4. 小さな迷子
「あっちの方からだ」
僕が指をさすと、こすずは頷いて後をついて来る。
風鈴屋に着いた。羊のお面をつけた女性の店員が立っている。こすずは店員に話しかけに行った。
「いらっしゃいませ」
「すみません風鈴をひとつください」
「では、どれになさいますか? 今ならふたつ買うとお安くなりますよー」
店員の元気な声が響く。
「どれになさいますか? なごるくん」
こすずは僕の顔を覗くように言った。
僕は綺麗に並べられて飾られている風鈴を眺めた。風が吹くと(リンリン)と鳴る。
心地よい音色が耳を触る。色々な風鈴が自分を見て欲しいかのように、それぞれ個性を出していた。
「うーん、あの青色の小さなやつをください」
「はい、500円になります」
「あ、あともうひとつお願いします」
「はい、ではどれになさいますか?」
「どれになさいますか? こすずさん」
僕はこすずの肩をポンと叩き言った。
「え! 私に?」
僕は黙って頷いて返した。
「……じゃあ、あの桃色の小さいのをお願いします」
「はい、じゃあふたつ合わせて800円になります」
僕は店員にお金を渡すと店員は僕たちの言った風鈴を持ってきて渡してくれた。
「はいどうぞ」
「どうも」
僕は青色と桃色の風鈴を手に取ると、こすずに桃色の風鈴を手渡した。
「あ、お金渡すね」
「いやいや」
僕は手を振ってこすずの行動を止めた。
「僕の気持ち……じゃなく、さ、サービスしてたからついでに買っただけだよ。それ、こすずにあげるよ」
「え? あ、ありがとう、私が弁償する約束だったのに」
こすずは桃色の風鈴の紐を指に掛けて眺めた。
「綺麗ね」
桃色の浴衣を着ながら、桃色の風鈴を眺める彼女の姿は風景と相まって計算では測れない美しさがそこに有った。
「なごる、そろそろ花火が始まるころだから、会場の近くまで行ってみましょう」
「花火か、いいね」
「じゃあ決まりね」
こすずは風鈴を帯に巻き付けると歩き始めた。僕は場所がわからなかったので、こすずの後について行くことにした。
人々が僕たちと同じ方へ向かっている。家族で子どもと手を繋いで歩いている人たちや、はしゃぎながら走り去っていく子どもたちや、ゆっくり歩きながら向かう恋人たちなど。
僕とこすずの関係は一体何なのだろう?
こすずの風船を取るときに僕が誤って自分の風鈴を壊してしまった。だからこすずが弁償するために僕をこのお祭りに誘って、風鈴を買ってもらう約束したけど、もうそんなことはどうでもよくなっていて……。
何だろう良くわからないけど、こすずの不思議な魅力に段々と惹かれていく僕はダメなのかな?。
こすずを歩きながら見てみる、とてもうれしそうに歩いている。素直に一緒に居たいと言えれば解決するのだろうか?。
「ねぇなごる。あの丘の階段を上った先に花火の見える場所があるのそこまで行こう」
「うん」
「きゃあ!」
突然こすずは小さな悲鳴を上げた。
「どうしたの?」
僕はこすずに近寄り見てみると、水色の浴衣を着た小さな女の子はこすずの前に尻もちをついていた。
「この子がぶつかって来て」
その子は尻もちをついたままグスングスンと泣いている様子だった。
こすずは屈んでその子の肩に優しく手を添える。
「ごめん、大丈夫? 怪我はしてない? お姉さん気づかなくて」
その子は顔を上げると涙ぐんでいた。
「マ……ママが帰って来ないの」
「ママが帰って来ない?」
「うん、ママね直ぐ戻ってくるからって言ってたの、でもずっと戻ってこないの」
「どのくらい待ったの?」
「んーわかんない」
「お姉さんねーこすずって言うの、こっちはなごる」
こすずは僕に指をさした。僕は手を上げて答えた。
「お姉さんに君の名前教えてくれないかな」
「マリン」
「じゃあマリンちゃん、立てるかな?」
「うん」
こすずはマリンの手を持ち立ち上がらせた。その後マリンの浴衣についた埃を手で払ってからこすずも立った。
「なごる、この子迷子みたい」
こすずが困った表情で言う。僕は言った。
「大会本部へ預けに行ってみよう、そこへ行けば職員がアナウンスで流してくれるかもしれない」
「うん、そうしたほうが良さそうね」
こすずは屈んでマリンに言った。
「これからママを探しながら歩いて、ママを見つけてくれるところに行くからついてきてくれるかな?」
「うーん、お腹すいたー」
マリンは自分の腹を押さえた。
