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模擬戦

 話の流れで、王女と戦うことになった我。


 戦いのルールは至ってシンプルだ。

 基本的にはなんでもありで、参ったといった方が負け。

 木剣を構えて臨戦態勢に入るリリーラ王女。


「どうしたの……ぼ~っとしてないで、早く構えなさいよ」


「我はこのままでいい」


 人間の身体に慣れていない我。

 恰好をつけて下手な構えをとっても意味がない。


 例えばこの身体には尻尾もなく、以前は一キロ先でも物理攻撃が届いたが、今はそうはいかない。

 それなら少しでも対応しやすいように自然体の方がまだマシだ。


「私を……舐めてるの?」


 しかし、我の反応を侮辱と受けとったか。

 不快気に眉を吊り上げる王女。


「アンタまさか、わざと負けて誤魔化そうなんて、恥知らずなことはしないでしょうね?」


「そこまで失礼なことはしない……」


「だったら……いいけど」


「そもそも、今回挑んできたのは汝の方だぞ、元々我の方から仕掛けるつもりはない」


 我は王だ。

 その絶対的強さゆえ、昔から受けて立つスタイルが基本。


 まぁ、危険を感じたら自分から攻めるけど。

 王に敗北の二文字があってはならないので。


「ふぅん、どう来ても対応できるってわけ? ……大した自信ね。いいわ、もしその自信がハリボテでできたものだとしたら…」


 すっと、抜いた剣を木の鞘の中に戻す王女。


「アンタ、終わるわよ……一瞬で」


 腰を落とし剣の柄にそっと手を添え、右足を一歩前へ。

 前傾姿勢をとった王女。

 緊迫感の増した空気、ビュウビュウと吹きすさぶ風の中、二人の視線が交錯する。

 

 ギャラリーたちは無言で様子を見守っている。


 宙を舞っていた一枚の枯葉が地に着くと同時、王女が動く。

 身体強化魔法を発動させ急加速。

 地を蹴り瞬間移動したかのように間合いを詰めてくる。


「疾風剣っ!」


 風を切る音。

 

 鞘から剣を走らせ最短距離を描き、右下から我の身体へと迫る高速の居合抜き。

 反応できなければ即座に終わり。 

 だが……我の目はしっかりと剣の動きを捉えている。

 繰り出される剣を掴みとるように右腕を差し出す。


 寸分、狂いなく剣の軌道に合わせるにピタリと。


「っ!」


 完璧に合わせてくるとは思わなかったらしく、驚きで王女の目が見開く。

 だがここまで来たら剣を止められず、振り切るしかない。


 そして我は、右腕で王女の剣をそのまま掴みとろうとし……。


「……あ」


「え?」


 ボキン、と物凄くいい音がした。


 接触の瞬間、おもいっきり跳ね上がる右肩。

 衝撃を受け止めきれず、後ろによろめく我の身体。


「「……」」


 流れる沈黙の時間。


 身体を確認、なんか腕が変な方向に曲がっている。

 垂れ下がる腕が、振り子のようにぶらぶらと動く。


「ふむ……折れたな、完璧に」


「み、見ればわかるわよっ! なにしてんのよおおぉっ!」


「何してるもなにも、攻撃したのは其方だろう? 剣撃を受けきれなかった結果こうなった……それだけだ」


「な、なんで他人事のように冷静に解説してんの? アンタ骨が折れてんのよ?」


 髪を振り乱して叫ぶ王女。


「み、見事に反応したかと思えば、なによそれ。逆にビックリしたわ、魔法でシールドも張らない、身体強化もしない。しかもダイレクトに素手で木剣を掴もうとするって……無茶にも程があるでしょ。い、意味がわからない」


