時空跳躍に挑戦
三百年振りに地上への侵入を試みることにした我。
早速、その準備に取りかかることにする。
まぁ、準備といっても場所を移動するだけなのだが……。
幻界は広大だ。
我が力を行使しても影響はないが、念のため人気の無い場所に移動する。
幻獣たちを怖がらせてしまうのは我の本意ではない。
「ふむ……この辺りでいいか」
空を飛び、よさげな草原へと降り立つ。
誰もいないか念入りに確認をする。
周囲への影響は勿論だが、失敗した場合に、我が狼狽えるところを彼らに見られたくはない。
我がこんなに地上行きを渇望していることを他の幻獣たちは知らない。
もし知られて、子供たちのような彼らに気を遣われでもしたら、我はいたたまれない。
彼らも我に遠慮して、召喚契約を破棄して地上へと出向かなくなってしまうだろう。
それは我の本意ではない。
さて、どこに繋ぐか。
以前試した時は爪先を進入させただけで、山が消し飛びそうになった。
陸だと影響が大きそうなので、幻界と繋げる場所は海にするか。
そうと決めたら、早速実行である。
目を瞑り集中力を高めていく。
大丈夫だ、前回よりも我が成長したのは間違いない。
希望がきっと見えるはずだ。
成功するイメージを思い浮かべる。
地上を満喫している自分を想像すると、少しだけリラックスできた。
「……ふぅ」
海と幻界を繋ぐため、時空制御の行使準備に入る。
指先に少しずつ魔力を込めると、何も無かったはずの空間に、少しずつ歪な裂け目ができはじめる。
穴からはザアァと静かに繰り返す波の音が聞こえてくる。
穴の近くに人の気配はない、この場所なら問題はなさそうだ。
一先ず空間接続は成功、と。
「よ……よし、ゆくぞ」
ここからが本番だ。我の力が外に零れないように集中する。
尾を左右に振ってタイミングを計る。
気持ちを落ち着けたあと。
裂け目に我の指先をそっと触れるように合わせる。
チョットずつ指を中に入れて、体を実体化させていこう。
いきなり全身を地上に持って行くのは無理だ。
我もそこまでは高望みはしていない。
今回は目標に近づいているという手応えが得られればいい。
ちょっとずつ、ちょっとずつだ、慎重にだ。
焦らなくていい、ゆっくりでいいのだ。
無理をするとコントロールが狂ってしまうからな。
そうして己の指先を裂け目の中に入れていき……。
ズオオオオオオオオオオオオオオオッ!
「…………え?」
瞬間。
裂け目の向こう側で発生する突風。
海面に波紋が急激に拡がっていき、急激に荒れ狂う波。
爪先を進めるほど、生じる現象は激しさを増していく。
ピシャアアアン! と落雷までが海に降り注ぐ。
「……う、嘘だろう?」
まだ爪までしか入っていないぞ。
これ以上は無理だと判断して指を引っ込める。
海に影響が起きないように裂け目も閉じておく。
「そ……そんな、馬鹿な」
挑戦を終えて、襲ってくる虚無感。
なんだこれは? 我はこれっぽっちも変わっていなかったのか。
この三百年という時間はなんだったのか?
以前と変わらない結果に落ち込んでしまう。
強すぎる自分の身体が今ばかりは恨めしい。
もう少し弱い身体に生まれたかった!
しかし妙ではある。
以前よりも力の制御を訓練した。
だというのに、今回も前回同様に爪までしか入らなかった。
これでも成長した実感が少しはあったのだ。
何の成果も出ていないなんてことがあるのか?
いくらなんでも、そんなことって……あるか?
