魔族3
まとめて更新しています、ご注意を
三話目です
「王女よ、助けに来たぞ」
「よかった! 無事っすよ、ムート様……」
転移魔法陣をくぐると見えたのは、緑色の魔物に襲われているリリーラ王女と、気絶している彼女のパーティメンバー。
そして一人、半裸の王女を嗜虐心たっぷりに見ていた少年の姿。
「え、ム、ムートッ! それに……え? メイ先輩」
我らの顔を見てリリーラの顔が綻ぶ。
その目元には大粒の涙が浮かんでいる。
状況を見るに、かなりの危機だったようだ。
「また随分と涼しそうな恰好をしているな、リリーラ」
「ちょ、み、みみみっ、見るんじゃないわよっ!」
「それだけ元気があるのなら問題なさそうだな……」
羞恥心で顔を真っ赤にし、我を睨む王女。
しかし何故、半裸状態なのだろうか?
彼女の後にいる緑色の粘々した生物が原因か?
ふむ、まずコイツをどうにか……。
【ネ、ネトオオオオオオオオオオオオオッ】
「「「……え?」」」
な、なんだこいつは?
我を見て何かに怯えたように隅の方に離れていった。
まぁ逃げるのならそれでいい、勝手に解放してくれて面倒も少ない。
なんというか、少し不気味だが……。
「ほれ、これでも着てろ」
「あ、ありがとう」
制服のブレザーを脱いでリリーラに放り投げる。
「ネ、ネトリーヌ? なんだ君たちは……いいところだったのに邪魔をしてくれて」
「ふむ、貴様がノスか?」
「そうだよ」
王女が自由を取り戻し、こちらに走ってくる。
その様子を見て不愉快そうに呟くノス。
「って! ……あ、あれはっ!」
突然、隣で驚愕の声を出すメイ。
「ま、まさか……あれ、戦魔像っすか?」
「戦魔像? なんだそれは?」
「魔族たちが創り出した、とんでもない強さを誇る破壊兵器、文献で読んだものにソックリっす!」
メイの解説が始まる。
第七次魔王大戦で、魔王軍が持ち出した巨大兵器。
五十メートルサイズの無骨で巨大な人型の石像。
「あ、あんなものがこの王都の近くで動き出したら……」
最悪の状況を想像してか、冷や汗を流すメイ。
まぁ我の本体サイズの一割にも満たないのだが……。
人間の基準でいえば、対処するのは骨が折れそうだ。
「だが見た感じ、動かないみたいだぞ」
「そいつの話だと、起動するには私たちを生贄にする必要があったみたいで……」
拘束の解かれたリリーラが事情を教えてくれる。
戦魔像とやらを起動して手に入れるのが、魔族の目的だったわけか。
「王様の予想通り、本当に魔族だったんすね……こいつ」
「そのようだな」
メイに聞いた魔族の特徴と一致する。
薄暗い地下空間の中で赤い目が爛々と存在を主張する。
「…………ふむ」
メイと我の話を興味深そうに聞いていたノス。
「まぁ、いいか。たかが人間が二人増えた程度なんてことはない。それにしても、よくここまで追跡してこれたね」
「貴様の転移魔法陣を利用しただけだ」
「おかしいな、あの魔法陣は僕の魔力にしか反応しないはずだけど」
「魔力の残滓が残っていたからな、まだ、それほど時間も経過していなかったし、利用させてもらった」
「へぇ……そんなことができる学生が隠れていたなんて、ちょっと驚いたよ、凄い凄い」
ノスが我を見て、パチパチと手を叩く。
「しかし、理解できない点もあるな」
「なにがだ?」
「其方の話を聞く限り、僕が魔族である可能性まで考慮していたようだ。つまり君たち二人で僕をどうにかできると判断したってこと……?」
「少し違うな……貴様は我が一人で戦う」
「……は?」
何を言っているのか理解できず、一瞬呆けた顔を見せたノス。
その方が我的に集中できるし、戦いやすい。
ここに来る前にメイには伝えてある。
「なんだ、文句でもあるのか?」
「はは……いや、呆れて言葉もでないだけ」
我の袖を不安そうに引っ張るメイ。
「ム、ムート様……あの服につけられた模様を見るに中級の魔族っすよ」
人間の貴族同様に魔族にも階級というのが存在するらしい。
最高位の公爵級、伯爵級、子爵級、男爵級……といった具合に下がっていく。
人間以上に主従関係に厳しく、爵位ごとのステータスを表す模様を服につける。
メイ情報によると、奴は上から三番目の子爵級に位置するそうだ。
マルティナ評では下級魔族でも上位ランクの冒険者と同等の戦闘力を持つとか。