 我の行動が意味不明過ぎたらしく、王女は頭を抱えていた。


「む、ムート様ああああああああっ!」


「大丈夫だ、マルティナ」


 腕を心配して、フィールドに上がってこようとするマルティナを無事な方の手で制する。


「まったく問題ない」


「も、問題おおありでしょうが……ああもうっ」


 そういい、試合スペースから出ようとする王女。


「おい、どこに行く?」


「強がるのもいい加減にしなさい、やせ我慢してるみたいだけど、尋常じゃなく痛いでしょうに、ハイポーション取ってきてあげるから、ちょっと待っていなさい!」


「まだ試合中ではないのか? 我は参ったとは言っていないぞ」


「はい?」


 発言が理解できない様子のリリーラ王女。


 最初から決めていた。

 初撃でしっかりと身体強度を確認しておこうと。

 ゆえに我は敢えて一撃を受けた。

 身体強化魔法は敢えて使用せずに。


「おかげで理解したよ。これが人間の身体か、想像を遥かに下回る脆弱さだ」


「な、何を言って……に、にんげんのからだ?」


「それと王女よ、先ほど我が汝のことをパワー不足と言ったのを撤回する」


「……え?」


 突然の謝罪に面喰らう王女。

 我自身、ここまで簡単に骨が折れるとは思っていなかった。


「我の身体が人の一般的水準だとするならば、王女がここに至るまでにどれほどの修練を積んできたのか、そこに費やした日々の想像が容易につく……汝が我の言葉に怒りを抱いた理由もな」


「な……なにそれ、負け惜しみにしては変な感じだけど」


 負け惜しみではない。

 純粋に相手への心からの賛辞だ。


「もういいわよ、まだ上から目線なのがちょっと気に入らないけど。とにかく、もう降参しなさい……私もさっきの言葉は忘れてあげるから。見たところアンタは基礎の身体強化魔法もできてない。動体視力はいいみたいだけど、いくら木剣でも当たりどころが悪かったら死にかねないわよ」


 王女が我の傷ついた右腕を見ながら言う。

 さっきまで怒っていたのに、我の心配をする王女。


 なんだかんだで、根は悪い性格ではないようだ。


「それに、その腕じゃもう戦えな……」


「はは……面白いことを言うな、たかが腕一本折っただけで勝ったつもりでいるのか? 心配には及ばんよ」


 我は折れていた右腕を確認する。



「もう……治った(・・・)


