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狐っこ大明神



 地球ではない何処かの世界。

 まだ神々と人間が混じって生活していた多神教の世界。

 人々は農業に狩りにと、神の恩恵に感謝しながら生きてきました。


 主神として天空の神ゼウスーラ様がおられますが、日照りが続けば直接太陽神に、サブとして豊穣神に。狩りの腕前を上げたい少年は、狩猟の神に直接お願い&祈りを捧げてきました。

 他にも水の神、風の神、火の神、美少年を愛でる神など、百の神様がおられます。


 神々も、ノリが良いので比較的容易く願いを叶え、また、自己中なので比較的容易く天罰を与えるのです。

 大変人間ぽい神様方なのです。

 神様をモデルとして人間が作られたのですから、むしろ人間が神に似ているというべきでしょう。


 さて、実のところ神々も万能ではありません。

 神々が個人を愛すると、人に近づいてしまうのです。ましてや子を成したりしたら、大きく力が分散してしまいます。

 でも、元の数値が大きい為、深く考えることなく人を愛し、子を成していきました。


 そして、長い年月が過ぎていきました。

 ほとんどすべての神様は、力を発散し続け、その力を落としていたことに気づくのです。

 ちなみに、霧散していった神の御力はどこへ消えていくのでしょうね?




 さて、この物語の舞台は、とある片田舎。

 イーガー地方の山々に囲まれた小さな盆地です。


 ここに一柱の神様が住んでおりました。……引きこもっていたと申し上げても遠からずです。


 六畳一間とキッチン付き。外部に物置がオプションと言った、小さな社。

 ぼろッちくなっていますが、そこは貧しても神様。御力により白蟻や腐食から守られ、未だ倒壊には至っていません。……間もなくリフォームです。


 この社の主神にして、たった一柱だけ祀られた神様は豊穣神だったと思います。

 なんせ引きこもって、もとい……お隠れになって数百年。……もしかしたら数千年かもしれません。


 それくらい経つのですから、神様自身もまさか信者が残っているとは思いもしてません。

 なにせ、この世界の神様にしては珍しく、非社交的だったのです。ぶっちゃけ、社会に適応する神力が些か少ないのです。


 いつも通り、お布団に潜りながら、神餅をポリっていた神様は、表で人々が騒いでいることを察知したのです。


 平穏と静寂を愛する豊穣の神様は、怒り心頭に発し、小さな拳をぎゅっと握りしめました。神罰の一つでも(トンボの大量発生でも)を与えてくれようと表へ飛び出しました。

 そうです。この神様、引きこもりの原因の一つが弱小な神力にあったのです。


「うるさいぞ! ぴやー!」

 数百(千?)年ぶりに目に入る日光が眩しくて、細い腕で目を覆います。


「おおお! イナリ様じゃ!」

「まっこと、イナリ様じゃ!」


 ご神体こと、イナリ様お目見えに、村人達が騒ぎつつも温かい目をしておりました。


 イナリ様のお姿がアレだったからです。


 白と朱色の服。巫女さんのユニフォームに似ています。

 ピョコンと立った大きめの狐耳。体の半分以上もある、ふっさふっさの狐シッポ。

 すっげー肩幅がちっこいの!


 どう見ても3歳幼女の外見と身長、そして幼女体型につき、村人の間で紳士協定が結ばれました。有名なノータッチ条約ですね。

 背中まで伸びた麦わら色の髪の毛がふんわりしていて、癒やされます。とってもプリティー&キューティー! 略してヒー○ング・プ○キュア!


 そんなのが、お社からピョコンと跳びだしてきたのです。生暖かい目で見守るしかないじゃないですか!


