3. りねず祭りにまつわる伝説
こすずは月のネックレスを首に下げた。
「どう、似合う?」
「え、あー似合うよ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
僕は女に負けたことが頭から離れず適当に返した。
ガヤガヤしているお祭りを見渡すと皆楽しそうしている。出店で遊ぶ子連れの家族、手を繋ぎながら歩く恋人たち、お面をつけて騒いでいる子どもたち。
「何か食べたい物ある?」
隣を歩くこすずに聞いた。
「んーかき氷が食べたいなー」
「かしこまりましたお嬢様」
ニコーっとこすずは笑顔になるとポンと僕の背中を叩いた。こうなると僕が下僕になるしかないのだろう。
もうここに来て散々おごったからっていう理由で、おごりたくないって言い訳したいけど、そんなことは絶対言えない、言っちゃいけない、なぜなら僕が男だからだ。
僕たちはかき氷屋に着いた。牛のお面をつけた女性の店員が居る。
「いらっしゃい、何にしますか?」
「こすず、何味が食べたい?」
「んーイチゴがいいなー」
「じゃあイチゴとレモンで」
「はい、イチゴとレモンね、それだと400円になります」
僕は店員にお金を払った。店員は手際よくかき氷をカップに入れてシロップを掛けて渡してくれた。
「はい、お待ちどうさま」
僕はかき氷を受け取りイチゴをこすずに渡した。
「ありがとう」
こすずは両手でつかみ受け取った。
どこかに座って食べようと思い僕は場所を探した。少し広い空間に長椅子が置いてあるのが目に留まった。僕はそこを指さして言った。
「あそこで食べよう」
「うん」
こすずは待ちきれなかったのか、もう食べ始めていた。
「おいしー」
着いてみると、そこには背中合わせの長椅子があり、それを囲う様に花壇が置いてあった。僕たちは長椅子に腰を下ろした。
「ふう」
僕は一呼吸した。それから持っているかき氷をすくって食べた。この会場の熱気の中で食べるかき氷の冷たさは格別だった。
「あ、うまい」
「あーおいしかった」
こすずは食べ終えて言った。僕はまだ食べ終えていないため、こすずの事を聞いてみた。
「こすずってさ面白いよね。色々見て回ったけど何かアタフタしてたり、勝負のときは迷わなかったり」
「ふふ、私ね不意に聞かれると気持ちが焦っちゃって、どうしようかって考えちゃうの。その分、勝負って集中できるからかな」
「へー僕もね、焦るときあるよ。道に迷ったり忘れ物したりするときとか」
「ふーんなごるもあるんだ」
こすずは下を向いて微笑んだ。そう言えばこすずは丘の上で何をやっていたのだろう。
「風船が好きなの?」
こすずは目をパチパチしながら僕を見た。
「風船?」
「丘の上の木の所で風船が取れなくて困っていたから」
「あーあの風船ね。妹が風邪を引いていて、ゆずこって言うんだけど、ゆずこに風船買って来てって頼まれて、それで」
「風邪なのに風船って?」
「変わってるでしょ」
「変わっているっていうか、こすずに似てるんじゃないの」
こすずは眉間に皺を寄せて言った。
「どういう意味よ」
「いや何でもありません。でも、妹さん早く元気になるといいね」
「うふふ、うん、ありがとう」
りねず祭りか、僕は初めてその名前を昨日知った。りねずってどういう意味かこすずに聞いてみた。
「あのさ、このりねず祭りのりねずって何? 僕こっちに越して来たばかりだから知らなくて」
「ええ! ああそっか、そうね……りねずって言うのはハリネズミの事、だからハリネズミを祭っているの」
「ハリネズミ?」
「そう、何でハリネズミ祭りじゃなく、ハとミを取ってりねず祭りなのかと言うとね。ハは離れる事、ミは見守る事を指しているの。子どもを育てる時には離れて見守る事も大切だという想いや願いがあるといわれているわ」
「へーでも何でハリネズミなの、他の動物でも良くない?」
「この町にはね、伝説があるの」
「伝説?」
「そう、捨て子のハリネズミ伝説って言うの」
「捨て子?」
「うん、たしか母親のハリネズミが自分の子どもを育てられなくなったから、子どもを人通りの多い所へ座らせて『すぐ戻るから、ここで待ってなさい』って母親は言って、その場を去ったの」
