表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/25

~穏やかな日常を過ごしたい~⑥

        6.ちょっと気分転換してきます


あれから2か月が経ちました。外は真っ白な雪で覆われた銀世界です。と、いうか猛吹雪で1m先も見えません。こんな日に外に出ては危険ですね。屋内の仕事でよかったとしみじみと思います。


2か月経ったので体はもう大丈夫です。でも、今でも時々あの時のことを夢に見ます。うなされているみたいで、夜中にローズネリアさんに起こされることもあります。周りは日常に戻っていますが私だけがまだあの日に取り残されているように思う時がある・・・。実家からは戻ってこい、そして嫁に行けと再三手紙が()()()()()きます。その手紙を無視して侍女を続けているのは私の我がままです。だから弱音を吐いていてはいけないとパチンと両手で顔を挟む。

(無視はしてないか。一応まだ続けるということは風で送ったし。)

実力行使に出てこないか心配な点はあるが。



さて、冬といえば我が国で一番大きな祭り、雪祭りがある。1週間にわたって開催されるそれは、他国からも多くの観光客で賑わう大イベントだ。去年はほとんど楽しめなかったから今年こそはたっぷり楽しまなければ。仕事の予定表を見るとちょうど最終日が休みになっていた。他に誰か休みの人はいないだろうか。そんなことを考えながら城の廊下を歩いていたら声がかかる。

「あ、アンナ―。ちょうどいい所に。」

後ろを振り返るとにこやかに手を振っているベラがいた。

「もうすぐ祭りでしょ?今年は行くの?よかったら一緒に行かない?他のみんなも行くって。ちなみに私は中日と最終日が休みなの。」

「私は最終日だけが休みになってるの。じゃあ、一緒に行こう。楽しみね。」

久しぶりに行ける祭りに気が逸る。来週まで長いなーと、楽しみにしている私の顔を見てベラは微笑んでいたのだが、祭りのことで頭がいっぱいになっていた私はそれに気づかなかった。


「アンナ達は祭りに行くのか?」

祭りが始まった日、いつも通り仕事をしていた私ともう1人、新しく姫様付きになった年上の侍女、シャルネさんに問う。

「私は最終日に友人と一緒に行きます。」

「私も婚約者と約束しています。」

物静かなシャルネさんとは仕事以外の話をほとんどしたことも聞いたこともなかった。婚約者がいるのか・・・。

「いいな。私も行きたいが今回は行けそうにない。また話を聞かせてくれ。」

先日皇帝陛下から直々に急ぎの仕事が終わらなければ行ってはいけないと言われたらしい。息抜きなどで執務室から抜け出していた分が今机に山積みになっている。やってもやっても次の日には新たな『緊急』と書かれた書類が届くため終わりは見えそうになかった。

去年はこっそり町娘の恰好をして行ったらしいがばれていたということだ。他国からも客が来るため護衛は必ず必要になってくる。何かあっては大変だ。

お土産よろしく、と言われなくてよかった。実は屋台の食べ物が好きらしい。


1週間が長かった。ようやく休みになった今日、朝早く目が覚めた私は早速出かける準備をしていた。雪は降っておらず、珍しく青空が広がっていた。久しぶりに髪を編み込みにしてみる。耳たぶに穴をあけるのが怖かった私はイヤリングをする。小ぶりな透明感のあるピンク色の石。両親が成人のお祝いにくれた品だ。本当は舞踏会に着けて行くものなんだろうけど、せっかくだしこのピンクサファイアを身に着けて行くことにした。


