~穏やかな日常を過ごしたい~②
2.復帰してからも姫様に振り回されています
姫様の執務室へ向かう途中、前から走ってくる小柄な影を見つけた。
「アンナ!!」
「わっ。」
抱き付かれ思わずよろけてしまった。
「待ってたぞ。もう大丈夫か?」
抱き付いてきたのはお転婆な姫様だった。
「はい。ご心配おかけしました。もう大丈夫です。ところで姫様、あれほどドレスを着て走ってはいけないと申し上げているでしょう。」
何年たってもお淑やかさを身につけられない姫様に早速小言を言ってしまう。
「仕方ないだろう。逃げているんだから。」
「逃げているって何に・・・。」
その時慌ただしい足音と声が聞こえた。
「姫様!書類がまだ残っています!お戻りを。」
現れたのは護衛のアクアウォーツとユージーンだった。
「少し息抜きをしてくるだけだ。」
「あなたの少しは少しではありません。」
ただでさえいつも細い目をしているアクアウォーツの目がさらに細くなり吊り上がっている。ああ、静かに怒ってる。その横でユージーンは困った顔をしていた。
「ずっと座っていたから体がなまっている。少し馬を走らせてくるだけだ。」
「せめて急ぎの書類を片付けてからにしてください。」
どうやら鬱憤が溜まっているようだ。
「では姫様、昨日姫様がお好きそうな紅茶を見つけたのでティータイムにしませんか。」
「むぅ、アンナがそこまで言うならそうする。病み上がりだしな。」
納得されたらしい。仕方なさそうな表情ながらも一応執務室へ戻ってくれている。
「アンナさん、ありがとうございました。」
「いいえ、ユージーン様。お役に立てて良かったです。」
にっこりと微笑まれる。常々犬っぽいなとは思っていたけど今は前世の夢を見たせいか柴犬の尻尾が揺れているように見える。年も私と同じくらいのため気安く話せる。
「せっかく姫様が戻られたんだ。気の変わらぬうちに準備してもらえるか。」
少し年上のアクアウォーツ様は今日も、今日とてツンツンしていた。
「かしこまりました。」
今日のおやつはタルトだったはず。甘いものが好きな姫様にはちょうどいい息抜きになるだろうか。
私は厨房へ向かっていった。
「おや、アンナじゃないかい。もう大丈夫かい?」
「トミさん。お久しぶりです。もう大丈夫です。」
「そりゃあよかった。姫様のおやつかい?ちょうど出来たところだ。持って行っておくれ。」
そこにはおいしそうな、綺麗なフルーツタルトが置かれていた。
「あんたが買ってきた紅茶にはこれがいいだろう。」
「はい。美味しそうですね。ありがとうございます。」
ワゴンに乗せ執務室へ向かった。
「姫様、アンナです。失礼いたします。」
中を覗くと執務机に向かって手を動かしていた。
「じゃあ休憩にしよう。」
待ってましたとばかりに立ち上がる。
一人掛けのソファーに座り、セットしたタルトをゆっくり味わいながら食べていく。
「このイチゴの酸味とカスタードの甘みがよく合っているな。」
目を細めほころんだ表情で食べているのを見るとどうやら気に入ったようだ。
「これはラプサーティーか。いい香りだ。美味しいな。」
「ええ。チュースタン産のものを購入しました。お口に合って何よりです。」
先ほどの廊下での一件とは一転し、のどかな空気が室内に流れていた。
数日後。
今日の姫様は魔法の勉強をしていた。大きな魔力を持つ王家の人間はその力をコントロールできるよう、幼いころから訓練を重ねている。今日は転移を学ぶ日だったか。私のように魔力が少ない者は絶対に使えない術だ。転移ができるのは王家の他に公爵家や騎士団長くらいだろうか。
執務室の掃除をしていると姫様が帰ってくる。
「姫様、お帰りなさいませ。」
先に気づいたのはローズネリアだった。
「うむ。今日は初めて転移が成功したんだ。城から海まで行けたぞ。」
城から海までおよそ50km飛んだということか。
「それは良かったですね。」
喜んでいる姫様に同調していると腕をつかまれる。
「そういうわけで復習に付き合ってくれ。」
まさかの実験に付き合わされた。