こすずは少し沈んだ声になった。
「それから子どもは待ったわ、母親が迎えに来てくれるのをずっとね。それでも母親は戻ってこなかった。思い立った子どもは母親を探して歩きだしたの。それでやっと見つかって子どもは喜び駆け寄った。でもそこに居たのは石になった母親の姿だった。子どもは母親が死んだと思って、自分の体を海に投げ入れたの……だから、供養っていうかそういう意味でもあるのこのお祭り」
こすずは悲しそうにうつむいた。
「んー何か悲しい話だね。離れて見守る事が大切なのに何で悲しい結末なの?」
「たぶん、育てたいけど育てられなくて遠くで見守る事しかで出来ない辛さを知って欲しいみたいな」
「何か納得いかないなー何で石になったの?」
「良く分かんないけど、んーえーっとねーハリネズミには人々を幸福にする力があるの、石になるのは永遠にその役割を果たしていくためなんてね」
「え! わかんないの?」
「私はそう思っているだけ、本当の事はわかんないけど」
「うーん、ハリネズミの親子の事を思うと何だか切ないな」
「だから今日は楽しもう」
「そうだね」
(グ~)僕のお腹が鳴った。
「腹減ったなー、こすず何か食べる?」
「たこ焼き食べたい」
「たこ焼きか、じゃあ行こう」
僕たちは立ち上がり、近くのくず籠へさっき食べたかき氷のカップを捨てた。たこ焼き屋に着くと、ウサギのお面をつけた女性の店員が居る。
「いらっしゃい、いくつにします」
「えっとふたつ下さい」
「はいよ、じゃあ600円ね」
僕は店員にお金を渡した。店員は手際よくたこ焼きを舟の形をした皿に載せていく。
「お待ちどおさま」
「どうも」
僕はたこ焼きを受け取りひとつはこすずに渡した。
「さっきのところで食べようか?」
「いいわ」
僕たちはさっきかき氷を食べた長椅子のところへ行った。椅子に座ると早速食べ始めた。
「いただきまーす」
こすずはうれしそうに言うと、たこ焼きを口に頬張る。
「うん、おいしー」
僕もたこ焼きを食べた。カリッとした感触と溶けるような柔らかさが口の中で広がりタコの弾力がソースと絡まってとても美味しかった。
「うまい」
あらためてお祭りの雰囲気を味わいながら食べる物って、贅沢で格別なものに感じる。人の行きかう声、通り過ぎる足音、色々な出店の匂い、そういうものが知っている味であっても、なぜかおいしく感じるのだ。それはこすずが隣に居てくれるということもあるのだろう。
「あーおいしかった」
こすずはたこ焼きを食べ終えて満足そうにしている。
「僕の残っているけど食べる?」
「ん、くれるの?」
「うん」
僕はたこ焼きをひとつ爪楊枝で刺してこすずの口元へ差し出した。
「はい、あーん」
「あーんって何やらせるのよ、恥ずかしいでしょ」
こすずはバシッと僕の背中を叩いた。
「あはは、ごめん」
「早く食べちゃいなさいよ」
こすずはソッポを向いて呟いた。僕はたこ焼きを急いで食べた。
「ゲホッゲホッ」
「何やってるの」
こすずは渋い顔をして肩を落とす。
「……いや、ちょっとタコが」
「タコが生きてたの?」
「え! いやいや、動いてないから」
「咳き込んでたし」
「タコが喉に詰まって」
「え! なごるってタコアレルギー」
「はっいや別にアレルギーではないけど、風鈴依存症だよ」
「風鈴、依存症って?」
「風鈴の音を聞かないと夜も眠れないやつ」
「あ! だから最初に会った日に風鈴を持っていたのね」
「そ、そうそう」
「風鈴の音って綺麗だよね」
「うん、落ち着くっていうか、夏の暑い夜を涼ましてくれる感じがね」
「風鈴と言えば、私が今日なごるに買ってあげる約束だよね、忘れてたわ」
てへへと舌を出してこすずは笑う。
「あーそうそう、そうだよ、風鈴僕も忘れてた」
僕たちは立ち上がりたこ焼きの入っていた入れ物をくず籠に入れると、風鈴屋を探した。歩いていると遠くの方で風鈴の賑やかな音が聞こえてくる。
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