんだから!」
「いや、そんな時代まで遡られても分からんって」
「はぁ!?
あんたの家系は陰陽師みたいなことやってて、
仕事を継いだんじゃないの?」
「いや、俺の父親は中学の先生で、
母親は役所で働いてて……、
継ぐような仕事もなければ、
陰陽師とか聞いたことないし」
素直に答えた。
それでもアマノは鋭い目つきでキッとヨシキをにらみ続けている。
(ぱっちりした目が台無しの顔だな)
なんて思っていると、
アマノは細くした目をぱっちりさせて顔を離した。
「……まあいいわ。
復讐したいことに変わりないし」
「俺の両親じゃダメなのか?」
「ふたりも見てきたわよ?
陰陽師やってなかったし、
それい以上にあんたが本当に似てるの!
ムカつくほど生き写しだわ!
だからあんたに復讐するって決めたの!」
アマノは腕を組んで、見下すように言った。
これにはヨシキも眉をひそめる。
「それってもう八つ当たりとかそんなんじゃ……」
「いいのよ!
あたしは鬼よ!
人間を困らせる存在なんだから」
「どういう理屈だよ……」
「今日から毎日恐ろしい目に合うから覚悟なさい!」
そう宣言してからアマノは前の黒板まで戻った。
「で、先生、あたしの席は?」
「えっと、アマノちゃんが復讐したいっていう
ヨシキくんの右隣よ」
「監視するにはちょうどいい場所ね」
そしてまたこちらに戻ってきた。
ヨシキの方を警戒するようにチラチラと見ている。
そんなアマノをクラスメイトたちがオドオドした目で見ている。
おとなしくアマノが席についた。
そこでようやく裂けた口を歪ませた先生が、
気を取り直すように咳払い。
「そ、それじゃ、改めてホームルームを始めます」
お読みくださいましてありがとうございます。
この小説を書き終わってから「鬼○の刃」を見始めて、思った以上に鬼が流行ってるのを知りました。
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