「……む?」
俺は指先を見て気づく。
訓練は無意味ではなかったことに。
そういえば我。
「さ、三百年前から爪を切ってなかった」
我、成長していた。
伸びた爪の分だけは。
精神体なのに爪が伸びているというのも妙な話ではあるが。
たぶん一メートルくらいは前より深く地上に侵入できた。
そう考えると少しは進歩もあったのかもしれないが……。
(ショックだ)
今回、手先ぐらいまではいけると踏んでいただけに。
やりきれない気持ちに、空へと咆吼をあげる。
これでは地上に行けるのがいつになるか見当もつかない。
悲しみにくれながら今回の挑戦は終わった。
ところかわって。
バハムートが地上に侵入チャレンジをしたのと同時刻。
メゴンシア大陸東部に位置するザウルス王国の王都。
付近の森に出没したハイオーク狩りを終え、冒険者ギルドへの帰路を辿る二人の女性の姿があった。
「ふぅ、フェニ、今回も助かったっす」
「いえ、メイ」
一人はメイと呼ばれた活発な雰囲気の十六、七歳くらいの青髪のショートヘアーの子。
魔法を嗜むものであれば、見ただけで魔法防御に優れているとわかる白色のローブを羽織っている、魔法使い。
「いやはや、さすが最強の属性獣、四獣の一人っす……凄い、流石すぎる、こんな凄い方に力を貸して貰えるとは、なんて私は幸せもの……」
「言っておきますが、煽てても何もでませんから」
「い、いやいや、本音っすよ。でもあの、そのっすね。本音を言えばもうちょっとだけ、手加減してくれると嬉しいんすけど、フェニが使う魔力の消費分が、うん……かなり、きっついんす……」
「それは貴方がまだまだ未熟だからです。これでも私なりに限界まで抑えているのですよ。魔力制御も魔力量も全然足りません……もっと精進してください」
「て、手厳しいっす」
メイは火魔法を得意とし『業炎』と呼ばれる二つ名持ちの召喚士だ。
冒険者ギルドでも若くして、上位に位置するAランクであるが、そんな彼女にはっきり未熟だと告げたのは、腰まで伸びた赤髪を黒い紐で纏め、背中の空いた扇情的な黒いドレスを纏った女。
大きな胸、くびれた腰……漂う色気が男の目を惹く。
だが、彼女を見て人間だと思うものはいないだろう。
何故なら、女性の背中からは真っ赤な炎のような翼が生えているのだから……。
「大丈夫、努力すれば、絶対に伸びますよ……メイは、私が保証します」
「うん……頑張るっすっ!」
「ええ、その意気です」
フェニの言葉にギュッと拳を握るメイ。
人という枠で考えれば、メイは現時点でも十分な強さを保持している。
それでも慢心せずに、ひた向きに上を目指している。
まだ自身を扱うには力量不足ではあるが、そんなメイを気に入りフェニは契約し力を貸している。
「メイ……それでは、これから約束のほうを」
「きちんとお店を予約しておいたから楽しみにするっす……」
「ふふ……はいっ、ふふ……」
先ほどまでの叱咤が嘘のように、穏やかな笑みを浮かべるフェニ。
だが……。
「「っ!」」
思考を遮るように、空が真っ暗になる。
時刻は昼だというのに夜の様相へ。
光が消えたのはほんの一瞬ではあったが、突然の事態に驚く二人。
「ゆ……揺れてる」
突如発生した謎の地震。
「珍しいね……この地方で地震なんて」
「…………」
「震源地……どこだろ? 津波とか大丈夫かな?」
ザウルス王国の王都は東側を海に面している。
王都への影響を心配するメイ。
「……こ、これは」
「フ……フェニ? どうしたの?」
普段見ないフェニの様子に驚くメイ。
一緒に冒険していてどんな危ない場面でも冷静だったフェニ。
彼女がここまで動揺した表情を、メイは見たことがなかった。
「こ、この魔力の波動は……まさか」
フェニの美しい顔が歪み、眉間に皺が寄る。
「今、地上で幻王様の気配を感じた……」
「げ、幻王様って……もしかして幻王バハムート?」
名を聞き、驚きで口を大きく開けるメイ。
「あ、あの空想上の存在の? 女神ナーゼに敗北して地上を追いやられたという」
「はい? メイは何を言っているのですか? 幻王様は幻界におられます、それと……不快な発言はやめてください」
メルの言葉を即座に否定し、顔を歪ませるフェニ。
「あ、ご、ごめんなさい……メイに悪意がないことはわかっているのですが、幻王様のこととなると、つい……その、許していただけると」
「い、いいっすよ、何も知らずに適当なことを言ってごめんっす」
気にしないように手を振るメイ。
「メイ、約束はまた次の機会に、申し訳ありませんが急ぎ確認したいことがあるので、私は幻界に戻りますね、また後で連絡しますので」
「う、うん……わかったっす」
「あ……そうそう、それと」
「なんすか?」
「メイの先ほどの話ですが、半分正解で半分間違っていますよ……次会う時に正しい歴史を教えてあげます」
「え?」
そう言い残し、フェニは幻界へと戻って行った。