王女様3
王女と模擬戦をしたりと、ちょっとした戦いもあったが。
あれからも我は地上生活を満喫し、とても充実した日々を過ごしている。
街のメインストリートを歩く子供を連れた観光客。
馬車を引いた商人たち、これから外の森へと向かう冒険者たちの姿。
大勢の人々で賑わうこの街にも慣れてきた。
今では一人で外を出歩くのも余裕である。
まぁ、別に子供ではないので普通のことではあるのだが……。
この街は海に面しており交易も盛んだ。
他国の特産品、豊富な魚の幸がずらりと露店に並ぶ。
その中で少し目を引くものがあったので、店主に聞いてみる。
「店主よ、我が見たことがない品だが、これはなんだ?」
「ああ、これは東方の国から輸入されたスモークだ。口にくわえて楽しむんだ」
ターバンを巻いた褐色の男商人。
東方の国で特に愛好家の多いアイテムだという。
「口に入れるということは食べ物か?」
「た、食べねぇよ……軽くくわえるだけだ、食べたら下手すると死んじまうよ」
スモークとは端的に言えば、草を紙でくるくると巻いたもので、先に火をつけて、その煙の香りと味を楽しむそうだ。
「しかし、何故そんな危なそうなものを?」
「なんだ、くいつくな、お前さん……興味あんのか?」
今の我には味覚がないが嗅覚は存在する。
香りを楽しめるのであれば試してみてもいいかもしれん。
「ふむ、一箱売ってくれ」
「あ? …………う~ん、ま、いいか」
「???」
我を見て、何故か一瞬素振りを見せる男。
「だがスモークは高いぞ、富裕層が楽しむ嗜好品だからな、ちゃんと金はあるのか?」
「ああ……大丈夫だ」
「ならいい、一箱十本入りで二万ゴールドだ……火をつけるマッチはおまけでサービスしてやる」
簡単な火魔法なら使えるが、サービスしてくれるというなら、せっかくだし貰っておこう。
露店を離れ、適当にスモークを吸う場所を探していると。
「……うげっ!」
「む」
前方から聞き覚えのある声がした。
「「…………」」
大きな袋を抱えているリリーラ王女の姿。
先日の模擬戦以来である。
「なるほど……その袋の中身は王女が趣味で集めている、ぬいぐるみか……」
「っ! な、ななな、なんのことかしら」
目に見えて挙動不審になる王女。
袋を強く抱きしめたせいで熊の耳の形が浮き出てしまっている。
「別に隠さなくてもいいと思うが……」
「う、うるさいっ! というか、なんで知ってんのよっ!」
「マルティナから聞いた」
「そ、そうだった、確かに話してた、やだ……あの人」
聞いてもいないことをペラペラとご丁寧に喋ってくれたからな。
「「…………」」
我と王女は特に親しいわけでもない。
なんともなしに、見つめ合っていると……。
「おい……そこのお前」
我の肩を男の手が強めに叩いた。
後ろを振り向くと革鎧を着た衛兵。
「なんだ一体?」
「先ほど、報告が入ってな……魔法学園の生徒が、未成年だというのに露店で煙草を購入していたと」
「未成年? 魔法学園の生徒? ……人違いではないのか?」
「本当か? 制服を着ているし、髪型も体格も聞いた特徴と一致しているのだがな」
「そもそも煙草だと? 知らんぞ……そんなもの、買った記憶はない」
煙草などというものは聞いたこともない。
我が購入したのはスモークだ、煙草ではない。
魔法学園の生徒でもないし、未成年ですらない。
「まぁいい……しっかり調べてみればわかることだ」
「……む」
我の服を掴み、身体を強引に調べようとする兵士。
その手を反射的に振り解く我。
「やめろ、我は煙草など知らんと言っているだろうが」
「おい……抵抗するつもりか?」
「我の言葉が信じられないのか?」
「貴様怪しいぞ、必死に抵抗するところが余計に……」
緊張した空気が漂う。
「ちょっと……待ちなさい」
「なんだおま……あ、ああっ、貴方様はまさかっ!」
我を問い詰めていた兵士が王女を見てたじろく。
「確認しておくけど、アンタ……本当に煙草を買っていないのね?」
