王女様2
校舎を歩いて、屋外訓練場へ。
今は放課後だが、中には熱心に自主訓練を行う生徒たちの姿がたくさんいた。
学生たちの活気のある声が絶え間なく聞こえてくる。
白いブロックが敷かれた十メートル四方の正方形の試合フィールド。
フィールドを囲むように、物理、魔法防御の高い透明な壁が設置されている。
内部の攻撃が外に出ないようにとの配慮だろう。
そして目には見えないが、魔力感知で探るとブロックの下には魔法陣があり、フィールドの外側には減衰結界も張られている徹底ぶりだ。
同じような空間が訓練場に複数、縦横等間隔に並んでいる。
「実戦形式の訓練所か……」
「はい、自主練なら別の場所でもできますから、それに痛みには常日頃から慣れておいた方がいいですからね」
「確かにな」
けが人も出るそうだが、一日三個までならハイポーションを無料支給しているそうだ。
学費は高いそうだが、それに見合った設備は完備されている。
「あ……が、学園長」
「気にせず続けなさい」
中に入ると生徒たちがこちらに注目してくる。
マルティナが慣れた感じで学生たちの視線をさばく。
「え~と、どこにいるかな」
キョロキョロと見回して、件の王女様を探すマルティナ。
「あ、いたいた……ムート様、あの角の方にいるのが王女様です」
訓練用の木剣を握りしめ、同年代の女子と模擬戦を行っている。
二人で王女の近くへと移動する。
(あの娘が、この国の王女か)
まず我の目を惹いたのは瞳の強さ。
凛とした顔立ちに、背中まであるヴェーブかかった明るい桃色の髪が、剣を振るう度に激しく揺れる。
各々戦闘スタイルが異なるわけで、特に学校指定の服装などがあるわけではない。
王女が着ているのは太ももの露出した黒いホットパンツと白シャツ。
動きやすそうではあるが、人間の男からしてなかなか扇情的な恰好のようだ。
休憩中、ベンチに座っている男たちが王女の瑞々しい太ももをチラチラと視線を送っている。
ちなみにここは魔法学園だが、魔法専門で戦う者だけでなく、身体強化魔法を用い、積極的に前に出て剣術と複合的させて戦う者も含まれる。
「はあああああっ!」
「くっ」
王女が叫び、気迫の込められた剣閃を繰り出す。
相手も同じ剣士だがタイプが少し違うようだ。
響く衝撃音、取り回しのよさそうな小盾を装備し王女の剣撃を器用に防ぐ。
だが……。
「見えたっ! そこおおおおおおっ!」
「きゃああああっ!」
模擬戦に決着がついた。
相手のショートカットの少女が剣撃をさばけずに尻餅をつく。
「ふぅ、いい勝負だったわっ……」
「あ、ありがとうございます」
倒れた相手を称え、微笑みながら手を貸す王女。
「でも最後、右脇のガードがほんの少し下がったわね、疲れたかしら?」
「それはありますけどっ、あの体勢から普通は狙ってこないですよ、あんな場所、しかも強引に軌道を変えて」
「ふふ、強引上等よ! 力で道をこじ開けるのが私のスタイルだものっ!」
ドンと擬音が聞こえてきそうな感じで、自身の胸を叩く少女。
大きな胸が振動でぶるんと揺れた。
「どうする? ……もう終わりにする?」
「いえ……もう一度お願いしますっ!」
「ん……いくわよっ!」
再び始まる模擬戦。
その前に王女はマルティナにペコリと一礼し、ほんの一瞬だけ我のことを見た。
「マルティナ……あの王女のことを少し教えて欲しいのだが」
「はい。私の知っている範囲でよろしければ……」
コホンと軽く咳をしたあと、マルティナが説明する。
「ザウルス王国第二王女、名はリリーラ。母はマチルダ、父はリリルルラーゼ……舌を噛みそうな名前なのですが、今のこの国の陛下ですね」
「なぁマルティナ、自国の王を相手にその扱いって……」
「問題ありません。私は彼らが赤ちゃんの頃から存じておりますから……世話役も何度か、歴代陛下のおしめもかえております」
なるほど……それはそれは。
きっと王の方も、さぞやりにくいのだろうな。