「イナリ様、イナリ様! どうか村をお救いくだされ!」

「ナバリ盆地の村々をお救いくだされ!」

「どうか! どうか!」


 長老っぽいのと村長っぽいのが数名。あとは村人っぽい質素な服を着た人々が、境内を埋めつくしていました。


「えぐっ! うぐっ!」

 人見知りの激しいイナリちゃん、もとい、イナリ様は人混みで酔ってしまいました。


 それでも神は神。勇気を振り絞って(人間相手に)精一杯の威厳を放ちます。


「何が救いじゃ? 妾は神なるぞ! 神に対して馴れ馴れしすぎぬとは思わぬのか?」

 足が小刻みに震えていますが、袴の中なので気づく者は一人としておりません。


「あの、これ、少ないですけどお供え物です」

 そう言って取りだしたのは、猪肉の脂がのった部位。イナリ様の大好物です。狐は肉食ですしね!


 一段下がった場所で、村の若い(もん)が、火を起こしています。これから脂ののったお肉を焼こうというのです。


 イナリ様、お口から涎が垂れそうでございます。


「じゅるり。よ、よし、まずは願いとやらを申してみるがよい。中身によっては聞いてやらんでもないぞよ」


 小さな胸を精一杯張ります。

 欲望に負けたのですね、わかります。村人こぞってわかっていますよ。


「ここしばらく酷い日照り続きでして。麦や青菜が枯れてしまいそうで、近隣の一同、難儀しております。どうか、イナリ様のお力をもちまして、雨を降らせてくだされ!」


 そう言えば暑い。恐れ多くも畏くも、イナリ様の住まいするお社はイナリ様のお力で冷暖房完備なので、外の暑さに気がつかないでいた。

 季節はもはや夏ッ! 


「あいわかった! 雨乞いじゃな? 妾に任せよ!」


 トンとちっこいこぶしで胸を叩くイナリ様。そしてドヤ顔。そこんとこ全然頼りにならない所が眼福ポイントです。


 イナリ様が任せよと言いきったのには裏付けがある。イナリ様の本性は五穀豊穣神。

 よって畑の強化策における守備範囲は広い。中でも雨乞いは代表例です。


「ふふふ、では参ろうか。その前に、英気を養わせて頂こうか」


 耳がピコピコ動いています。喜び勇んで焼き肉に食らいつきました。

 うまうま!

 幸せそうにしてお肉にかぶりつく様。それだけで村人はどうでも良くなったらしいのでした。


「ではここから執り行おうとするかの!」


 まずは一枚目の麦畑。その前に立つイナリ様。

 本人はスクッと立ったつもりですが、端から見てる人には、小ぶりの石の上で背伸びして立っている様にしか見えません。


 これだけでご飯をかき込んでいる村人が数名。通報しておきましたからご安心を。


 イナリ様のお力では、畑の一枚だけの狭い範囲で雨を降らすのが精一杯。

 畑が湿る程度降ればすぐに止む。半時間ももたないちっちゃいお力です。それでも、農民にとって有り難いお力。一息つけるのですから大満足です。


 これは畑一枚ごとに、逐一神力を消費していくローラー作戦です。もちろん、神力が尽きればお肉を頂き、ゆっくり休んで再チャレンジするつもりです。


「コホン! 雨よ~っ! 丁度良い感じに降れ~!」


 しとっ しとしとしと!

 丁度良い感じに雨が降ってきました。


 もうね、ナバリ盆地どころか、盆地を囲むナバリ山地にまで雨がしとしと降っています。マップ兵器です。


「おおっ! さすがイナリ様! 霊験あらたか。ありがたやありがたや!」


 農民一同、平身低頭。額を地面にこすりつけてイナリ様を拝み奉ります。

 ありがたがる村人はさておき、当のイナリ様は腕を組み、小首をコテンと傾げています。


「おかしいのう? せいぜい畑一枚程度の面積がせいぜいじゃったがのぅ? 妾の力ってこれほど強いはずは……」

「イナリ様、さあさこちらへ。お礼の焼き肉パーチィーですぞ!」

「わぁい!」


 出力と結果の因果の追求は横へ置いといて、享楽にふけるイナリ様でございました。




 そして7日後。

 まだ雨は降り続いていた。


「おーい! ゴサックどん!」

「なんだい? ゴンスケーどん?」

「雨が降るのぅー!」

「降るの-!」

「もう上の貯水池が満杯じゃー!」

「じゃのー! 明日明後日(あすあさつて)にゃ決壊じゃのー!」

「イナリ様も、程度をわきまえてほしいのー!」

「全くじゃのー!」

 

