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りねず祭りに咲く花火  作者: おんぷがねと
5/10

5. 花火会場にて

 僕とマリンとこすずが歩く。マリンを真ん中にしてお互いがマリンの手を繋ぎながら歩いた。こうやって歩くと何か家族みたいに感じた。


 僕はどんなことがあってもこすずやマリンを守ってやりたいと思った。それは男なら自然に湧き出るものなのだと感じた。


 マリンと歩調を合わせながら歩く。石段を上り丘の上まで来ると広場が見下ろせた。丘を挟んで広場の反対側には海があった。


 広場と海は出店の提灯や街灯などで所々明るかった。広場が花火会場になっていて、大会本部のテントが置いてあった。


 丘にはたくさんの人々がまばらに並んでいて、花火を見に今か今かと待ち望んでいる様子だった。


「わーひろーい」


 マリンが喜びながらはしゃぐ。


「あそこに大会本部がある。行ってみよう」

「ええ」


 僕たちは大会本部へ歩き出した。しかしその瞬間マリンが僕の手を引っ張り離した。


「きゃ」


 マリンが叫ぶ。マリンは両手で胸を押さえて俯いている。こすずは驚きながらマリンに聞いた。


「マリンちゃんどうしたの?」

「うー何かがマリンの浴衣を引っ張ったの」

「え!」


 僕は直ぐに背後を見たが薄暗いところを人が通り過ぎて行くだけだった。


「なごる」


 こすずが慌てて僕の肩を叩いた。


「何?」

「これ見て」


 こすずはマリンの浴衣の襟の後ろ側を見せてきた。


「これ、破けてるわ」


 見ると爪か何かに引っ掛かれた様に小さく破けていた。


「何でこんなことに?」


 僕は辺りを見た。木や茂みなどはなく、マリンが引っ掛かりそうな物は何もなかった。


「こすずお姉ちゃん……怖いよ」


 マリンがこすずに抱きつく、こすずはマリンの頭をなでた。


「大丈夫、大丈夫よお姉さんが付いているから」


 こすずは優しくマリンに言う。その顔は守って見せるという凛とした表情にも見えた。


「なごる早く大会本部へ行きましょう」

「うん」


 そのとき、ドンッと花火が打ち上げられた。ピューっと光の玉が音を立て飛んでいき、パッと色とりどりの光がド―ンと丸く散らばり流れ落ちる。


 僕は思わず見てしまった、周りが明るくなり花火の音と共に蒸し暑さが吹き飛ぶようだった。


「わーきれい」


 マリンが喜んで言う。さっきまで怖がっていたのに、花火がそれを忘れさせてくれたようだ。


 こすずも花火を眺めていた。驚きと笑っている表情が花火の光で浮かび上がる。ふたりはとても楽しそうにしている。僕は後ろを警戒しながら花火を見ることにした。


 花火が打ち上ると人々の歓声が上がる「たまやー」「かぎやー」など意味は良くわからないが、そんな言葉を叫んだりもしていた。


「きゃーははは!」


 マリンは花火が打ち上るたびにはしゃいだ。こすずはマリンを庇う様に自分の前にマリンを立たせて花火を見ていた。


 (ピューピュー、ドードーン)暗い夜空に描く花火は、夢や希望などに向かう人々の背中を強く押してくれる。そんな力強さを感じた。


 サーっと風が流れる。夏の体に風が触れると自然に熱を飛ばし、気持ちを落ち着かせてくれる。


 花火の音が全身に響き、僕はその消えては打ち上る花火を情感の眼差しで眺めていた。こんな風景が次いつ見れるかわからないから、今この瞬間を大事にしよう。


 ポツポツと水滴が上空から落ちてきた。雨が降り始めた。僕は手のひらを出して雫を受け取り、花火の上がる光の中で確認をした。


 雨は次第に強くなっていく。


「雨降って来たわね」


 こすずが手のひらを出して言う。花火の光で映し出されるこすずの顔は少し濡れていた。


「うん」


 僕は空を見上げ言った。


「中止かな?」


 そのとき、場内に男性の声で放送が流れてきた。


 ――えー本日は花火大会にお越しいただき誠にありがとうございます。お客様にお詫び申し上げます。本日は雨天のため一旦中止とさせていただきます。なお1時間しても……。


「中止だって」 


 こすずは空を見上げながら言った。

 放送では時間までに雨が止んだら再開するらしい。


 ……本日はご来場いただきまして、誠にありがとうございました――。

 