「リリーラ王女の話に戻しますね。彼女は今年高等部に進級した学園の一年生で年齢は十五、中等部は次席で卒業と優秀な成績を収めております」
「ふむ…………む?」
ふと視線をずらすと、我と王女の視線が一瞬合った。
すぐに目を逸らしたが……。
「リリーラ王女ですが、メイとも面識がありますよ……以前は同じ寮部屋で暮らしていたので」
「ほう」
自分のことが話題にあがったのが聞こえたのか。
気になったようで、チラチラと王女がこちらを見てきている。
「そうですね他には……えーと、あ、彼女の趣味はぬいぐるみ集めです」
「ぬいぐるみ集め?」
「っ!」
油断したのか、何なのか。
王女の剣が戦闘中に弾き飛ばされたようだ。
「だ、大丈夫ですか、リリーラ様」
「え、ええ……」
そんな王女の姿など目に入っていないかのように。
マルティナの説明は続く。
「毎週末、護衛もつけずにこっそり寮を出て一人街に出かけては、ぬいぐるみ屋さんと猫カフェでその姿が確認されております」
「まぁ年ごろの娘だ……そういうのも、おかしくはないだろう」
「そうですね。私もそう思います。ですが本人はイメージと違うと思われるのが嫌みたいで……結構周知の事実ではなんですけどね。学生寮の部屋のカーテンが風がなびくたびに、熊のぬいぐるみがたくさん、たくさん……あ、でも今も気づかれていないと思っているようですので内緒にしてあげてくださいね」
口元に人差し指を当てるマルティナ。
「というか……我が知りたいのは彼女の私生活のことではなく、もっと彼女自身に直結した話なんだが」
「し、失礼しましたっ! そういうことでしたら、後はそうですね……スリーサイズは上から八十八、五十九、八十六、なかなか見事なものです。しかも、これは身体検査の三か月前のデータですので、来週の身体検査時での推定値はおそらく」
「ちょ! ちょちょちょっ、ちょっとティナさんっ!」
模擬戦を放棄して。
ドタバタと土煙をあげそうな勢いで駆け寄ってくる王女。
「どうしました? リリーラさん? ……それと学内では学園長かティナ先生と呼びなさい」
「は、はい……ってそうじゃなくて、さっきから何とんでもないことを口走っているんですかっ!」
「問題ありません。構わず続けなさい……集中力が乱れている証拠ですよ」
「無理ですよっ! 乱れますよっ! そこで人の個人情報をボロボロ漏らさないでくださいっ! しかも、お、おお、男の人にっ!」
「ですがムート様が、貴方のことを知りたいとおっしゃるので……」
そこで王女の視線が我へと向く。
なんとも嫌そうな視線である。
「え、なに、なんなのアンタ……ストーカー? かな~り、やなんだけど」
「いや、我はそこまで掘り下げた意味では聞いていないんだが、気分を害したか?」
「あたりまえでしょうがっ! あんな風にプライベートを暴露されたら誰だっていい気分がしないわよっ!」
キッと睨みつけてくる王女。
「アンタ、一体、何なのよ……」
「我は事情があってお前たちの戦い方を見学させてもらいたかっただけなのだ」
「なに? 高等部からの編入生とか?」
「まぁ…………そのようなものだ」
実態は全く異なるが、面倒になりそうなので誤魔化す。
マルティナも我の意をくみ取ってくれたようで何も言わない。
「ふぅん、あのティナ先生が同伴してまで……じゃあアンタもそれなりにできるの?」
「わからん」
「わ、わからんって……自分のことでしょ、なんでわからないのよ」
なにせ、この身体で戦ったことなどないしな。
わかるはずもない。
だが……わかることもある。
「汝の動き。なかなか見事だったぞ。全身をバネのようにしなやかに使った、躍動感のある体捌き……それはそれは合理的で美しいものだった」
「え、偉そうに。でも……ふぅん、なかなか見る目はありそうじゃ……」
「ああ、足りないパワーを最大限に補うために、力の流れを最適化した動き、なかなか参考になりそうだ」
「は? ……た、足りない?」
何かが引っ掛かったのか、王女の顔が曇る。