 イナリ様が降らせた雨は、いよいよ水害の様相を呈してきました。


 村々の代表者と主立った村人がイナリ様のお社を訪れました。


「えー、イナリ様。そろそろ雨をしまって頂けませんでしょうか?」

「え? まだ雨降ってるの?」


 あのあと、すぐ引きこもったイナリ様。

 イナリ様のお社は、冷暖房完備の校密閉型耐震設計。外の音も完全遮断する無駄に高性能なお社です。よって引きこもったら最後、外部入力デバイスは完全シャットアウトです。

 雨が降ってようが、矢が降ってようが、内部より知るよしもありません。


 雨なんざ、とっくの昔に降り止んでいると思い込んでいたようです。

 事実、過去のお力から判断するに、雨はすぐ降り止みます。最高記録は10分でしたしね。


 この長雨は異常です。


「おかしいのー?」


 袖の中で腕を組み、コテンと首を傾げるイナリ様。鼻血を垂らす村人が幾人か。もちろん即座に連行されていきました。

 それはさておき――


「いつもなら、放っておいてもすぐ止むからのー。まともに雨を止めた経験がないのじゃ」

「そこは一つ、イナリ様の御力で、なにとぞ一つ。これは、つまらぬモノですが」


 そう言った代表者が用意したのは、脂肪分たっぷりの牡丹色。猪肉である。

 この雨の中、火の方もスタンバイ済みという念の入り様。 

 すでにイナリ様の操縦術を心得ている様で……。


「うむ、もぐもぐ。やってみるか、うまうま」

 口の周りが油でベトベトになったイナリ様。雨の中、表へのこのこ出て参りました。


 あんよを運ぶ度、フリフリと大きなシッポが揺れます。村の老人達は孫を見る様な目をしています。

 イナリ様は、境内にぽつんと置かれた巨石に飛び乗りました。そのお姿、威厳に溢れています。村人の間で紳士協定が再確認された瞬間でした。


 イナリ様はちっちゃい両手を前に突き出して、紅葉の様な掌をヒラヒラさせます。


「雨よー……えーっと、もう良いから降り止むがよい~」


 しとしとしと、しと……しと、ピタ。

 雨が降り止みました。空を覆っていた灰色の雲が風に流され、隙間からお日様が顔を覗かせました。


「おお! 素晴らしきかなイナリ様の御力!」

「さすがイナリ様じゃ! ささ、お礼の焼き肉をタレでどうぞ!」

「うむ、うまうま! 妾も本気出せばやれるもんじゃのー!」


 イナリ様は見かけ3歳児。身長90㎝。体重13㎏。

 見た目通りの弱小マイナー神。


 強力な神、例えば戦神などの身長は2メートル越え。体重も200㎏に迫ります。胸筋を片方ずつ動かせるスキル持ちです。

 強い御力を持つ神様は、見かけもゴツイのです。ちなみに女神様は、グラマラスになられます。

 イナリ様の見かけからして、さほど強い神とは……。


 ただ、気になる事が一つ。


 人間と結婚し、子どもをもうけた神は、その御力を何処かへ散らされます。

 社会から隔絶した神様が居たとしたら?


 何処かへ集まって来る様な来ない様な?


 俗にまみれた神様より、孤高を守った純粋な神様の方へ?


 愛欲にまみれた神様から抜け出た御力が、純な神様を求めたとして、何かおかしい所があるでしょうか?


「ほっほっほっ! 妾は強い神じゃからのー。なんだかいろんな事が出来そうな気がしてきたのー!」

 イナリ様は、ゆるーく調子に乗った模様。


 力ある者はその力に相応しい試練が与えられる。

 はてさて、神の力が衰えたこの世界。イナリ様はいかなトラブルに巻き込まれていくのでしょう?


 それはまた別の機会に。

 



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