幕間①
ただの帰省です、クビじゃありません
私たち王宮で働く者たちは年に一度、1週間の長期休暇がもらえる。私のような独身の者は実家に帰ることが多い。たまに旅行に行く人もいるけど女の一人旅っていうのはほとんどなく、だいたい数人で行くことが多い。騎士団がいるといえど治安のあまり良くない地域もあるため場所によってはスリに会ったりするからだ。女性なら身の危険を感じる場所もあると聞く。
私も家族で2泊程度の旅行になら言ったことがあるが友人だけでの旅行はまだ行ったことがない。ぜひとも1度はしてみたいと思う。
旅行もいいが私は今はゆっくりとくつろぎたい。
と、いうわけで--帰ってきました!in領地!
城から馬車で半日かけ、ようやく着きました。1年ぶりに帰ってきたけど、うん、何も変わってない。
馬車を降りてから実家に向かって歩を進める。大きな旅行鞄を持って歩いていると領民が声をかけてくれる。
「ああ、お嬢様お帰り。」
「なんでい、クビになって帰ってきたか?」
「ちげーだろう、嫁さ、嫁。結婚適齢期じゃけな。」
私の赤子の頃からよく知っているおじ様おば様方、特におじ様方には好き放題に言われている。今日もみんな元気だ。
「違います!ただの帰省ですよ。いつもの長期休暇です。仕事はまだ続けますよ。」
「ははは。男どもの言うこたー気にせんでええよ。それよりその大荷物大変だろう。ちょうど領主様の所に野菜やら届けに行こうと思ってたところでね。荷台に乗せるかい?」
「おば様、ありがとうございます。じゃあ、遠慮なく。」
普通貴族なら馬車での迎えがあるものだがうちはよそとは違う。
よっぽどの時じゃないと馬車は出してくれない。辺境の地を任されているため、自警団の給金を払わなければいけない分節約している。馬車ばかりのっていて体力が衰えてしまうといざという時困る--というのが父の言い分だ。そう、ただの言い分なんですよ。まあ、おかげで侍女を続けていける体力と根性がついたのでそれはそれでよかったとは思う。
そして、その自警団の人たちの食事の準備などもあるため、敷地内には大きな畑があります。そこで全ての物を作れるわけではないのでその分は領民の開いている肉屋や八百屋など各店から仕入れているわけです。
我が家は、男性は自警団の見回りや訓練、敷地内の畑は雇った人たちと一緒に母や私も手伝っています。働かざる者食うべからずが我が家のモットーです。貴族っぽくないでしょ?
そんな我が家だからこそ領民との距離が近く、幼い時からのびのびと育った。
山だから城下町と違って雪が多いが、除雪はしっかりとされていたためそこまで歩きにくくはなかった。
「半年くらい前から姫様付きに昇格したんだって?凄いねぇ。」
おば様と一緒にリヤカーを引く。褒められるとなんだかこそばゆい。
「姫様付きの侍女だとどんなことをするんだい?」
姫様付きになって8ヵ月。振り返ってみるとあんな事やこんな事あったなーと思うけど、言えない。それは言えない。
「う、うーんと、普通に姫様の身の回りのことをしているよ。」
語尾に?が付きそうな言い方になってしまった。そして当たり障りのない事しか言えない。田舎は都会以上に噂話の回りが早いから。下手なことは言えない。冬だから寒いはずか冷や冷やして体は熱い。ちょっと冷や汗もかいてしまった。
そんなやり取りをしているうちに実家の門前へ到着する。門番が笑顔で出迎えてくれる。
「お嬢様、お帰りなさい。」
「お久しぶりですね。お元気でしたか?」
やっぱりここはいいな。人が温かい。笑みがこぼれる。
「ただいま。こちらも皆さんお変わりなしですか?」
「ええ、みんな元気ですよ。先ほどから奥様がまだかまだかと待ち構えておりますよ。」
「ありがとう。おば様もありがとうございました。」
「いえいえ。じゃあ届けたし、もう帰るさね。ゆっくりしいや。」
返事をして門をくぐる。何か見たことのない小屋が増えている気がするが後で聞こう。
「荷物は先にお運びしますね。旦那様も奥様もお話があるそうです。先に執務室へお行きください。」