「だだだ、大丈夫なんすか本当に……」
「問題ない。子爵級? ……要するに、ただの半端者の魔族だろうが」
「なん、だって……」
ノスの端正な顔が大きく歪む。
我は王、頂点に位置する存在だぞ。
「中級魔族など恐れるに足らん、あんな奴、幻界と空間を繋いで本体で軽くデコピンすれば一撃だぞ」
「そ、それ、辺り一帯、私たちごと確実に消し飛ぶっすよね……絶対ダメっすからね!」
「冗談だ、わかっている」
まぁ、それは本当の本当に最後の手段だ。
今の身体でこの魔族をどうにかするつもりだ。
臨戦態勢へ。
「ぬんっ!」
バサリと翼を生やし、魔族形態となったノスが空へと飛び立つ。
ノスの魔力が一気に解放、空間一体に満ちる濃密な魔力。
ここにいる全員の魔力量を合計しても、全然届かない。
種族の性能差というものがここにある。
「メイ、リリーラ、巻き添えを受けないように、倒れている奴らを隅っこにどけておけ! あとは自分の身を守ることだけ考えていればいい」
「了解っす!」
「わ、わわ、わかったわ」
緊張気味に答える二人。
「生意気にも僕にたてついたこと、すぐに後悔させてあげるよ」
戦闘開始。
我の頭上に魔法陣が展開され、顕現する【溶岩の斧】。
「焼け死ぬがいい」
ぐつぐつと煮えたぎったマグマの斧が振り下ろされる。
今の我の魔力量は一般人と同様。
上級の火魔法、受けるには我の魔力全部を使っても足りない。
熱量を持つそれは受ければ火傷だけじゃすまない。
まぁ、つまり……一つしか手はないわけだ。
「ふっ!」
全力で横っ飛びして、緊急回避する。
正直、スマートな動きではないがまぁ仕方ない。
先ほどまで我が居た地面の表層が、炎の斧により熔解し、あたり一帯に焦げ臭さが漂う。
「なんだよ……あれだけ大口叩いて避けるのかい?」
我の動きを見て哄笑するノス。
斧を一度避けた程度でノスの攻撃は止まらない。
多種多様な属性魔法攻撃の展開。
至るところで爆炎があがり、雷撃による閃光が目をくらませる。
そして、上空から派手な魔法で意識を引き付けているうちに。
「む?」
「へぇ……なかなか反応速いな」
短剣を構え、我の背後から急接近してくるノス。
我の背中を突き刺そうとする短剣。
それを王女の時と同様に、魔力を指先一点に集めた身体強化魔法で抑える。
完璧な魔力コントロール、間違えば即終わりの綱渡りな魔力操作。
それでも衝撃を完全には殺せず、足の踏ん張りが効かずに後ろに吹き飛んでいく。
「どういうこと? 君からは大した魔力も感じないのに防がれた」
短剣を見ながら不思議そうに話すノス。
やはり受けるのは駄目だな。
しかし、この感じなら十分やりようはある。
ノスはまだ全力ではないが、ついていけそうだ。
身体能力で負けるのは当然のこと。
我が最も不安視したのはその点ではなく、身体強化した目で奴の動きを追えるかどうか。
反応ができないんじゃ対応できないからな。
奴のすることを認識できてさえいれば、勝機は十分ある。
「……ふぅ、は、はっ」
勝機は……ある、たぶん。
「え、もう、息切れしているのかい? よくわからない奴だな……神業的なことをしたと思えば」
なんとも体力のない身体だ。
ちょっと動いただけでこのざまだ。
「その感じじゃ、次は逃げられそうもないね……もう鬼ごっこは終わりにしようか」
拍子抜けした様子のノス。
ああ……同感だ。
遊びはもういいだろう。
「そろそろ、反撃と行こうか……」
「は? その無様な姿でなにをほざっ…………うぐっ!」
我が指先を向けると同時、大きく後ろにのけ反るノス。
口から血液が零れ、ここまで余裕を保っていた顔が曇る。
「な、なっ……ぼ、僕になにをした?」
「驚くことはない、ウインドボールを超圧縮して飛ばしただけだ」
普通に撃っても、ノスの身体にダメージなど与えられないからな。
「そ、そんな馬鹿な、その程度で僕が反応できないはずが……」
「透明化の魔法を掛けたからな」
「ま、魔法そのものを透明化……だと、そ、そんなの聞いたことないぞ」
ノスの顔が驚愕に染まり、額からツツと汗が流れる。
透明化しても、しっかり魔力感知すれば把握できるんだがな。
しかし、こいつ。
「心臓を貫いたはずが何故生きているのだ?」
「お、王様っ! 魔族は心臓が五個あるんすよっ!」
メイが心臓の場所を自分の身体を指さして教えてくれる。