「……は、い?」


 王女にしっかり見えるように、右腕をゆっくりと頭上へと掲げる。

 さっきまで確実に折れていたはずの腕。


「う、そでしょ……あの感触、完全に折れていたはずよ」


「嘘ではないぞ……ほれ」


 問題ないことを示すために、グーパーしながら広げてみせる。

 完全に治っている、痣一つ残っていない。


 竜形態の時は我に傷をつけられる者など殆ど存在しなかった。

 再生能力があったしダメージを受けても暴食で食えば戻った。


 過去に回復魔法など使用したことがなかった。

 昔誰かが使っていたのを、見様見真似で使ってみたが……。

 この身体では必須の魔法かもしれんな。


「い、いつのまに回復魔法を? ハイヒールなんて強力な魔法の気配なら気づくはずなのに」


「ハイヒールではなくヒールだぞ」


「ば、馬鹿言うんじゃないわよっ! そもそも初級魔法のヒールで折れた骨をくっつけるなんて聞いたことがないわっ!」


「できるさ。治癒効率を最大限まであげればな」


 少ない魔力だ。大した魔法は使えない。

 最大限に魔力を有効活用しなければな。


 ヒール、治癒の光を生み出す魔法。

 だが光の照射部分には無傷な部分もあればそうでない部分も存在する。

 対してダメージ量は部位によって均一ではない。

 王女の言う通り本来、ヒールでは皮膚表面の傷を治癒するのが精一杯。


 だが無傷の部分には光を照射せず、ダメージ量の多い箇所に重点的に光を集中すれば、初級魔法のヒールでも肉体内部まで光が浸透し、骨折ぐらいは治せる。


 魔力のコントロールができれば、回復量の分布図をいじくることも可能。


 まぁそれでも上位魔法のハイヒールより時間がかかるのは確か。

 実戦で使うには微妙過ぎる。


 今のように一分近くも会話していれば傷はなおるが。


「これで、文句はないな? ……余計な心配をせずとも、ここからは其方の思うようにはならんよ」


「わ……わかったわよ」


 戸惑いながらも、どこか警戒に値するものがあると判断したのか。

 試合開始時に増して真剣な顔となった王女だった。





 二人再び、開始の立ち位置へと戻り、戦闘再開。


「よく……わかんない、だけど嫌な感じがするわ。アンタは」


 警戒しているのか今度は一気に中まで踏み込んではこない。


 王女の動きが直線的ではなくなった。

 緩急を織り交ぜて、時にフェイントをかけたりしながら慎重に接近してくる。


 下、横、時には背後の死角に回り込もうとする王女。

 時折、着かず離れずの位置から繰り出される斬撃。


 それをステップしながら鮮やかに我は躱す。


「やっぱりアンタ、私の動きが完全に見えているのねっ! それに……」


 触れるか触れないかの、ギリギリの位置での回避。

 当初こそ様子見していた王女だが、まったく当たらないことに焦れたのか、繰り出される剣撃の数が増えていく。


「し、身体強化魔法……使えるんじゃないのっ!」


「使えないとは言っていないぞ、敢えて受けたと言っただろう……」


「こ、のっ!」


 縦横無尽に飛んでくる高速の斬撃。

 そのすべてを最小限の動きで躱していく。


「ぬがあっ! 腹が立つ! 動くんじゃないわよ!」


 む、無茶を言う王女だ。


「ど、どうして当たらないのよっ! 攻撃もスピードも私の方が圧倒的に上なのに、それなのに……」


「そうだな、魔力も肉体の強さも汝が上だよ……間違いなく」


 だが、それが勝ちに直結するとは限らない。

 戦いはそれだけでは決まらない。


「くっ! ……せめて当たりさえすれば……っ!」 


 攻撃が大振りになってきている王女。

 回避され、空振りの連続にだんだんイライラしてきたようだ。


「ふむ……ならば、今度は自慢の攻撃を止めて見せようか?」


「な、舐めるんじゃないわよおおおおっ!」


 挑発に乗り、木剣を振りかぶる王女。

 怒りを叩きつけるように、全力で振り下ろされる剣。


 しかし……。


「う、嘘でしょ……ゆ、指先一つで私の剣を受け止めっ」


 ただの身体強化、先ほどのヒールと似たことをしただけ。

 指先という特定部位を徹底的に強化しただけ。


 なお、同様の手段で目を重点的に強化すれば視力も格段にあがる。

 相手の動きもスローモーションで見えるようになる。

 これぐらいのスピードであれば対応は難しくない。

 まぁ……その代わりに他の部位のガードががら空きになるので注意が必要だが。


「す、すげえ、アイツ……」


「リリーラ様を手玉にとって」


「でたらめにも限度があんだろ、あの連撃を完全に見切って……」


 当初は王女が勝つと誰もが信じていただろうギャラリーたち。

 だが、まさかの光景に今は息を飲んでいる。


 王女による苛烈な攻めの剣。

 それを流水のような動きで鮮やかにさばく。

 巨体だった、竜の我にはできなかった戦い方……とても新鮮だ。


 王女に悪いが、ちょっとだけ楽しかったりする。


「本当に見事だ……だけど、なんだ」


「そうだな、凄い……確かに凄いんだけど」


「なんつうか、見た目が凄く地味というか」


 地味言うでないわ。


 こちとら、派手さの追求などもう十分にやり尽くしたのだ。


「う、美しい……なんて美しい戦い方なの、無駄を極限まで省き、最小の動きで最大の効果を得る……まさに戦士の理想形ともいえる」


 背後で見ていたマルティナがうっとり顔で呟く。

 今の我の戦い方は玄人好みなのかなんなのか。


 どうやら若い連中には不評らしい。


「はぁ、はあっ……」


 そんな攻防の間を続けているうちに、王女の呼吸がかなり乱れてきている。

 あれだけ激しい動きを続ければ必然そうなる。


「はぁっ! ふぅ、遊ばれている、私が、こんな地味な奴に……だけど」


 後ろに下がり距離を取る王女。

 王女の体内にある魔力が急激に高まっていく。

 何か大技を仕掛けてくるようだ。


「勝負には負けないっ! 絶対にっ!」


 頭上へと王女が木剣を掲げ、魔力が木剣へと伝わっていく。

 そして、木剣から噴射するように空へと伸びる風の柱。


「風爆斬……当たれば辺り一帯吹き飛ぶ、私のとっておきの剣技よ」


「暴風の剣……か」


 正直、とても模擬戦なんぞで使う技ではないと思うが。

 まぁいいさ。


 暴風を纏い、一歩、二歩と近づいてくる王女。

 まるで、王女自身が移動する小型のサイクロンのようだ。


 あれを、この身体で真面に受ければさすがに危険だな。


「はあああああああああああっ!」


 空へと飛び上がり、着地点目掛けて剣を思いっきり振り下ろす王女。

 このままここにいれば、激烈な風がこの身に叩きつけられる。


 迎撃できる魔力もない、助けの眷属を召喚する魔力も今の我にはない。



 さて、どうするか?