執事に荷物を渡し、廊下を進んでいく。途中の階段を上り、執務室へ向かって歩いている途中で話し声が聞こえた。父と母だ。
「お父様、お母様、ただいま帰りました。」
2人同時に振り返る。
「うむ。」「まあ、お帰りなさい。」
父は昨年よりちょっと、ほんのちょっとだけ白髪が増えた気がするけど、2人ともとても元気そうだ。
「アンナ、侍女を続けるとはどういうことだ。早く嫁げと言っているだろう。」
渋い顔で早速小言を言われてしまった。以前風で送った返事がやはり気に食わなかったようだ。
「もう、あなた。そんなことはどうでもいいのよ。それよりもアンナ、報告というか、相談というか・・・ちょっと話したいことがあるの。部屋へ行きましょう。」
母が父をぶったぎる。相変わらず母には頭が上がらないようだ。うん、母強し。
なんだか項垂れそうな父を後目に母と近くの部屋へ入る。
「よかったわね、疑いが晴れて、犯人が捕まって。話を聞いたときはさすがの私も肝が冷えたわ。」
「ごめんなさい、心配かけて。」
改めて言われると申し訳なく思えてくる。
「お父様も心配して仕事を辞めろって言ったり早く結婚しろって言ってたの。悪気はないのよ、あの人も。不器用なだけ。気を害してたらごめんね、私からこんな事言うのもなんだけど許してあげてね。」
何も言えなかった。言われたときは確かに腹が立ったけど、ここで私が『許す』なんて親に向かって言うのもおこがましいと思ったから。
しんみりとしてしまった。部屋の空気が思い。
しばらく黙っていたが母が空気を換えるために手を叩く。
「さ、この話は終わり。さっき言ってた話したいことがあるって言ったでしょう。敷地内の地下から温かい、ううん、熱い湯が出てきたのよ!」
「は?」
あっけにとられた。いきなり何を言う。というか何をしたらそんなものが出てくるのか。
「いやね、兵舎古かったでしょう、そろそろ建て替えなきゃね、ってずっと言ってたのよ。で、今年ようやく建てようとしたんだけど地面掘ったらお湯がじわじわと出てきたのよ。お湯だから畑にも撒けないでしょう、あそこには建物は無理だしどう利用しようかと考えてるんだけどなかなか案が出なくて困ってたのよ。」
マイペースだ。この調子なら兵舎は後回しにされたのだろう。
「帰ってきたとき新しい小屋が増えていたのはもしかして例の場所ですか。」
「もう見たのね。そう、あそこよ。せっかくお湯が出るのに、あなたが帰ってくるまでに雪も積もってしまうから小屋を建てたの。お風呂のお湯を沸かす手間が省けて楽にはなったかしら。」
前世の温泉を思い出す。この世界には温泉というものがない、もしかしたら他国にあるのかもしれないが少なくとも聞いたことはなかった。それをこうも順応良く対応しているあたりうちの母の肝っ玉は太いらしい。
(それにしても温泉か--)
国境が近く目立った特産品もないうちは観光客が少ない。これでもっと街を活気づけれないだろうか・・・。
「お母さま、ユールはなんて言っているんですか?」
弟のユーロストは私の4つ年下の14歳で水の属性を持つ。私よりも適任だろう。
「うーん、私も聞いては見たけどね、『さあ。』だの『知らない。』だの話もちゃんと聞いてくれないのよ。最近は素っ気ないわ。」
「何かあったんですか。」
「ただの反抗期よ。他所の所だと暴力振るわれただの、暴言吐かれただの、なんなら家の中のものを壊す子もいるみたいだからうちはマシよ、マシ。」
去年帰ってきたときはそんなことなかったから想像つかない。兄もいるがそっちは反抗期がなかった。私の覚えている範囲では。
「急がなくていいわ。今日は帰ってきたところなんだから一度ゆっくりお風呂につかってみるといいわ。疲れも取れるわよ。」
母一押しのお風呂場へ向かう。途中、弟とすれ違う。
「ユール、久しぶりね。」
「・・・。」
「ちょっとどうしたの、何かあったの?」
「うっせぇ。」
小さい頃は私の後ろを付いて回っていたような可愛い弟は何処へ!?これが反抗期ってやつなの?
