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記念日2

 

 フェニたちの協力により、三千年の時を経て我は地上へと戻ってきた。


(本当にこんな日が来るとは……)


 今も……信じられない。

 夢の中にいるようである。


(ああ……我の知らない場所だ)


 ここは学園の地下空間、観光地などとは程遠い場所。

 だけど……そんなことはどうでもいい。


「…………ふっ」


「バハムート様」


 薄暗く埃っぽい閉鎖空間。

 こんな場所にいて喜ぶのは我くらいのものだろうな。


 感極まり目頭が熱くなる。

 見上げると……ふと涙が零れそうになった。

 我も涙もろくなったものだ。

 そんな姿を見られたくないので、反射的に手で顔を覆う。

 フェニはなんとなく気づいているようだが、敢えて見ないふりをしてくれた。


「フェニ……」


「はっ!」


「よく…………やってくれた、お前に頼んで正解だった」


 彼女の赤い髪を優しく撫でる。

 我は本当にいい眷属を持った。


「あ、あああっ、あの、あの? ……バハムート様」


 我の行為に戸惑うフェニ。


「あ、あの、えっと、うぅ……い、い、いいんですよね? ……え、えへへ」


 やがてフェニの方から頭を寄せてくる。

 最初は恥ずかしそうにしていたが、嬉しそうに手を受け入れる。


 人型となった我とフェニは身長差が殆どない。

 思えば、こうして同じ目線で彼女に頭に触れるのは初めてだな。


「望むものがあれば言え。我が全力を持って叶えてみせよう」


「そっ、そんな、そのお言葉だけで、私にはもう……」


「遠慮などしないでくれ。フェニはそれだけのことをしてくれたのだ。我がどれほどこの日を待っていたことか、我もお前の仕事振りに応えてあげたいのだ」


「バハムート様にそう言っていただけるのであれば……はい、考えておきますっ!」


「……うむ」


「ふふ……うふふ」


 楽しそうなフェニの笑い声が聞こえている。

 どんな望みを考えているのだろうか?

 言ってはみたが、今の我にできることなど知れている。

 調子に乗って言ったが望みを叶えることができるか若干不安ではある。


 まぁ、それは後でいいか……。


「さて……二人とも、既に大体の話はフェニから聞いている」


「「っ!」」


 我は今日初めて会う女性たちに視線を送る。


「フェニの契約者のメイと、協力者のマルティナ……だったな?」


「はっ!」


「はいいいいいっ!」



「二人も、我のために本当によくやってくれた。ここまでくるのに、大変な苦労をしたことだろう……感謝する」


「す、すべて自分から望んでしたことです、私如きに感謝など……もも、勿体のうございますっ!」


「そ、その通りでございますっす! すすす……っす!」


 初対面だというのに、どういうわけか恍惚とした顔を見せるマルティナ。

 がちがちに震えながら、緊張気味に答えるメイ。


「この身は微力に過ぎません。すべてはフェニ様のバハムート様への忠義が、想いが……この結果に結びついたものと」


「謙遜することはないさ……二人のしてくれたこと、今日という日を我は決して忘れん」


 我は二人へと礼を述べる。


 フェニから案を聞かされ時は、少し不安もあったが……。

 うまくいってよかった。


 我は説明を受けた時のことを思い出す。




【まず、先ほども話しましたが、バハムート様が完全な状態で地上へと向かうことは現時点では難しいと思われます】


 今の技術では不可能であることを説明するフェニ。


 もし無理矢理、地上に侵入すればどうなるか?

 幻界と地上、世界間で出入りする膨大なエネルギーが地上で荒れ狂い、余波で世界が崩壊しかねない。


 だが、召喚魔法による召喚ならば話は別だ。


 あれは術者の魔力を使った実体化で、世界内部の魔力を消費するため問題はない。

 しかし、この方法をとったとしても我の場合は実体化可能な術者が存在しない。

 当然、その点はフェニも十分理解しているはず……。


【そこで……】


 フェニの話は続く。

 予想外だったのがここからの内容だった。


「ホムンクルス(人造人間)に我の召喚紋を刻んで、我と召喚契約を結ばせる?」


【はい……その通りです】


「わからんな。召喚契約は理解できるが、何故……ホムンクルスと召喚契約を? いや、契約儀式自体は召喚紋さえ刻めればよいのだから可能なのかもしれんが、ホムンクルスは召喚魔法を使えるのか?」