 回避不能、防御不可の一撃。

 これまでと違う、彼女に残された魔力すべてを使用した最大火力の範囲攻撃。

 身体強化魔法では先ほどのように一部分は守れても、身体全体をガードするには心もとない。


 王女の選択は最適なものだといえる。

 有効な打開策は残されていない。




(通常の戦闘フィールドであればな……)


 この身体において、我が積み重ねたものは一つとしてない。

 王女のように身体を鍛え武器を振り続けた記憶もない。


 今の我は弱い、だが弱者が敗者になるわけではない。

 足りないからこそ工夫する、それがこの身体になって理解できる。


「まぁ、少しずるい気もするが」


 片膝を床につき、右手をしっかりと地面の白いブロックに接触させる。


 利用するのはこのフィールドそのもの。

 フィールド地面の白石、その下に設置された魔法陣。

 陣は石ブロックで一応隠してあるが、我からすれば透けているも同然。

 目で見えずとも、脳裏に魔法陣の全容をしっかりと思い描ける。


 まるで好きなように弄ってください……といったように。


 地中を介し魔力を魔法陣へと流し込む。

 陣干渉、術式変化、結界術式再構築……完了。


 我が地面から手を離した直後。


「は……え?」


 王女の身に生じる大きな異変。


「そ、そんな馬鹿なっ! け……剣の風がどんどん消えてくっ……な、何が起きてっ」


 混乱する王女。


 時を同じくしてざわざわと騒ぎ出す生徒たち。

 皆、我のしたことには気づいてない様子。


「な、なんでええぇっ! 魔力は流れてるのに、しっかり技は発動しているはずなのにっ! ち、力が入らないっ!」


 見た目には王女が一人で風を消したように見えることだろうな。

 魔力感知で注意深く観察していたなら、気づいただろうが。


「ぐ、ああああっ!」


 風を生み出そうと、木剣に魔力を必死で流す王女。

 だがほんの少し、風の消える速度が減じただけ……。


 暴風はただの強風に、徐々にそよ風へと移行していく。



「ま、まさか……ムート様は」


 さすがというべきか。

 その異変に気づいたのはマルティナ、ただ一人。


「げ、減衰結界を収縮させた? あの数秒で魔法陣の全容を完全に理解して書き換えたの? しかも動く王女の位置に合わせ、中心座標が変動するように? そんな複雑な術式を一瞬で?」


 唖然とし、マルティナが呟く。


「し、信じられない、に……人間業じゃない」


 まぁ我は人間ではないしな。

 いや……今は人間なのか? ややこしいな。


 我のしたことは単純明快だ。


 マルティナの言葉通り、フィールドに張られていた、本来は外に攻撃が漏れない役割のために設置された減衰結界、それを我の都合のいいように改変しただけ。


 起動の元となる魔法陣を書き換えて、減衰結界の範囲と中心座標を王女のいる位置に設定、それだけだ。


 二十メートル四方のフィールドから王女だけを包むように結界を収縮させる。

 効果範囲は狭まる分、減衰効果は格段に増す。


「あ……あぁ」


 呆然とする王女。

 王女の周囲にある暴風は消滅し、そこには力を失った一本の木刀。

 それを我は優しく受け止める。



「勝負あり、だな」


「……つっ!」


「……多少ずるい気もしたが、許せ」


 悔しそうな顔を浮かたまま、力が抜けたことで目を閉じていく王女。


 力をすべて出し切った王女は気絶し、決着がついた。


 



人間形態での初バトルです


召喚魔法についてはもう少しだけ後になります

そこまで先ではないので、お付き合いいただければ幸いです

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