働き出すのは16歳の成人を迎えた後のため、ほとんどの人は反抗期が過ぎ落ち着いている。だから見たことがなかった。元々口数の多い子ではなかったが輪をかけて素っ気なくなっていた。
目もまともに合わせてくれない弟が過ぎ去り、とりあえずお風呂に入ってしまおうと浴場へ向かう。
誰もいない広い浴室に1人浸かってみる。
「ふわー、気持ちいいー。」
熱いけど気持ちいい。疲れが取れていくようだ。浸かりながら考える。普段のお風呂は水魔法の使える使用人がお湯を張り、保温をする。蛇口は付いていても温度調整なんてできるものはなく、年中水が出てくる。そう、冬でもだ。だから水魔法が使える使用人は重宝される。
温泉の湯が湧いているあそこからここまで運んでくるのは距離もあるし骨だっただろう。何か楽な手はないかと考えているとそのままウトウトし始めた。
このままでは溺死してしまう。
疲れも大分溜まっていたのだろう。そろそろ出よう。浴槽から出る際、肌がすべすべなことに気づく。
(わあ!すべすべ!毎日入っていたい!)
ここで暮らす人たちがうらやましく思えた。
風呂場を出て自室へ向かう。兄たちが訓練を終えて帰ってきたようだ。
「おう、アンナ。帰ってたのか、元気だったか?」
一日外にいたのにまだ元気そうだ。肩まで伸びた私と同じ赤茶色の髪を後ろで1つ括りにしているが、汗で顔や首にペタリとへばりついていた。
「お兄様、お帰りなさい。まあまあかな。今日も外で訓練してたの?」
「ああ、春に入った新人たちももう体力もついて大分たくましくなったからな。毎年恒例の剣術大会に向けてみんな頑張っているのさ。今回の優勝賞品は1俵だ。」
「それはみんな必死ね。」
近くの自宅から通ってくれている自警団の隊員たちにとっては食費が浮くチャンスだ。みんなよく食べるから。
「あー、そういや明日?明後日?にカテリーナがこっちに来るから。よろしく。」
カテリーナとは兄の婚約者で私の1つ年上だ。次期伯爵夫人となる人だが、我が家の事情はよく知っていて、それでもいいと言ってくれている奇特な人だ。兄とは反対で少しおっとりしているためいいコンビだ。家にほとんど帰らない私とはあまりしゃべったことはないがそれでも良くしてくれている。
自室に入りふかふかのベッドへダイブする。誰かに見られてたら怒られるやつだ。城の寮のベッドはマットが少し硬く、こんなフワフワな布団もないため帰省中に精一杯堪能しておく。
ふと視線を感じそちらへ目を向ける。扉の前に立っている、幼いころから私に付いてくれている侍女のハイジが目を怒らせ仁王立ちしていた。
「アンナ様、実家といえど淑女がすることではありません!」
久しぶりに怒られた。気配もなく静かに立つのはやめてほしい。今のは心臓に悪かった。
「城ではちゃんと真面目に働いてるから見逃して。城からここまで来るの疲れるのよ。ようやく寝れると思って・・・つい。」
「それはお疲れさまでした。でも気を付けてくださいね。」
顔の前で両手を合わせて謝るとすんなり引いてくれた。
欠伸を噛み殺す。さあ寝よう。もう寝よう。
「お休み~。」
「はい、お休みなさいませ。」
静かに扉の閉まる音が聞こえた。
布団の中で寝返りを打ってふと思う。
(家に帰ってきも仕事をしているのは何でだろう?)
そんなことを思いながらも瞼は落ちてゆく。そのまま意識は混沌の中へ落ちていった。