 と、放送が終わる。


 小雨程度で中止になるとは思わなかった。周りからはため息交じりの声が聞こえていた。空を見上げると雲の隙間から微かに星が見えていた。


「花火終わっちゃったー」


 マリンは寂しそうな声を出す。


「こすず、マリンを大会本部へ連れて行こう」

「ええ、そうね……」


 こすずはマリンの濡れた頭をハンカチで優しくふき取っていた。


「行きましょう」


 こすずはマリンの手を繋ぎ、僕たちは大会本部へと向かった。


 大会本部に着いてみると空を眺めている人や、慌ただしくしている人たちが居た。僕たちはマイクの近くにいる犬のお面をつけた叔父さんに声を掛けた。


「あのーすいません」

「どうしました?」


 僕は手をマリンに向けた。


「この子、母親が見つからなくて迷子なんです。それでここに連れて来たんですが」

「迷子? それは大変だ。直ぐに連絡するからね。名前は何て言うのか分かるかな?」

「マリンです」

「マリンちゃんね。5歳くらいかな?」

「そうです」


 叔父さんは手早くマイクのスイッチを押すと会場中に声を広げた。


 ――本日はりねず祭りの花火大会にお越しいただき誠にありがとうございます。ご会場のお客様に迷子のお知らせを致します。えー水色の浴衣に水色の下駄をお召しになった5歳の女の子で、名前はマリン様、マリン様が大会本部にてお連れ様をお待ちです。お心当たりのお客様は大会本部までお越しくださいませ――。


 繰り返し、叔父さんはさっきと同じようにマイク向かって言葉を掛けた。

 放送を終えると叔父さんは僕たちに言った。


「じゃあ本部でその子を預かるけど、どうする? 親御さんが来るまで君たちも待っているかい?」

「そうですね……」

「この雨が止んだらまた花火を再開するからさ」


 僕はこすずとマリンを見た。


「こすず、ここで待ってみる?」

「そうね、マリンちゃんも寂しいと思うから待っててあげよう」


 マリンはこすずの足にしがみついている。


「僕たちここで待ってます」

「そう、あ! 今椅子でも用意するからそれに座っててね」


 そう言うと叔父さんは椅子を取りに行った。


「こすずお姉ちゃん」

「なに?」

「マリン、海が見たい」

「海?」

「連れてってくれるんでしょ」

「でも、今マリンちゃんのママね、ここに来るからここで待ってよう」

「ううん、ママはお仕事してるの」

「仕こと?」

「うん、だからお仕事が終わったら帰ってくるって言ってたの」

「え! じゃあ、あの場所で待ってなきゃ」

「ううん、ママは当分マリンのところに帰って来れないって言ってた」

「え、仕ことが長引くってこと?」

「う、うん」


 叔父さんが椅子を持ってきて僕たちの脇に並べた。


「ここに座っててください」


 それだけ言うと叔父さんはマイクのある席に着いた。


「なごる」


 こすずが僕に話しかけた。


「なに?」

「マリンちゃんが海を見に行きたいって」

「うん、それは連れて行ってやりたいけど、お母さんここに来ると思うし、それにここに居れば安全だと思うから」


 僕はさっきマリンの襟がちぎられていることを思い出して、出来るだけ危険を避けたいと思った。それは何もないところで服が切れることが不自然だと感じたからだ。


「マリンちゃんのママね、お仕事に行って遅くなるらしいの。だからそのお仕事の間だけ海にって思ったんだけど」


 僕はマリンに聞いてみた。


「マリン、海に行きたい?」

「うん!」

「怖いお化けが出て来るかもよ、それでもいい?」

「へーきだよ」


 僕はこすずに言った。


「正直、行くのはやめたいんだけど……マリンが行きたがってるから、叔父さんに言ってみるよ」

「うん、お願い」


 こすずは頷いた。こすずに後押しされ僕はさっきの叔父さんのところに行った。





最後までお読みいただきありがとうございます。

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