青い空の下、もう一度
「ママー、ママー、あっち!ブランコ空いてる!」
「はいはい、そんなに早く走らないで。ママ追いつけない」
「早くー!ブランコとられちゃう!」
ついこの間までよちよち歩きだと思っていたのに、急に大きくなった気がする。活動的になり、行動範囲も広がり、言葉もたくさん覚えてきた。
夏海はわが子を必死で追いかけながら、自分の必死さは即ち息子の成長なのだと思うと誇らしさと喜びが湧いてくるのを感じていた。
「ママ!押して押してー」
「あら?瞬は自分で漕げないの?」
苦笑しながらブランコのチェーンを引っ張り、背を押してやる。
「せーの!ほらっ!」
「わーい!」
高く振り上げられ、それが嬉しいらしくキャッキャと歓声をあげている。
「ちゃんと掴まっててね!手を離しちゃだめよー」
「えー?ママなにー」
夏海の声が聞きとりづらかったのか、片手を離してこちらを振り返った瞬は、バランスを崩して片足が座席から落ちてしまった。
「……っ、瞬!」
夏海は心臓が止まる気がした。しかし固まっている場合ではない、瞬の落下予想位置でうけとめようと走り出す。
その時。
「あぶない!」
夏海より早く、寸でのところで瞬を抱き止めてくれた人がいた。
◆◆◆◆◆
抱き止められるやいなや、瞬はワーッと泣き出した。
「瞬、瞬!」
火が付いたように泣きわめく息子の許へ夏海は這うようにたどり着き、全力で抱きしめた。瞬ももがくように夏海に飛びつく。
「大丈夫?怪我は?痛いとこない?」
「ママー、ママー!」
泣き続ける瞬の全身を検める。小さな擦り傷はあるが、他は特に怪我を負っている様子はない。
ホッとして、夏海は全身の力が抜けた。瞬を抱えたまましゃがみ込んでしまう。
「よかった、怪我はなさそうですね」
その声を聞いて、真に瞬を守ってくれた存在がいたことを思い出し、夏海は慌てて声の方向を振り仰いだ。
「あのっ!この度は……」
本当にありがとうございました。
そう言おうとしたが、その人物の顔が見えた瞬間、夏海は声を失った。
……周?
「怖かったなー。次からはママの言うこと聞いて、手離すんじゃないぞ」
そう言いながら、瞬の頭をぐりぐり撫でてくれた。瞬は見知らぬ男性には人見知りが発動して近寄るだけでも泣き出すのだが、今はブランコから落下したショックのほうが大きいのか、目をまんまるに見開いたままされるがままになっている。
「お母さんも、良かったですね」
夏海を責めることなく、へたり込んだ自分に手を貸して立たせてくれた。しかし夏海は驚きで声が出ない。顔も、声も、背格好も。全てが死んだ夫・周に酷似していたからだ。
(この人は、誰……?)
やっと亡夫ではない別人だと理解出来た夏海は、瞬を下ろしてその人物に二つ折りで頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました!本当に、ほんとにありがとうございました!あの、なんてお礼を申し上げれば……」
「そんな、大袈裟な。ただの通行人です」
恥ずかしそうに片頬だけで笑う―。その笑い方も週と瓜二つで、また夏海は不思議なデジャヴュを見ているような気がした。
「俺も男ですから、身に覚えがあったんです。あ、あれは落ちるな―、って。通りかかって良かった」
そう言うと再び瞬の頭を優しく撫でた。瞬は嬉しそうに、そしてなぜか得意げに頷いて見せた。
「瞬、お兄さんにお礼言いなさい」
「ありがとおっ!」
「ご・ざ・い・ま・す、でしょ」
「アハハ、いいですよ。瞬くん?次から気を付けるんだぞ」
「うん!」
じゃ、と手を挙げると、母子を救った青年は、公園の外へ向かって去っていった。
(びっくりした……)
瞬がブランコから落ちたこと、ほとんど無傷だったこともだが、何よりあの人物に驚かされた。こんなことがあるだろうか。
夫に瓜二つの人物が、瞬の危機を救ってくれた。
その時、夏海はハッと気づいた。
そういえば-。
今日は、瞬を授かったことが判明した日。そして周にそれを告げ、結婚を約束した日だったことに。
(やっぱり、周が助けてくれたの、かな)
涙が滲みそうになり、慌てて空を仰ぐ。真っ青な空に、周の笑顔が見えた気がした。
-Fin-




