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悪役令嬢の腰巾着は、お嬢様の育成に励む

作者: サンカ

初めての投稿なので、試験的に書いたものです。

 


 マリベル・ノットは、一度死んでいる。



「よく似合っているわ、マリー」

「ありがとうございます。イザベル様」

「まだ様を取ってくれないのね」

「申し訳ございません。こればかりは、止められません」

「まあいいわ、その内ベルって呼ばせるから」



 今日もイザベルは麗しい。真新しい制服を華麗に着こなしている。



「殿下は喜んでくださるかしら」



 この問答も何回目か。しかし、何度されても彼女の愛らしさの前では、そんなことどうでもよくなる。

憂いだ顔も麗しい。マリベルは、励ましの言葉を言った。



「きっと嬉しさで頬を緩まれますよ」

「そうだといいな」



 それでも、マリベルの憂いは晴れない。



(イザベル様に、こんな顔をさせるアーノルド、許すまじ)



 心の中で彼女の婚約者へ恨み言をぶつけるが、表にはおくびにも出さない。



「ベル様、そろそろ参りましょう。殿下もお待ちになっていますわ」

「そうね」



 イザベルが部屋から出る。マリベルもその後に続く。公爵邸を出て、同じ馬車に乗り込む。馬車が歩き出した。






 マリベル・ノットは、18歳で死んだ。

 

 国家反逆罪で斬首されたのだ。

 イザベルは火あぶりの刑だった。



 マリベル・ノットは、イザベルの体の良い手下だった。

 周りからは、イザベルの腰巾着としてバカにされてきた。


 マリベルはノット男爵家の一人娘として生を受けた。生活は貴族の中でも質素。馬車は持っておらず、1頭の老いぼれた馬しか飼っていない。ドレスも母のお下がりで、新しい物を用意するお金もない。マリベルの家は、男爵家でも最下層の家だった。

 彼女の人生はつつがなく、どこかの家の次男か三男と結婚し、婿養子に来てもらうはずだった。

 それまでは、変に目立たず、高位の貴族の反感を買わないように、静かに、平穏に暮らすはずだった。

 


 しかし、5歳の時に行われた王家主催のお茶会で、その人生は大きく変わる。



 マリベルは安いドレスに身を包み、壁の花と化していた。誰も彼女に声を掛けない。子供とは言え、貴族の子供達はわかっていた。彼女と交流も持ったところで、何の益もないことを。



「あら、ずいぶんとみすぼらしい恰好ですこと。あなた、お名前は?」

「マリベル・ノットです」

「マリベル、わたくしの名前と似ているわね。……いいわ、気に入った。わたくしの後ろを歩くのを許してあげる」



 マリベルに話しかけたのは、奇しくも国で一番の権力を持っていると言われている公爵家のご令嬢イザベル・ディレインだった。そして、単に名前が似ているという理由だけで、勝手に自分の手下にしてしまったのだ。



「今日のわたくしは機嫌がいいの。感謝しなさい」

「はい、ありがとうございます。イザベル様」



 イザベルはこの時から、わがままで、自分勝手な女だった。気に入らない者は、メイドやマリベルのような身分の低い貴族を使って陥れ、破滅へと追いやる。かと思えば、気まぐれに誰かを助け、慈悲を与えた。マリベルも、あの時の彼女の機嫌が悪ければ、名前が似ているからと言う理由で家ごと排除されていただろう。

 その傍若無人ぶりは、歳を取り、理性や知性が身に付くごとに成長していった。マリベルが16歳になり、学園に入学した時には、すでにイザベルを止められる者は誰もいなかった。アーノルドでさえ、自分の婚約者にも関らず、彼女を警戒し恐れていた。その間も、マリベルはずっと彼女の手となり足となり、なんでもこなしてきた。



 そして、第二の転機が訪れる。マリベル、17歳。2年生になった時だ。

 

 すべての均衡を崩す者が現れた。




 レイラ・ナンシー




 ナンシー伯爵家の次女。位こそマリベルより上だが、30年前に没落し、ノット家と同じような質素な生活を送っていた。本来ならマリベルにように、ディレイン家の金銭的な援助がなければ、入学すら叶わない少女。


 しかし、彼女には類稀なる魔法の適性があり、2年の秋という中途半端な時期に入学してきた。


 レイラは、貴族らしからぬ性格をしていた。楽しい時にははじけるような笑顔を見せ、悲しいと思えば涙を見せる。ムカつくことがあれば、堂々と正面から立ち向かう。

 アーノルドなどの身分の高いに者たちに気兼ねなく接する。さらに、社交界にも詳しくなく、すべての動作がぎこちない。失敗して相手を怒らせていたのも、一度や二度ではない。