「お腹? お姉さんたちが出店で何か買って上げるから、何か食べたい物ある?」
「チョコバナナが食べたい」
「じゃあ、お姉さんたちがそのお店まで連れて行ってあげるから、そこで買いましょう」
「やったー」
さっきまで泣いていたマリンが笑顔になった。僕はこすずに言った。
「あのさ、しばらくマリンが待っていた場所で待ってみない?」
「お母さんを待つの?」
「うん、忘れるってことはないと思うけど、何かで遅れて直ぐにマリンのところへ戻れなくなったとかあると思うし」
「うーん、じゃあ少しだけ待ってみる?」
「うん、それに僕たちがついてるし」
「わかったわ」
それから僕たちはマリンを連れてチョコバナナを買いに行った。人通りはさっきより空いていた。
チョコバナナ屋に着くと、キリンのお面をつけた女性の店員が立っていた。
「いらっしゃい」
「えーっと、こすずも食べる?」
僕は聞いた。こすずは首を上下に動かした。
「えーっとみっつください」
「はい、600円ね」
僕はお金を払うと店員はチョコバナナを渡してくれた。僕はこすずとマリンにチョコバナナをひとつずつ手渡した。
「ありがとう」
「ありがとうなごるお兄ちゃん」
こすずとマリンは嬉しそうにお礼を言った。
「いや、まあ」
大したことじゃないのに、そうやって喜んでもらえると何だかうれしい気分になる。僕はそれを隠そうとして、ぎこちない笑顔を作り後頭部を片手で擦った。
「マリンちゃん、マリンちゃんが待っていた場所に案内してくれるかな?」
こすずが中腰になりマリンに聞く。
「うんいいよ」
マリンは大きく頷くと指をさして歩き出した。
「あっちの方にあるの」
僕たちはマリンの後について行く。すると出店と出店の間に少しの空間がありそこに長椅子が置いてある場所に辿り着いた。
「ここだよ」
そう言ってマリンは長椅子に腰かけた。僕たちも腰かけた。
行き交う人々が通り過ぎていく。下駄の音や笑い声、僕たちが存在しないかの様に人々は気にせず通り過ぎていく。マリンはこんな風景をどのくらい眺めていたのだろう。
「あまーい、おいしー」
マリンはおいしそうにチョコバナナを食べている。
「おいしーね」
こすずも食べて口元を手で押さえている。
僕も食べてみた。バナナの酸味とチョコの甘みが溶け合ってとてもおいしく感じた。
「マリンちゃんは、いくつなの?」
こすずはマリンに質問をした。
「5歳だよ」
「チョコバナナ好きなの?」
「うん、甘くておいしーから」
「私も好き、おいしいよねー、マリンちゃんは他にどんな食べ物が好きー?」
「うんとねーママのお料理」
「ふーんママの料理おいしーんだ」
「うん、大好き」
「パパはどうしてるの?」
「……わからないの、ママは遠くへ行ったって言ってた」
「遠くに……?」
悲しそうな顔をマリンは一瞬見せた。こすずは話題を変えるように違うことを聞いた。
「その浴衣かわいいね。ママに買ってもらったの?」
「うん、マリンの好きな色、水色のやつ買ってもらった」
「水色が好きなんだ、水色綺麗な色だよね」
「うん、綺麗な海の色してるから好きなの」
「海が好きなんだ。ママに海へ連れてってもらったりしたの?」
「ううん、ないの、危ないからって」
「そうなんだ」
マリンは寂しいそうな顔をしていた。こすずはマリンの背中を優しく触れて言った。
「そうだ! 私が海に連れて行ってあげる」
マリンはにっこりと微笑む。
「ほんとー?」
「うん、ママを見つけてママのお許しをもらったらね」
「やったー!」
「なごるも一緒に行くでしょ海に」
こすずは僕の方に顔を向けて聞いてきた。僕はそれに答えた。
「いいけど、あんまり遠い海だと大変じゃない?」
「あれ、この会場海が近いんだよ、知らなかった?」
「え! そうなの?」
「そうよ、そこへ行こうと思ったんだけど」
「ああ、それならいいんじゃない」
「じゃあ決まりね」
人通りが少なくなってきていた。僕は花火のことを思い出した。
「こすず、そろそろ行こうか。待っていてもお母さん来なさそうだし」
「そうね」
「それに、花火も始まるし、大会本部もその会場にあるはずだから」
「花火、そう花火よ、マリンちゃん花火見に行こう」
「はなび? うん!」
僕たちは立ち上がり、くず籠へチョコバナナの棒を捨てると花火会場へ向かった。
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