王女様4
「し、信じらんない、なんなのコイツ、なんなのぉ……」
頭を思いっきり抱える王女。
どうやら我が購入したのが煙草であったらしい。
東方では同じものをスモークと呼ぶらしいのだが、知識がないので別物だと思っていた。
「わ、私馬鹿みたいじゃない。あの兵士に悪いことをしたわ、こんな奴を庇って偉そうなことを言って、目が曇ってるなんてものじゃなかったわ」
無理もない、我自身も知らなかったからな。
嘘を嘘と思っていなければ表情には出ない。
問い詰められても動揺することはない。
完璧なポーカーフェイスというやつである。
「あまり気にするな……だが、汝の気持ち、我は本当に感動したぞ」
「アンタはもう少し反省しなさいよっ!」
ドンとテーブルを思いっきり叩く王女。
なお、煙草は箱ごと没収されてしまった。
「そもそも煙草は校則でもしっかりと禁止されているんだからねっ!」
「そうなのか?」
若いうちに吸うと体に害があるとかなんとか。
子供が産みづらくなったり、身長が伸びなくなったり、体の成長が止まったりと。
我には良さがさっぱりわからなかったが、それでも愛好者は多く、中毒性もあるため、国によっては輸入そのものに大きな制限がかかっているそうだ。
「というか、買うならせめて制服ぐらい脱ぎなさいよ……堂々とし過ぎでしょうが」
呆れたように呟くリリーラ。
「まったく、今からでも突き出してやろうかしら、ティナさんにも言いつけちゃおっかな」
「別に構わんが……我、学園の生徒でもないしな」
「え? ……せ、制服を着ているのに?」
困惑の声を出す王女。
「あれ? 前に編入生とか言ってなかった? よ……よくわかんないんだけど、じゃあなんで制服着てるの?」
「マルティナが用意してくれたから、普通に私服代わりにそのまま……」
学園にボディを保管しているから、その方が目立ちにくいとのことで。
「ふ、二人どういう関係? 種族違うわよね、お小遣いまで貰っているし、そういえばティナさん、学校で会った時も妙にアンタのことを持ち上げていたような……主従関係があるように見えたわ」
「別にマルティナの主人というわけではないがな」
「ティナさん、お父様(国王)にだってあんな丁寧な対応はしないけどね」
「一応我も王だしな。それと未成年でもないぞ。年齢も一万歳は確実に超えている」
「ちょっとアンタが何言ってんのかわかんないんだけど」
「まぁ……だろうな」
それはともかく煙草についてだ。
学生ではないし校則など心底どうでもいいが……。
「だがまぁ、体に害があるのなら今後はやめておくか、忠告感謝するぞ、王女よ」
「ち、忠告したつもりは微塵もないんだけど、おかしなヤツねぇ……本当に」
不思議そうに、じっと我の目を見る王女。
「まぁ……いいわ。別に私は風紀委員でもなんでもないしね、今回だけ特別に黙っていてあげるわよ」
「そうか」
さて、色々あって話がずれてしまったが……。
「話とはなんだ、王女よ?」
「勿論……前に戦った時の話よっ!」
「なんだ? 納得できていないのか?」
「当然よっ!」
気持ちいいぐらいはっきりと言う王女。
「あ、でも勘違いしないで、負けを認めないって言っているんじゃないのよ、結果は結果……負けは負けよ」
「だったら、なんだ?」
「すっごくっ、モヤモヤするのよ。あの終わり方……なんかこう、何も理解できないまま、アンタの掌の上でずっと転がされ続けていたっていうか、自分の戦い方が全然できなかった」
悔しそうに呟く王女。
せめて種明かしをして欲しいらしい。
できるだけ、わかりやすく王女に説明することにする。
「ふむ……ふむ?」
「まぁ要するに、魔力をうまくコントロールして、無駄を省き最小限の魔力で王女の攻撃をすべて防いだというわけだ」
「なるほどね……半分もわからないわ!」
そんな胸を張って言うことでもないと思うが。