 そんな彼女に、生徒の多くがやっかんでいた。しかし、彼女の存在に徐々にほだされ、気づけば学園のマドンナのような立場になっていた。


 アーノルドも、彼女の純粋さと真っすぐさに惹かれていき、レイラも彼の気高さと優しさに恋をした。周りも祝福した。



 しかし、気にくわない者がいた。



 イザベルだ。



「ねえ、マリー。私、悲しいことがあるの」

「どうなさいましたか?」

「殿下はどうして、レイラさんと笑っていらっしゃるのかしら?婚約者は私なのに。おかしいと思わない?」

「ええ、イザベル様のおっしゃる通りでございます」

「そうよね。やっぱりおかしいわよね。ねえ、マリー。レイラさんという方、この場に相応しくないと思わない?」

 


 妖艶に笑うイザベル。

 

 マリベルは、すぐに行動に移した。あらゆる手を尽くし、レイラ・ナンシーを陥れようとした。しかし、アーノルドたちに阻まれ、すべてが失敗に終わる。この時には、イザベルの周りにいる者はマリベルだけだった。



「あら、また失敗したの?」

「申し訳ございません」

「これで何度目かしら?」

「3回目でございます」

「そう、使えないわね」



 最後は、イザベル自身で手を下そうとした。しかし、それも失敗。イザベルは、言い逃れができない状況となってしまった。



「どうしてですか殿下!?そんな身分の低く容量の悪い女よりも、私の方が何十倍も価値がありますわ!なのに、なぜその下賤な女なのです!?」

「君には一生理解できないだろう。人に価値を見出す君にはね」



 イザベルはその場にくずおれた。

 マリベルは、ここまで取り乱す彼女を初めて見た。いくら傍若無人に振舞おうと、彼女はアーノルドを本気で愛していたのだ。



「イザベル様」

「触らないで!」



 彼女に差し伸べたレイラの手は、容赦なく拒絶された。

 


 その後、レイラは正式にアーノルドの婚約者となり、未来の国母に手を掛けようとしたイザベルは国家反逆罪で死刑となった。共犯者であるマリベルも同様だ。

 イザベルの家は、貴族の位を落とされ、辺境の地へと移された。マリベルの家は、もともと無いに等しかった爵位の剥奪。文字通りの平民になった。




 そして、マリベル・ノットは、斬首された。




 実につまらない。


 何の活躍もせず。

 何の期待にも応えられず。

 何の役にも立たなかった女の話は、これで終わるはずだった。






 気付けばマリベルは、初めてイザベルと出会ったお茶会にいた。安いドレスに身を包み、壁の花と化している。



(どういうこと?これが走馬灯というやつなの?)



 マリベルは混乱した。自分は確かに死んだはずだ。

 なのに、ここはどこだ?どうして目線が低い?なぜ、こんなにも手が小さいのか?


 手を握る。感触がある。頬を触る。温かく、子供特有の弾力がある。



(夢じゃない?)



「あら、ずいぶんとみすぼらしい恰好ですこと、あなた、お名前は?」



 一人百面相をしているマリベルに、声がかかる。



(この声は)



「ちょっと、聞いているの?このわたくしが、わざわざあなたに聞いてあげているのよ?さっさとお答えなさい」



 幼き日のイザベルがいた。機嫌が良さそうにコロコロと笑っている。マリベルは、ともすれば彼女に縋り付きそうになる自分を抑え、あの日と同じ言葉を紡ぐ。



「マリベル・ノットです」

「マリベル、わたくしの名前と似ているわね。……いいわ、気に入った。わたくしの後ろを歩くのを許してあげる」



 そう言ったイザベルは、またコロコロと笑った。



「今日のわたくしは機嫌がいいの。感謝しなさい」

「はい、ありがとうございます。イザベル様」



 マリベルは、頭を下げた。この時、マリベルの頭にふっと、ある考えが浮かんだ。



(今から更生すれば、処刑を免れるのでは?)



 自分達が死んだのは、イザベルの性格が原因だ。だから、アーノルドも彼女を好きにならなかった。では、性格が良くなれば、レイラに靡かないのではないか?