つまり、仕留めるには残り四つ潰さなきゃならないのか。
暴食の使えない我は基本、手持ちの武器で勝負するしかない。
コツコツと地味にダメージを与えていくしかない。
「おのれええっ、ぐっ」
「どうでもいいが、貴様はもう少し危機感を持った方がいいぞ」
再び心臓を貫く、これで残りは三つ。
ギロリと我を睨み、怒りの形相を見せ、再び上空へと舞い上がるノス。
「か、下等な人間風情が、よくもこの僕に傷をっ! しかも一度ならず二度まで、万死に値するっ!」
「なぁ……さっきから思っていたんだが、我は人間ではないぞ」
「どう見ても貴様は人間だろうがっ!」
人間に傷つけられたと勘違い(?)したノス。
魔族の誇りを汚され激怒し、当初見せていていた優雅な振舞いは完全に消え去っていた。
「許さん、貴様だけは許さんぞっ!」
直後、ノスの周囲に展開される七つの魔法陣。
「セ、セブンサークル!」
出現した陣を見たメイの表情が驚きに染まる。
「【地獄の火炎】……僕の最強の魔法であるこいつで、君を消し炭にしてやる」
「へ、ヘルファイアって、ききき、禁呪魔法じゃないっすか……」
あの程度の魔法を二回受けただけで、最高火力で応酬とは。
どれだけ怒っているのだコイツ。
というか、ここにはコイツが利用しようとしていた人間たちもいるというのに。
「お、王様逃げるっすよ! 早くこっちへ!」
「必要ない」
「はへ? で、でも、ここにいたら……」
「大丈夫だ、我を信じろ」
七つの魔法陣を行使した、大魔法の展開。
それ自体はなかなか大したものだ。
整理しておくと、魔法陣とはあくまで魔法を補助するためのものだ。
魔法発動手順の簡略化、安定化、結界魔法などにおける長期固定化など。
多重の魔法陣を展開する技術があれば、禁呪と呼ばれる超強力な魔法も扱えるようになる。
だが、今ノスの扱っている魔法は……。
「…………くだらん」
「な、に?」
「笑わせる……さっさと撃てばいい、撃てるものならな」
この男は肝心なことを理解していない。
「い、いい度胸だ、死ねえええええっ!」
魔法陣が光り出し、魔法が発動する瞬間。
我が指をパチンと慣らす。
たったそれだけで……。
「な、あ……」
粉々に霧散し、完全崩壊する七の魔法陣。
「ど、どう、して……僕の魔法が解除され」
「理解できんか? 自分の失敗を」
魔法を成功させるのは確かに大事だ。
だがそれに気を取られ過ぎだ。
魔法陣とは魔法の手助けをするものだ。
逆に意味を取れば、そこには欠点が表示されているということ。
だというのに……。
「魔法陣に透明化の処置もしない、ダミーラインも入れない……そんなの発動させる魔法の説明書を我に読ませているようなものだぞ」
魔法陣は便利だが、他人に情報を与える諸刃の剣になり得る。
女神の拘束魔法のように、何百ものプロテクトをかけているのなら話は別だがな。
「しかも七つもだぞ、とっておきの大規模魔法だというのに、情報を与え過ぎだ。おかげで簡単に楔を撃ち込めたわ……雑なのだ、貴様の魔法はすべてがな」
「う、あ……」
まだ現実が理解できていない様子のノス。
学園の訓練場の時も思ったが、今地上にいる奴らはどうにも魔法陣が便利ゆえに簡単に考えすぎているフシがあるな。
「そ、そうなの……メイ先輩、あの魔法は雑だったの? 私、よくわかんないだけど」
「いやいやいやいや、んなわけないっすよっ! おかしいっすから! 王様、当たり前のように言っているっすけど、あの数秒で七つ同時解析とかあり得ないっすからね!」
戦いを見物している二人の声が聞こえてくる。
「本来はそこまで対策する必要ないんすよ! 陣の概要を一瞬で見抜くだけの圧倒的な魔法知識と経験、魔力制御と魔力感知がなければ、あんなのできないっす!」
ぶんぶんと首を振るメイ。
「お、おのれええええっ!」
自暴自棄になった魔族など、我の相手ではない。
正直、最初の手数押しされた方がやりにくかった。
突っ込んでくるノスを軽くいなし、狙いを定めて残りの心臓を風弾で狙い撃つ。
「ぐ、がああああっ!」
地面に崩れ落ちるノス。
これで決着がついたはず……しかし。
「く、くくくく…………ははははっ、こうなったら、き、貴様らもみち……ぐふっ!」
どういうわけか。
最後に不気味な笑いを浮かべてノスは息絶えた。