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『わあ! 本当にメールがもらえると思っていなかったので、嬉しいです! 感想を是非聞かせてもらいたいです! 私もネットで色々探してみたのですが、この本、売れてなさすぎてネットとかでも全然評価が書かれてなくて…』
僕の方こそ、本当に返事がもらえるとは。
随分と前のめりな作者もどきがいたもんだ。でも、自分の作品に感想がもらいたいと思う気持ちはよく分かる。
なんと送ったらいいんだろうか。ちょっと照れながら僕は文字を打ち込む。
『素敵な二人の物語だと思いますが、結末は釈然としません。こちらはリドルストーリーとなっていますが、最後の手紙には結局なんと書いてあったのでしょうか?』
返事はすぐにきた。
さっきまでは仕事中で、今仕事が終わったとかそんなところだろうか。土曜日にも仕事があるとしたら、大変な仕事だなあ、と思う。カフェの店員とかだろうか?
『最後の手紙、あなたは、なんて書いてあったと思いましたか?』
こいつ、質問に質問で返してきやがった。社会人にあるまじき行動である。自称植村翼が社会人かどうかはわからないけど。
まあでも、この本の感想が語りたいとしたら、そこしかないか。
お風呂やベッドでずっと考えて出てきたいくつかの仮説をあててみることにする。
『引越し先の住所とか、ですかね?』
『なるほど、その手もありましたね笑 でも、不正解です。』
不正解、か。自称植村翼は、知った風な口をきいてくる。
そもそも、作者なら、それを不正解と言ってしまったらリドルストーリーの体を保てないのでは? なんてクールぶったことを考えながらも、こんな風にこの本の感想を話せる相手がいるということに、密かに興奮している自分がいた。
自称植村翼の言う通り、この作品は全然売れていないのだ。ネットで「最後の手紙 植村翼 手紙に書かれていたこと」なんて検索してみたって、解釈の一つも出てきやしない。
不正解というのであれば、他の仮説をあててみよう。
『それじゃあ、「お前と話せて楽しかったぜ」とかですか?』
『うーん、それも不正解です。楽しかったのは事実だと思いますが。ツバサが手紙をわざわざ分けた理由に説明が付きません。すごく大事な話だから手紙を分けたのではないでしょうか。心の準備をして、読んでもらいたかった。もしかしたら、見つからなかったらその方がいいのかもしれない、なんて思いながら書いていたのかも知れません。実際に読まれると思ったら、怖くなっちゃうような、そんな内容です』
この人、めちゃくちゃ語るな……。この全然売れていない本をここまで読み込んで人がいるだなんて。
でもたしかに、手紙を分けた理由なんてところまでは深く掘り下げて考えられていなかった。
『では、「実はぼくは同性愛者で、君のことを好きになってしまったんだ!」っていうカミングアウトとかですか?』
そんなはずはない。と自分で苦笑しながら送ってみる。
でも、手紙を分ける理由、なんてことを言われてしまうと、それくらいの告白かもな、なんて思う。
ただ、そんな苦笑まじりに送ったメールへの返事は意外なものだった。
『それは素敵な答えですね! かなり正解に近いと思いますよ!』
はあ……?
その返事を読んだ瞬間に、怒りというか悲しみというか、そういう嫌な感情がどろっと胸に流れ込んできた。
もちろん、それは同性愛者に対しての嫌悪感などではない。
この自称植村翼が、本当に正解を知っているように振る舞っていることと、そして、その正解とやらを見も知らぬ読者に吹聴しようとしていることに、違和感を感じたのだ。作品が冒涜されたような気分だ。
『不正解』は遊びで済ませられるが、『正解』はダメだろう。
『あの、あなたは、女性ですよね?』
ケータイを打つ手が震える。
この本の作者は男で、それくらいのことは本自体に書いてあるのだから、調べずとも分かるはずなのだ。なぜその詰めをサボった。
『はい、女性です』
ほら、見たことか。
わかりきっていたけど、こいつは偽物だ。残念だ。語れるやつだと思ったのに。
『この本の作者は、男性です。なので、あなたは植村翼ではありません』
怒りとかではなく、呆れ半分で会話をたたみにかかる。
普通の一読者同士として意見を交わすことができればそれでよかったろうに。
『私は植村翼です。女性で、植村翼です。どうして、そんなことをあなたは疑うのですか?』
はあ、どうかしてる。
この人が偽物だと、僕だけは確実に分かっている。この世で、多分、僕だけがそのことを確実に分かっている。
言って、信じてもらえるもんだろうか。
いや、この人には、伝わるはずだ。だって、自分が偽物だってことは、自分には分かっているはずだから。
カチカチとケータイの文字盤を叩いて本当のことをメールにて送信する。
『それは、僕が、この本の作者の植村翼だからです』