(そうよ、どうせこのままいけば、また殺されてしまうわ。今からイザベル様を完璧な令嬢にすれば、殿下も夢中になるはず)


 どうせここで彼女の分かりにくい誘いを断れば、ノット家は簡単に潰されてしまうのだ。だったら、レイラが学園に来るまでに着実に情操教育を施せば、死を回避できるはずだ。マリベルは決意した。


 こうして、マリベルの悪役令嬢更生プログラムが始まった。







『私を恨んでる?』

『いいえ、私はいつまでもイザベル様と共におります』

『そう』








「殿下!」

「おはよう、イザベル」

「おはようございます」

「良く似合っているよ」

「ありがとうございます。私、殿下と共に学べる今日が来ることを、今か今かと待ち望んでいました」

「私もだよ」



 学園の敷地内に植えられた一本の桜の下に佇むアーノルドに、イザベルは馬車を降りて走り寄る。この12年で、イザベルの性格は驚くほど変わった。いまだ、悪役令嬢の片鱗は出てくるが、理性で留めてくれるまでになった。

 


(ここまで長かった)



 昔のイザベルは、少しでも機嫌を損ねると、大惨事になりかねない。そのため、あの手この手で教育していった。





『明日は殿下の誕生日ね。とびっきりの花をご用意してちょうだい』

『イザベル様、実は小耳に挟んだのですが、殿下はポピーやパンジーといった、小ぶりな花がお好きなようです』

『それは本当かしら?』

『はい、たしかな情報です』

『そう、では適当に見繕いましょうか』




『侯爵の娘が、政治を学んでいるんですって。私たちのような令嬢が政治を学んで、何の役に立つのかしら?』

『ですが、彼女が殿下と政治について語らう姿が、時折目撃されております。きっと、政治についてお話の出来る方がおられないのではないかと』

『そうなの?』

『はい』

『それは殿下が可哀そうね。有名な学者でも呼んであげようかしら』

『それよりも、イザベラ様がお話なられた方が殿下はお喜びになるのでないでしょうか?未来の国母となる方が、政治にも明るかったら、殿下も安心なされるかと』

『……そうねぇ、暇つぶしにはいいかしら』




『伯爵家の令嬢なのだけどね。あの子、田舎から出てきて何も知らないからって、殿下に近づきすぎと思わない?』

『イザベル様、好機ではございませんか?』

『好機?』

『はい、殿下の手を煩わせるのは忍びないと、イザベル様が彼女を助けて差し上げるのです』

『どうして?そんな面倒なことをするよりも、消してしまった方が早いわ』

『イザベル様が彼女を助けている姿を殿下に見せるのです。そうすれば、殿下自らがイザベル様にお話を聞きに参りますわ。消すよりも余程有意義かと』

『ふーん、まあいいわ、あなたの意見に乗ってあげる』




『ねえマリー、最近殿下がおかしいのよ』

『どうなされたのですか?』

『今度、2人きりで城下に出かけようと言ってきたの。婚約してから今まで、そんなお誘いされたことがないのよ。何かあったのかしら?』

『おそらくイザベル様と町を歩きたいのではないかと』

『でも、お忍びと言われたのよ。私、どのよう格好で出掛ければいいのかしら?安い服など持っていないわ』

『私にお任せください』




『マリー、私のことベルと呼んでくれないかしら?』



『マリー、殿下が私のことを愛してると言ってくれたの』





 イザベラは本気でアーノルドを愛している。それこそ、婚約した時から。だから、彼をだしに少しずつイザベラの意識改革を行った。最初は、殿下のためにと、ちょっとした暇つぶし感覚だったイザベラだったが、今では当たり前のように慈悲の心を持ち、他者を心配し、善意をもって行動する。まさしく、殿下好みの女性へと変貌した。

 その結果、アーノルドはイザベラに首ったけだし、貴族界では“女神の化身”とまで言われている。


(ここまで変われば、安心よね)


 仲は良好。誰も付け入る隙がないくらい、2人は愛を育んでいる。これならレイラが来ても、処刑などされないだろう。



「マリー、行くわよ」

「はい」










(そう思ってたんだけどなぁ)


「マリベル・ノット。君に国家反逆罪の疑いが掛けられている。異論はあるか?」


そう言うのは、険しい表情をしたアーノルド。彼の隣にいるのは、レイラ・ナンシー。


どうやら、マリベル・ノットの運命は変わらないらしい。





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― 新着の感想 ―
[良い点] はじめにこれは試験的に書いた物だと断りを入れてること。 [一言] 連載を考えておられるみたいですが、これはこれで短編としとも読めるのがいい。 終わり方から色々と想像してしまいますが、それ…
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