「ぱ、パワーが足りない……ですって、わ、私が?」
「うむ……我にはない発想、実に参考になったぞ」
「はは……あはは、そんなことを言われたのは初めてだわ。しかも同年代の男に」
王女は軽く、笑ったあと。
敵意の込められた鋭い眼差しで我を射抜く。
「あんた……私たちの戦い方を見に来たんだったわね」
「そうだが? それが?」
「だったら、じっくりと思い知らせてあげるわ……ちょっと貸してくれる」
小盾少女から木剣を受け取り、ポイっと我に投げるリリーラ。
「なんだ? これは」
「その剣を取りなさい、勝負よっ!」
「……あ?」
「ま、待ちなさいっ!」
我に勝負を挑んできた王女。
二人の間に入り込んでくるマルティナ。
「先ほどから黙って聞いていれば……王に連なる者に対してなんという不遜な態度、これ以上は看過できませんっ!」
「構いません先生、この学園内においては貴族も平民もなく、身分の差など存在しないというのが校風……」
「今すぐに頭を下げなさいっ! リリーラさんっ!」
「え……わ、わたしがですかっ?」
マルティナの剣幕に絶賛困惑中の王女である。
「よい……マルティナ」
「し、しかし……」
「今の我は王ではない、ただの人間だ。それに……」
その提案はなかなか面白そうだ。
「その申し出受けよう。だが我は剣など使えない。この身で勝負、自由に戦うということでいいか?」
「なんでもありってこと? 武器なしで、武闘家……って体つきでもないし、アンタ魔法使い? でも大した魔力を感じないわね」
「魔力を隠蔽している可能性を考えないのか?」
即座に相手の底を判断するのは浅はかだ。
「ふぅん、見た目通りじゃないって言いたいわけ?」
「いや……隠していないから見た目通りで合っているんだがな」
「な、なんなのよもう……」
我は普通にアドバイス的なものとして言っただけだ。
「まぁ、試してみればわかることだろう」
「それもそうね。アンタが大言壮語のほら吹きか、そうじゃないのか……きっちりと確かめてやるわ」
試合フィールドへと歩みを進める我。
白いブロックに足を乗せると、背後からマルティナの不安の混じった声が聞こえてきた。
「む、ムート様、その身体で……本当に戦うおつもりですか?」
「もしもの時は治してくれるのだろう?」
「それは……はい、も、勿論ですが」
「心配するな、我を誰だと思っている? 魔力量も身体性能も人並のホムンクルスボディ、だが……」
その条件だけならば、戦えない理由にはならない。
フィールドの中央で我は王女と向き合う。
「しかし、悲しいな……」
「な、なによ、戦う前にそんな哀愁漂う顔をしないでよ」
「なんなのだ、お前たちは? これで二回目だぞ……」
以前も人間を怒らせてしまったわけだが。
「我はただ普通に話しているだけだというのに、どうしてお前たち人間はすぐに怒るのだ? 貴様も公爵の息子も……」
「公爵の息子? な、なんだかわからないけど、その人を見下すような、偉そうな態度が原因なんじゃないの?」
「そうなのか?」
「ええ、ずっと黙っていれば解決すると思うわよ」
ふん! とリリーラが吐き捨てるように言う。
「そう……か」
特に意識したつもりもなかったのだが。
メイとメルティナ以外の人間は我を王としては見ていない。
王女や公爵の息子は我を人間として見ていた。
容姿に合った話し方というものがあるということか。
「難しい……ものだな」
「や、やめてよっ、そんな傷ついたような顔するの、私そんなに酷いこと言った? なんかこっちが物凄い悪者みたいになっているじゃないのっ!」
我の反応に戸惑うリリーラ。
「も……もう、ペースが狂う男ねっ! ほら、早く準備しなさいよ」
「ああ……そうだな、すまぬ」
気づけば結構な騒ぎになっており。
いつの間にか学生たちの注目の的となっていた。
背後には王女に声援を送っている学生たち。
ややアウェイ気味な空気の中、王女との模擬戦が始まった。