~穏やかな日常を過ごしたい~③
3.そこは銀世界でした
「さっむーい!!」
連れていかれた先は3-4cm積もった雪で覆われた山の中だった。
「どこですかここ!何でここなんですか!」
「次の浄化は私も来る予定だからな。下見にちょうどいいかと思って。」
「ちょうどいいってなんですか。雪積もってますよ。私まだ仕事中なんですよ。」
急に雪山に連れてこられ、ついつい怒ってしまう。姫様はそんな私の口調も咎めるようなことはせず、むしろ飄々としている。
「もう少し麓の方には山小屋があると聞いている。まずはそこへ行って暖でもとろうか。」
なんて暢気な。でもこんな寒いところにいるよりかはいいだろう。
一緒に山を下って行く。
(私に魔力がもう少しあれば風で小屋まで一緒に飛べるのに。)
残念ながら魔力がさほど多くない、いや、むしろ少ない私にはそんな芸当ができなかった。
ブーツを履いているとはいえ雪山用ではないためとても冷たい。段々と足先の感覚がなくなってきている気がする。姫様は大丈夫だろうかと隣を見るも平気そうな表情をしている。だがやっぱり寒いらしく、手をすり合わせ、息を吹きかけていた。
程なくして到着した山小屋は定期的に手を入れているのか、中は整頓され綺麗だった。暖炉脇に積まれた薪を暖炉内に入れ、姫様の火魔法で着火してもらう。うん、チャッカマンのいい代わりだ。
そんな失礼なことを考えながら薪を焼べていく。
風邪をひくといけないので姫様の靴と靴下を脱がせる。ドレスだったため裾が少し濡れてしまったが、あまり積もっていなかったおかげかわざわざ脱いで乾かす必要はなさそうだ。今日は天気も良く、足元だけで済んで幸いだ。私もブーツと靴下を脱ぎ、置いてあったロープを使い干していく。
前世の私は小学生のころ、石油ストーブの周りの柵に濡れた靴下を干し、焦げさせていた。もう同じ轍を踏むまい。
2人暖炉の前で毛布をかけながら話す。
「で、ここはどこですか。」
「南のスヌトロ王国との境のローツェン山脈だ。大丈夫、国境は超えていない。」
「いえ、心配するところが違います。」
私の実家は西の国と接しているダウダラ山脈を領地にもつ。道理で見たことがない景色なんだ、と納得する。
(それにしても次の浄化とは・・・ほんの2月前に浄化したところなのに。)
王家の直系は代々浄化の力を持ち、山脈に現れる魔獣の吹き溜まりのような池を浄化する役割を持つ。魔獣自体は騎士や魔法省の者たちが退治できるが吹き溜まりのような池に関しては浄化以外の方法がない。
「年に1度、夏場の雪の積もっていない時期に浄化させるんだ。そろそろ私も覚えていったほうがいいと先日父上に言われてな。浄化してさほど経っていない今が下見にちょうどいいと思ったんだ。」
「だからといって急に連れて来られても困ります。こういうものは下準備をしてもっと大勢で来るものです。次期皇帝となられる方に何かあっては困りますから。」
「なんだ、心配してくれているのか。」
「当然です。私以外の皆も常日頃より姫様を敬愛していますから。」
「よく怒られるけどな。」
カラリと笑う顔が眩しい。
大陸の中で一番標高が高いとされているこのローツェン山脈は北、東、西の国がそれぞれ南の国との国境としている山で、夏場の短い期間のみ雪がない。その夏場に浄化を行うのが通例だ。放っておくと山を下り人々に害を及ぼす、各国共通の問題でもある。毎年の浄化で怪我人や死者が出る、大掛かりなものだ。
パチパチと火の爆ぜる音を聞きながら少しぼんやりしていた。ああ、温かい。
「さて、体も温まったことだしそろそろ行くか。」
「どこへ?」
「うん?下見に来たと言っただろう。せっかく来たんだ、もう少し見て回りたい。」
言い出したら聞かないところがある。すでに小屋を出ようとしていたため慌てて引き留める。