「お出かけですか?」

城の裏門を侍女仲間4人と出ようとしたところで声がかかる。ロイド様が見知らぬ騎士様と一緒にいた。

「はい。みんなでお祭りに行ってきます。」

隣では侍女仲間がイケメンな2人を見てキャーキャー言っていた。

「気を付けて行ってらっしゃい。」

爽やかな笑顔がとても似合う。

門を出たところでみんなに尋問された。

「ねえアンナ、今のイケメン2人は誰?知り合いなの?」

「今話してたのがボルボット侯爵家三男のロイド様。姫様の近衛騎士なの。もう1人の方はごめん、私も知らない。初めて見た方だわ。」

「もう、あんなイケメンがいるなら言ってよ!今度紹介して?」

みんなの目が爛々(らんらん)としていて思わずのけぞる。

「いや、ちょっと・・・そんな話しないし・・・そもそも婚約者とかいたらどうするの。」

「よろしく!」

すみません、人の話を聞いてください。

その流れで誰それと誰それが抱き合っていたとか、もうすぐ結婚するとか、そんな恋愛話に花が咲く。


気づいたら目的地に到着していた。よく行く城下の店の通りには今は屋台がびっしり並んでいた。そして屋台の周りと広い道路の真ん中にはには雪灯籠があり、道路の真ん中の雪灯籠は生花なのかドライフラワーなのか分からないが花が色とりどり見えた。まるで前世で言うフラワーキャンドルのようだ。今は昼間だからまだ灯りが付いていないが夜になればもっときれいに見えるだろう。


「うわー。たくさんの人ね。まずはどこに行く?」

「私祭りのために朝ご飯食べてないの。まずは腹ごしらえしない?」

みんな考えてることは一緒なようだ。私も食べて来なくてよかった。

「ねえねえ、あそこは?」

指を()された方を見るとそこにはクレープの屋台が。

「えー、いきなりクレープから行くの?」

「違う違う。ちゃんと見て。メニューのところ。ホットクレープだって。」

メニュー表には写真付きでいくつか種類が載っている。美味しそうだ。

「確かに美味しそうね。ブランチって感じ。」

じゃあそれにしようとみんなで並ぶ。私はレタスとチーズ、ハムが巻かれたクレープにした。

(んんっ。美味しい!)

出来立てのそれは、中でチーズが少しとろけていてとても美味しかった。

他にも唐揚げや焼き鳥、じゃがバターを食べる。お腹がいっぱいになったところで今度はスマートボールをやってみる。久しぶりにやってみたけどあれ?難しい。全然できない。もっとできていたと思ったのに。最後にイチゴ味の飴玉を1つもらった。


屋台が立ち並ぶ道を歩く。楽しそうな笑い声が聞こえる方に目を向けてみる。ヒイラギとポプラが交互に植えてあり、イルミネーションで飾られた広場の中では隅の方で小さな子供たちが雪山をソリで滑っていて、中ほどでは子供も大人も混合で雪合戦をしていた。

「わあ、雪合戦なんて子供のころ以来ね。私たちもしようよ。」

私たちも混ぜてもらう。

「アンナ―。」

声が聞こえたほうに顔を向ける。

「へぶっ!!」

顔面に雪玉が直撃した。

「あははっ!色気のない声!」

(今のは無理でしょ!)

変な声が出てしまったため腹を抱えて笑われる。

「もう~。仕返しっ!」

負けじと私も雪玉を投げる。

それからもしばらく雪合戦は続いた。気づけば夕暮れ時。私は汗だくになっていた。


「花火の打ち上げって何時からだっけ?」

「うーん、あと1時間後かな。」

雪まつりの最後は3000発の打ち上げ花火だ。海の近くの広い川から打ち上げられるそれは城にいてもよく見えていた。


花火も見てから帰ろう、ということになり侍女仲間2人に公園のベンチで場所取りをし、ベラと2人夕食を買いに出かける。雪合戦でかいた汗が冷たさを帯びてくる。

「ちょっと寒くなってきたね。」

「汗かいたから余計ね。温かい物買おう。」

ベラが屋台を見回す。場所取り要員の2人からは特に指定がなかった。

「あ!あそこのおでんは?」

「えー、ちょっと感覚がおばさんじゃない?」

文句を言われてしまった。大根美味しいのに・・・。

「お腹すいたしさー、もっとがっつりしたもの食べたい。」

「それ、ローズネリアさんの前で言ったら怒られるやつだね。」

女性らしさを大切にするローズネリアさんは『がっつり』なんて男らしいことを言うのを嫌がる。

「まあまあ、お姉ちゃんいないしいいじゃん。」

そう言いながら気に入った店を指さす。

「ね、あれは?」

(焼きそばか・・・いい匂いするな。)

