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 僕の著作『最後の手紙』は、ほとんど実話だ。


 実際と違うところは登場人物一人の名前だけで、作中の「上村ツバサ」を「植村翼」に置き換えれば完全にノンフィクションの物語になる。


 別に作中人物の方も植村翼にしてしまっても良かったのだけれど、個人情報漏洩(ろうえい)みたいなことが頭によぎって、少し改変して出したのであった。今になってみればそんなのは無駄な話だったけれど。


 図書館に通い詰めた少年時代を経て、僕が作家をこころざすのはごく自然な流れであった。


 あの日、読みふけって手紙で語り合ったような、胸を熱くする友情の物語を自分でも書きたいと、そう思ったのである。


 作家をこころざした、というと大層なことに聞こえるが、実際新人賞への応募みたいなことをしたわけではなく、小説投稿サイトにUEというハンドルネームで投稿していただけだ。


 そんな中、昔の思い出を小説風に書いた『最後の手紙』が奇特きとくな編集者の目にとまり、やっと処女作として出版デビューをしたというだけで、その本も大して売れていないというのが現状である。胸を張って自分が作家だということはまだ出来ない。


 巡り巡って、少年時代の少し不思議な友人に届けばいいな、と思って書いた小説だが、彼が今も本好きだったとしても、ここまで売れていないと届くのも難しいだろう。


 あまりにも売れないとせっかく出版してくれた編集者さんに迷惑がかかるだろうと思い、微力ながら一冊くらい自分で回収しようと思い本屋を巡ったのが今日のお昼のことである。


 ニセモノだろうとなんだろうと、自分の作品の中のことを真似して手紙を挟むなんて粋なことをしてくれた人がいること自体は喜ぶべきことなんだろう。もちろん嬉しいという気持ちもある。


 でも、作品のオチを、作者でもない人が勝手に捏造ねつぞうして流布るふしようとしているのを、作者である僕が看過かんかしてはいけないと思ったのだ。




 もしかしたら、『本物に当たっちゃった、やばい』と思ったのかも知れない。


 僕のカミングアウトのメールに、少ししてから返事があった。


『本当に、あなたはこの本の作者さんなんですか?』


 疑うような文面。気持ちはわかる。


 そりゃ、作者だなんていきなり名乗られて信じろっていう方が無理な話だ。


 だけどそれは、あんたがさっきまで無差別な誰かをターゲットに、してたことだからな……? というか、このメール自体が自分が作者ではないことを証明してしまっている。詰めが甘いというか全部甘いというか……。


『はい。信じていただく必要はないのですが、僕はこの本の作者です』


 冷静に、そう返事をする。


『そうなんですね! あの、この物語の最後、この手紙にはなんて書いてあったのか、作者さんの中に答えはあるのですか?』


 わるびれもせずいち読者どくしゃのスタンスになってしまっている。さっきまで散々、手紙の内容をでっち上げようとしていたくせに。


 はじめから、こういうファンの視点で話をしてくれたらよかったのにな。


『この作品はリドルストーリーと言って、結末がどうだったか、読者に考えてもらうような物語です。なので、答えはあるともないとも言えます』


 うん、自分で言っててもちょっと何言ってるのかよくわからない。それこそリドルストーリーみたいなメールになってしまった。


『そうですか……。でも、なんだか作者さんを名乗って変な文通をするみたいな真似をしちゃって、気分を害していたら、ごめんなさい』


『みたいな真似をしちゃって』というか、まさしくそれをしていたように思うのだけれど。


 割と素直に謝ってくる自称植村翼は、結構いいやつなのかもしれない。いやいや、これはあれだ、不良がたまにいいことするとすごくいいやつに見える現象だ。


 僕はこのやりとりを始めてからのずっと抱えていた疑問を訪ねてみた。


『それにしても、tsubasa.uemura@なんてアドレスをわざわざ取得するほど周到しゅうとうに仕込んでいるのに、なんで僕が男性だってことくらい、調べなかったのでしょうか? プロフィールらんで普通に公開しているのですが……』


 僕は一人で首をひねる。


 すると、彼女からは、こんな返事が返ってきた。


『いえ、私が植村翼であることは事実ですよ! あなたの方こそ、なぜ、最初から、「植村翼」を男性だと信じ切っているのですか?』


 


 は? この人は何を言っている?


 頭がかき乱される。理解が追いつかない。


 それとも、まさか本当に……?


 そして、演出のためにわざわざメールを分けたのであろう、彼女からもう一通メールが届く。




 そこに書かれている言葉を見て、僕は、確信する。


『ねえ、祐介くん?』


 この人は、「本物」の植村翼だったのだ。


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