【少なくとも……前例はないですね】


 はっきりと断言するフェニ。 

 人造人間(ホムンクルス)は見た目は人間そのものだが、自我が存在せず、プログラムに沿って動く生きた人形である。

 自立型のホムンクルスは錬金術師によりずっと研究されているが完成には至っていないそうだ。


 一応、ホムンクルスも体内に魔力回路を組み込むことで、簡易な魔法であれば使用はできるとのことだが。

 幻獣という他者を介する必要のある召喚魔法はかなり複雑だ。

 契約者と幻獣、双方で協力し合うことで実体化が可能となる。

 故にそれをサポートする特殊な魔法陣(召喚紋)を身体に刻む。


【通常の召喚方法でバハムート様を地上に顕現させるには、膨大な魔力が必要です。人間の召喚士にはとても不可能な魔力量です。ほんの数秒間、実体化するだけでも、何万人分の魔力が必要になるのか、正直言って見当がつきません」


 我だけ地上外出券の対価が高すぎる。


【そこで私は別のアプローチをとることにしました。あれから召喚魔法について徹底的に調べてみたのですが、バハムート様……召喚契約をすると契約者と幻獣の間に経路ができることはご存じですよね?】


「ああ、それは知っている」


【今回において大事なのは契約を結ぶことにより、ホムンクルスが召喚魔法を使用可能に……という点ではなく、この副次効果になります。召喚士と幻獣の間で契約をすることでパスが繋がり、念話が使えるようになっているということ】


「念話……」


 我とフェニのように眷属といった関係でなくとも、契約を結ぶことで念話が可能となる。

 そのことにフェニは着目したという。


【念話の使用条件というのは、突き詰めていくと精神の繋がりなのですよ】


「精神の…………ああ、そうかっ!」


 少し、メイの話が見えてきたぞ。

 何故人間ではなく人造人形(ホムンクルス)を選んだのか。


【バハムート様の圧倒的な精神力があれば、ホムンクルスと精神を繋げることで、あたかも、そこにいるかのように自由に人形を動かすことも可能になるはず。その際、ホムンクルスの自我がないということは精神が干渉されないということであり、有効的に働くはずです】


「なるほどな」


 精神の空っぽなホムンクルスであれば、我の強大な精神と混じり合うこともない。

 相手側の精神が崩壊する恐れもない。


【この方法であれば……バハムート様が実体化せずとも、ホムンクルスを利用して、地上で活動することができるようになるのではないかと……】





(そして、本当にうまくいくとはな……)


 壁に設置された鏡を見て、自身の身体を再確認する。

 我の今の身体は、フェニたちが用意してくれたホムンクルス。


 フェニが所持する我の鱗を材料に生成された腕輪。

 腕輪に内包された魔力を参考に、我にできるだけ適合する肉体を創り出したとのこと。


 黒髪、黒目の十代中頃の青年。

 背はフェニより少し高いくらいだから、百七十代後半というところか。

 そして……。


「なるほど、これが……我の、我自身の召喚紋というわけか」


「はい」


 我の背中には黒い紋様が入っている。

 なお、この召喚紋は幻獣によって異なる。


「なぁ……やたら黒くないか? 我の召喚紋」


「申し訳ありません、ですがバハムート様の召喚紋となると複雑化してしまい、どうしても……」


 小さな黒い線がごちゃごちゃと幾重にも交差し、落書きで黒く塗りつぶしたような召喚紋になっている。


 まぁいいか。

 多少見た目が悪いくらい、なんということはない。


「あの、バハムート様……身体の調子はいかがでしょうか?」


「そうだな」


 歩くと、よろめきそうになる。

 竜の時と違い、背中に翼もない、爪も長くない、新しい身体の重心の取り方が把握できていない。


 フェニと違い、我は人型に変化などしたことがない。

 人型をとれればエネルギー消費を大幅に抑えられる。

 四獣であるフェニがずっと実体化していられるように。

 力を十全に発揮するには完全形態を取る必要があるがな。


 我の場合、力が大きすぎるせいなのか、元の身体の癖が強いのかなんなのか、竜形態以外をとることができなかった。


「ま……直に慣れるだろうさ」


「畏まりました。何かありましたら、おっしゃっていただければ……」


「ああ、何から何まで済まぬな」


「それと、その肉体はまだ検証中でして完全ではありません。味覚などの感覚機能が不十分で……」


「いいさ……今はこれで十分だ」


 我としても、幻獣たちの話していた、とろとろワッフルとやらが気になっていないわけではない。

 だが、ここまで三千年も待ったのだ。




 楽しみは後にとっておくのも一興だ。


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