「勿論だ、そんな低俗な嘘はつかん」
「なるほど……」
王女が我の顔をマジマジと見る。
そうして五秒ほど経過したあと。
「嘘をついている感じはしないわね、私の視線にも目が泳いだりはしていない……ねぇ」
「は、はひっ!」
王女が兵士の方に向き直る。
鋭い視線に射抜かれ、萎縮する兵士。
「横からずっとやりとりを見ていたけど、一方的に決めつけてかかるのはさすがにどうかと思うわよ」
「し、しかし……これが私の仕事で」
「私は別にコイツの言葉を全面的に信じろと言っているんじゃないのよ。ただ真偽はともかく、貴方のやり方は最初から高圧的で些か乱暴すぎる」
兵士を叱責する王女。
「もし、私が彼の立場だったら、貴方は同じような対応をしたかしら?」
「り、リリーラ様がそのような真似をするわけがっ!」
「そうかしら……私だって人間よ。何に興味を持つかなんてわからないわ。自分と立場が違うから、もしあり得たとしても、言えば貴方が困るから考えないようにしているだけ……違う?」
「…………」
リリーラの言葉に兵士が沈黙する。
「ごめんなさいね……凄く意地悪な質問だったわ、貴方は一生懸命仕事をしてくれているのにね」
「い、いえ……そのようなことは」
「まぁ実際問題、取り締まる兵士が舐められるようでは治安がおかしくなる。程度の判断は難しいところではあるけどね、ただ権力の使い方はもう少し慎重にね……私が言いたいことはそれだけ」
「は……はいっ!」
そんな王女の言葉が胸に響いたようで。
反省したように兵士が頭を下げる。
「す、すまなかったな、君……」
「いや、わかってくれればいいさ」
気にするなと我は兵士に手を振る。
一礼してそのまま、彼は去って行った。
「助かったぞ王女よ」
「いいわよ、ま、こうして立場を利用して説得している時点で、私も卑怯なのかもしれないけどね」
そう自嘲気味に呟く王女。
「なにか、礼でもしたいんだが」
「じゃあ、ちょっと付き合ってよ? いい機会だし、アンタと少し話がしたいわ」
なんでも我に聞きたいことがあるそうだ。
近くにあるお店へと入ることにする。
ログハウスを喫茶店風に改造したお店。
木の香りと、まるで自然の中にいるような、静かな雰囲気が人気らしい。
ゆっくり話をしたいのか、少しお高い個室を選ぶ王女。
中に配置された円形テーブルに二人向き合って席につく。
「どれにしようかな」
「先ほど助けて貰った礼だ、好きなモノを頼んでくれ」
「そう? 別に気にしなくてもいいんだけど」
メニュー表を見ながらうなる王女。
注文が決まり、店員さんを呼ぶことにする。
「私はミルクティーとアップルパイを……アンタは?」
「我は水でいい」
「そう……お金ないなら、別に無理して奢らなくてもいいのに」
「無理はしてない、お金はある、マルティナからたくさん貰っているから遠慮するな」
「ち、ちゃんとお礼になるの? ……それ?」
そもそも我は味覚がないからな。
料理を注文しても意味がない。
十分ほどして料理が届き、店員さんが「ごゆっくり」といって退出していく。
王女がアップルパイにフォークを突き刺すと、ザクリといい音がした。
「…………」
ふむ、とはいえ見ているだけというのもアレだな。
せっかくだし……。
「それで話なのだけど、この前の……んぶっ!」
ジュポッ!(煙草に火をつける音)
我を見て飲んでいた紅茶を噴き出しかける王女。
「あ、あ……は? な…………え、うぇえ?」
王女は信じられないものを見たような顔だ。
口を開けて、我を指差してポカンとする王女の前で、スモークの煙を口の中に吸い込む。
「ふぅ、ぷはぁ……ごふっ! ごほっ!」
しかし、煙で咽せてしまう我。
(なんだこれ? どこがうまいのだ、こんなもの)
「まったく理解ができん」
「りっ、りり、理解できないのは私の方よっ! このおバカあああああああっ!」
我の頭を思いっきり引っぱたく王女。
スパコーンといい音が部屋中に響き渡った。