匂いにつられて行列を並ぶ。でもこれだけじゃ足りない。まわりを見渡すともう1つ、『具だくさん、豚汁』と書かれた店があった。業務用だろう、大きな鍋で煮ているそれも美味しそうだ。

「ねえ、あそこの豚汁も良くない?」

「え、どこ?--ああ、あそこの?じゃあこの次に買って行こうか。」


「お待たせ―。」

無事に買えた私たちは待機組と合流する。

「何々?いい匂いー。」

「焼きそばと豚汁と串カツ?変わった組み合わせだね。でも美味しそう。」

私も組み合わせがおかしいのは気づいてたけどたまにはいいでしょ。

食べ始めたころには打ち上げ10分前。出来立ての焼きそばと串カツに湯気の立つ豚汁をゆっくりと食べていく。

「んー、美味しい!」

身に染みわたる美味しさだ。冷えてきた体にちょうどいい温かさ。半分くらい食べたところで花火の打ち上げが始まった。天気の良い今日は底冷えのする寒さだが星空に光り輝く花火はとてもきれいで趣がある。いろんな形の、色とりどりの花が夜空を咲き乱れるそれは時間を忘れてさせてくれるような気がした。

(このまま時が止まればいいのに--。)

花火を打ち上げるたびにお腹に響く『ドンッ!』という音を聞きながら少し感傷的になってしまったようだ。打ち上がるたびに周りからは歓声と感嘆の声が聞こえる。


楽しい時間はあっという間に過ぎていく。気づけば花火は終わっていた。人々の騒ぎ声が聞こえるが、私はなぜか静寂になったように感じた。

人混みに紛れながら城まで歩いていく。まだ屋台の灯りは付いていた。

城の門の近くでふと、イヤリングの片方がないことに気づく。

「ごめん、イヤリング落としちゃったみたい。ちょっと探してくる。」

「え?今から!?私も一緒に行くよ。」

ベラがそう言ってくれるが申し訳ない。

「気になる所を探したらすぐ戻ってくるから。大丈夫だよ、ちょっと行ってすぐ戻ってくるね。」

「うーん、そう?じゃあ姉さんには伝えておくよ。気を付けてね。」

心配そうにしていたが、私の落としたこのイヤリングが大切な物と知っている彼女は強く引き止められなかったようだ。急いでもと来た道を行く。

(落としたとしたらあの雪合戦の時が一番可能性が高いよね。あの辺りを探して、なかったら今度もう一度探そう。)

親が成人祝いにくれた、というのもあるが、私自身あれを気に入っていた。焦燥で身を焦がすようだ。人々の波に逆行しながら急ぎ足で歩く。


波にもまれて脇道に体が出てしまった。そのままたたらを踏む。

するとすぐ後ろに人の気配を感じた。嫌な感じだ。さっきとは別の焦燥感が体を支配する。振り向きたくても振り向けない。そうこうしているうちに後ろから羽交い絞めにされ、鼻と口に布を当てられる。つんっと鼻を刺激するような感覚と何とも言えない匂いが気になる。口を覆われているため叫ぶこともできず、男性なのか、力強い腕で羽交い絞めにされているため暴れることもできなかった。まあ、驚きすぎて頭の中が真っ白になっていたから、さして抵抗もできなかったというのもあるが。


そんなことをしている間に視界は暗転した。

最後に残ったのは崩れ落ちる体を支えられた感覚だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