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僕の本名は、飯田祐介。
「E田U介」ということで、英語風に頭文字を逆にしたUEというハンドルネームを使って投稿小説サイトに『最後の手紙』を投稿していた。
リドルストーリーにしていたのは、話に深みを持たせたかったからでもなんでもない。
ただ単に、その手紙に書かれていることを知らなかったのだ。
元々は、この小説を読んだ人が色々な解釈を語ってくれたら、その中に答えらしきものが見つかるかもしれない、というのが狙いだった。
どうせ本当の答えは翼くんにしか分からないのだから、誰かが語ったものの中に自分が納得できる答えが見つかればそれでいいと思った。
そして、発掘してくれた編集者から、『UEでは日本文学っぽくないから日本語のペンネームをつけて下さい』と言われた僕は、一晩考えて、閃いた。
たとえ、この本に人気が出なかったとしても、自分と同じ名前の作家がいたら、巡り巡って翼くんに届くのでは? と。
そしてその作戦は、十分うまくいった、ということなのだろう。
僕は、「植村翼」と出会うことに成功したのだから。
彼女から来た種明かしのメールには、こう書いてあった。
* * *
今、私は本屋の店員をやっているんです。
ある日、自分と同姓同名の人が書いた本が入荷するというのを見つけて、
「これは奇跡!」
と思って発売日に社割で買って読んでいたんです。
そしたら、強烈なデジャブというかなんというか、聞いたことのあるような、むしろ体験したことあるような物語がそこにあって。
すぐに、これは祐介くんの書いた本なんだと分かりました。
「そっかそっか、じゃああの手紙のオチもきっとちゃんと感動的に描かれているんだろうな」なんて思って読み進めていったんです。
そしたら、なんと、結末がリドルストーリーになってしまっていたのです!
「え、あの手紙、届いてなかったの!?」と私はすごくショックを受けました。
これは世界で唯一この答えを知っている私がこの本の結末をなんとかして祐介くんに伝えなくては、と思いました。そうでないと、勇気を出した昔の私が浮かばれません。
でも、私も書店員の端くれです。大胆なネタバレをネットの掲示板に書くわけにもいきません。
ファンレターか何かでリドルストーリーを書いている作家さんにオチを送りつけるのもご法度でしょう。
そこで考えたのが、自分の働く本屋の本に作中のツバサの真似をしてちょっとした手紙を挟むことでした。これなら、読み終わった人にだけ伝えられるのでネタバレにもなりません。
そしてそのうち誰かが「作者を騙ってオチを吹聴しているやつがいるぞ!」とネットなどで騒いでくれれば、きっと祐介くんにも届くと思いました。
* * *
僕はケータイを片手に声を張り上げてしまいそうなくらい興奮していた。
いや、ていうか声は張り上げていた。
まさか、翼くんが女の子だったなんて。
なんで、僕は彼女のことを勝手に男の子だなんて思っていたんだろう。
なんで、最初から『翼くん』などと呼んでいたのだろう。なんて愚かしい。
ああ。
そして、今やっと、十数年来の疑問が訊ける。
『それじゃあ、翼くん……じゃなくて翼さんが最後の手紙に書いていたことって結局なんだったんですか? 「実は私は男じゃないんです。男の子のふりをした方が仲良くなれると思って嘘をついていました、ごめんなさい」ってことですか?』
『もちろんそれもあります! 大正解です! でも、その先に、もっともっと大事なことが書いてありましたよ。』
『もっと大事なこと?』
『私が引っ込み思案な読書好きな女の子で、そんな中初めて気の合うお友達が出来て、その相手が男の子で、その出会い方があんなにロマンチックで、私は同性愛者じゃない。だとしたら、ここで伝えたい言葉はたった一つではありませんか?』
そして、わざわざメールを分けたのであろう、彼女からもう一通メールが届く。彼女はこの演出が好きみたいだ。
『その手紙に書いてあったことはですね……』
そのメールに書かれていたのは、小学生の女の子らしい、すごくシンプルな一言であった。
僕は微笑む。胸がいっぱいになる。
その一言をここに記さなかったからと言って、この物語をリドルストーリーだと呼ぶ人は、よもやいないだろう。