あまりごちゃごちゃと考えるのが苦手なタイプらしい。
「私、そういう理論的なの苦手なのよ」
り、理論という程でもないと思うが……。
「足りないテクニックはパワーをあげてカバーするのよっ!」
「別にそのスタイルを否定するつもりはないが、これぐらいは覚えておいて損はないと思うぞ……何かと便利だしな」
「ふぅん、例えば何よ……」
「そうだな……」
人差し指をピンと上に立てる。
「あ、あれ……煙草の臭いが消えた、部屋がけむたくなくなった気が……」
「風魔法で気流操作をした」
部屋に充満した煙を指先の一点に集めた。
灰色に濁った風の塊。
「へぇ……でも、それがなに?」
とはいえ、さして王女が興味を持った様子はない。
「そりゃあ、今店を出る時煙草の臭いなんかしたら面倒なことになるかもしれないけど」
「気づかないか? 結構な強くなるためのヒントだと思うが」
「ど、どういうこと?」
「【風爆斬】だったか、最後に使った技は……あの時、王女が剣に纏った風を漏らさず、しっかりコントロールさせることができていたら……我はあの時、負けていたかもしれないのだぞ」
「……あ」
ようやく、理解した顔の王女。
「ちなみに、これができれば……無駄がなくなり、技の破壊力は倍になるぞ」
「そ、それっ! 私にできるのっ?」
「すぐには無理だろうが……汝の場合、魔力関係の訓練を疎かにしているようだから伸び代は大きいはずだ」
興味津々に身を乗り出してくるリリーラ。
随分な変わりようだな……しかし。
「学園で魔力制御を教えて貰わなかったのか?」
「う~ん、そういうわけじゃないんだけど、授業も一時間ずっと瞑想とかで、つまんなくて……こう意欲がね、だから自主練も疎かになっていたというか」
「なるほど」
聞く限り、退屈そうだし、身が入らなくても無理はない。
今も我が実演して見せたことがよかったのかもしれない。
やはり、自分の興味のあることだと違うだろう。
「どうして今のスタイルを選んだんだ、王女は」
「ふふ……だって、スカッとするじゃないっ!」
なんとも直球な理由である。
「別に私も昔からこうだったわけじゃないのよ。優雅に舞い、踊るように避けて突いて……いわゆるお上品な剣だったわ。でも合わなかった。身体を動かすのは好きなのに、全然面白くなかった」
「ふむ」
この国の王族は一応文武両道がモットーらしい。
文はともかく、武が求められるのは先祖の影響とかなんとか。
リリーラが紅茶を飲みながら淡々と語る。
「お姫様って大変なのよ、習い事だとか、ダンスの特訓だとか、各国の歴史のお勉強だとか……本当に色々とね。そしてある日爆発したのよ……ストレスがね」
王女が十二歳の時、訓練場でのこと。
「日常の不満すべてを込めて、後先考えずに全魔力で身体強化して思いっきり解き放った私の剣が、誤って訓練場の壁をド派手に壊した……その時の感触は今も忘れない。もう、凄く気持ちよかったわね、私の価値観すらも破壊するほどに」
「なるほど」
「それからよ、私がそのスタイルに魅かれたのは……ま、よくある普通の話よね」
よくある……か?
「王女は剣の方は誰かに師事しているわけではないのか?」
「そうね、基本は教えて貰って後は我流で磨いている感じかしら……お父様も姉様ともタイプが全然違うし、まぁ言っても話を聞かないと思われているのかもしれないけど、お父様も最近は何も言わなくなったしね……あはは」
ここは笑うところなのだろうか。
とはいえ、それでも学年次席であれば結果は出しているのだろう。
あまり文句を言うのも変な話か。
「パワーと言えば、バハムートとか、どんな気持ちだったのかしらね」
「……あぁ?」
いきなり名前が出て戸惑う我。
「な、なによ、変な声を出して」
「いや……その、すまん」
何故そこで、突然我の名前が出てくるのだ?