「せめてこれを着て行ってください。」
なぜかここには熊の毛皮をなめしてできたポンチョが置いてあった。独特な匂いがするけど寒いし、何もないよりはいいかと考え着てもらう。
「そういえば姫様は火の魔法が使えるのになぜここに来る前は使わなかったんですか。」
「私は細かな加減が出来ん。服が燃えては困るだろう。」
そうだ、この人は細かな調整が苦手だった。
火の始末をして一緒に外に出て再び歩く。音が雪に吸収され辺りは静寂に包まれていた。日は大分傾いてきている。
「この間浄化したところなので今はまだ落ち着いてますね。」
「ああ。だがこんなにも木が生い茂り鬱蒼としていては敵が来ても分かりにくいな。仲間ともはぐれたら事だ。」
そんな事を言いながら周囲を見渡す。確かに視界はすこぶる悪い。気づいたら後ろに魔獣が・・・と想像しただけで思わず身震いする。今はいないと分かっていても怖いものは怖い。
「でも来てよかったよ。何も知らないところへ行くほど怖いものはない。無傷は無理でもせめて全員無事に帰りたいからな。」
ああ、この人は人の上に立つ人だなとしみじみと思う。
「では、そろそろ戻りましょうか。みんなが心配していますよ。」
「ああ。」
とそこで振り返る。
「でも転移できるほどの魔力はもう残っていないぞ。」
とんでもない事を告げられて、とりあえず山小屋に戻ってきた。夜になっては危険だ。
「風よ。」
私の風魔法でローズネリアさんと侍女長へ声を送る。これで迎えは来てくれるだろう。
「昼間に城から海まで往復で飛んだだろう。あそこの倍はある距離を飛んだからな、帰りの分は少し足りなくなったみたいだ。すまんな。」
転移に使用する魔力は距離に比例するのか。なるほど。
「もうこんな事はおやめくださいね。」
「皇帝になったら今以上に自由が制限されるんだ。今くらい自由にさせてくれ。それにこうやって見てみないと分からないこともあるだろう。分からなければ我の代で治世は衰退していくだろう。国民に苦しい生活をさせたくはないんだ。」
暖炉の火を眺めながら呟くその横顔を見つめる。今までも時々お忍びで城下へ出かけていたからそこで何か聞いたのだろうか。
どれほど時間が経過したか。静かな小屋に3回ノックする音が聞こえた。びっくりして体がこわばる。姫様も扉の方へ目を向ける。
「姫様、リストニア女史、ラムセスです。お迎えに上がりました。開けてもよろしいでしょうか。」
リストニアとは私の家名だ。騎士団長が迎えに来てくれたようだ。
返事をすると騎士団長の他に副団長、医師や魔法省長官が来られていた。
「転移してきました。帰りももう遅いので転移で帰ります。無事でよかったです。」
「すまんな。礼を言う。」
迎えに来てくれた皆が安堵の表情をしている。医師に診察してもらい2人とも怪我などないことを確認するとすぐに城まで転移する。
「ああ、お2人とも御無事ですか?なかなか戻ってこないので心配しました。」
姫様の居室にはすでに侍女長とローズネリアが待機していた。
「私たちは無事だ。遅くまで待っていてくれたのか。」
確かに、窓の外を見るとすっかり暗くなっている。はて、どれだけ長くあそにいたのか。
「ところで、なぜリストニア女史も一緒に連れていかれたのですか?」
団長が不思議そうに姫様へ尋ねる。
「来年の浄化は私も行くだろう?で、元々西の国との国境近くの山を領地に持っているアンナは自警団の怪我の手当てなどもしてきたからな、治療院の補佐として連れて行こうと思っているんだ。」
「「え?」」
全員の声が重なる。
「聞いてません!」私は思わず叫んでしまった。
「だってまだ言ってなかったからな。」
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべられた。
ああ、私は普通に侍女の仕事がしたいんです。