「ふふ……破壊の暴君と呼ばれるほどの存在、憧れるわ。さぞ気持ちいんでしょうね。小賢しいテクニックなんて、ものともせずに圧倒的パワー一本で有象無象たちをすべてを薙ぎ払うのは」
「い、いや、あの……」
い、一緒にしないで欲しいのだが……。
確かに我、滅茶苦茶パワーあるけど。
そのパワーを制御するために、誰よりもコントロールを磨いていたぞ。
パワーなんて勝手に増えていったしな。
世間の我のイメージってそんな感じなんだな。
なんとも微妙な気持ちになる。
「ところで、そういえば今更なんだが……王女が一人で外を歩いて平気なのか?」
「…………も、もも、もちろんよ」
この反応、おそらく勝手に出て来たのだろうな。
「…………」
「い、いいのよ、卒業したら自由に出歩くなんてできないのだから」
「まぁ我には関係ないことだがな」
「確かに、煙草吸っていたアンタがお小言なんて説得力がないしね」
一言余計だな、この王女。
学園近くに屋敷を持つ貴族などは、屋敷から通うものが殆どだそうだ。
だが彼女は束縛を嫌い、敢えて学園の女子寮に入ることにしたそうだ。
まぁ寮にもルールはあるのだが、比較的緩いとのこと。
「王族の宿命で、そのうち婚約することになるだろうし、そうしたら自由な時間は殆どなくなるわ……人生は一回しかないんだから、今を後悔したくないのよ、私は」
「婚約か……もう相手は決まっているのか?」
「まだわかんない。他国の王子か、他に有力な候補としては学園にいる同学年の公爵家の次男なんだけど……こいつは」
「なんだ? あまり乗り気じゃない感じだが」
「ええ、学園の中等部を首席で卒業した奴で、容姿端麗、成績優秀、しかも性格も優しくて、甘いマスクで女の子に人気者で……」
ここまでの説明だと、相手の男に欠点がないわけだが……
王女は不服そうだ。
「私が何を言っているのか、わかんないでしょ」
「いや……思うに王女が求めているのは安定じゃないということか?」
「あら、アンタなかなか鋭いじゃない」
少し驚いた顔を見せる王女。
「ふふ、考え方が少し似ているのかもしれないわね、私たちは」
「…………」
「え? な、なんで黙るのよ……いいじゃない。退屈の中では生きられない人種もいるのよっ! 贅沢言うなって意見もあるだろうけどね」
ま、そっちに関してはかなり共感できるがな。
「実は三日後、ダンジョン探索の授業で、ソイツと一緒のパーティに入ることになってるのよね」
「ダンジョン?」
「ええ、実は、学園の地下にダンジョンが存在するのよ」
ダンジョンなので当然、魔物も出るそうだ。
成績順にパーティを組むので、上位の王女とソイツが一緒のパーティなのは確定らしい。
「なんでかしらねぇ、本当に受け付けないのよね……あまり他人の悪口を言うのもどうかと思うんだけど、完璧過ぎて作り物のようで人間じゃないみたいな……まぁ意地悪されたわけでもないし、面と向かって言ったりはしないけど」
「ふむ」
まぁそんなこと言えばパーティ内がギクシャクするしな。
「…………ふふ」
「…………なんだ?」
急にジロジロと我の顔を見て。
「いや……アンタは本当に変わっているなぁ、と思って」
「そうか?」
「うん、王族相手でもまったく萎縮なんてしないし、いや……別に距離をとって欲しいわけじゃないんだけど」
「変わっているのは其方もだろう。おそらく我を馬鹿呼ばわりしたのは、汝が初め……いや」
メイと最初に街に出かけた時、不良どもにも言われたな。
なんか知らない人間と会う度に言われている気もするが。
「あら、馬鹿って素敵じゃないの、私だって自分が頭いいなんて微塵も思っていないわよ」
「だろうな」
「そ、その返答はちょっと引っかかるものがあるわねぇ」
我の返答に顔をひくつかせる王女。
「最初は偉そうで、態度がでかくて、いけ好かない奴かと思っていたけど……アンタと話すのはちょっと楽しいわ」
「そうか」
「ええっ!」
にひひ……と、本当に楽しそうに笑う王女。
「そういえば……まだ名前も聞いていなかったわね」
「バ……いや、ムートだ」
「ムート……ね、うん覚えたわ。そっちも王女でなくリリーラと呼びなさい、いいわねムート」
「ああ……よろしく頼む、リリーラ」
改めて挨拶をする我とリリーラ。
「でも、ムートはあんなに強いのに出ないのよね……交流戦に、なんか変な感じ」
「さっきも言ったが、我は学生ではないからな」
「アンタなら主席のアイツともいい勝負できると思うんだけどな」
見るのはいいが、意味なく参加しようとは思わない。
というか、我が学生の大会に出るなど大人気ないにも程がある。
我は地上を楽しみに来ただけで、必要以上に存在を誇示する理由もない。
「いつかリベンジしたいんだけどな……ねぇ、また会えるかしら」
「リリーラが学園に通う限り、会うこともあるさ」
当分は適当に徘徊するつもりだからな。
それから、できるだけ退屈しない魔力制御の特訓法のレクチャーをしたりと、適当に雑談して、親交を深めた。
気付ければ大分話し込んでいて、夕暮れ時になっていたので解散した。
彼女のおかげで我も退屈しない一日となった。