外出3 メイ視点
「なるほどな……これが疲労なのか?」
「ムート様の身体はホムンクルス、きちんと生きている身体っすからね」
ベンチに座り、自分の身体の調子を確かめる王様。
疲労もするし活動限界は存在する。
とはいえ、身体に慣れていない王様が疲労に気づけなかったのも無理はない。
「しかし……メイよ」
「な、なんすか……」
「もう、緊張はとれたようだな……」
「あ……」
そういえば、いつの間にか王様と普通に話せるようになっている。
「もも、申し訳ないっす。こんな友達感覚のような口調で……」
「いい……構わんと言ったのは我の方だ」
気にするなと、手で制する王様。
正直、私は王様のことをもっと怖い方だと思っていた。
なにせ、史実では女神に逆らった大罪人だ。
フェニから話を聞いていても、眷属の彼女は王様のことを絶対に悪く言わないだろうし、こうして会うまでやっぱり怖かった。
傲岸不遜、傍若無人……私の抱く王様像は当初そんな感じだった。
だけど実際に話してみると、いい人(?)かどうかはわからないけど、少なくとも話は聞いてくれる。
先ほども何気ない質問にも答えてくれた。
一部の人間の貴族の平民に対する扱いよりもずっといい。
「友……か」
感慨深げに呟く王様。
「思えば、友と呼べる存在は少ないな……我」
「そ、そうなんすか?」
「ああ、バハムートという名は大き過ぎる。我と対等な関係で付き合える者となるとな。いくら我が、立場を気にしないようにと言っても相手はそうはいくまい?」
「…………」
確かに、そうかもしれない。
仮に人間の王様が「友達になろう、お互い立場関係なく」……と言ったとして額面通りに受け取れるだろうか?
心の底から相手を信じられるだろうか?
互いの立場、力の差からくる怯え、野心的なものが関係性に入り込む。
生まれた時から一緒だったり、そういった信頼関係があるなら話は別かもしれないが。
「別に……不満があるというわけではない。友が少なくとも、我を大切に思ってくれるものは大勢いる。フェニたちのようにな」
「……ムート様」
王様の黒髪が風になびく。
その言葉はきっと本心から出たものなのだろう。
だけど、ほんの少し諦めの感情が混じっている気がした。
「でも……今は違うっすよね?」
「ん?」
そんな王様のちょっと寂しげな顔を見て。
自然と私の口から零れた言葉。
「ここにいる王様は、幻獣たちの王ではないっす……地上にいる人間の中でバハムート様であることを知っているのは私と学長だけっす」
「マルティナはエルフだぞ?」
「そ、そうっすけど、それはいいんす! 細かいことは置いておいて……」
「よくわからん、何が言いたいのだ? メイ」
「その……今の王様であれば、友達を作れるんじゃないっすか? 種族や立場に関係なく」
「…………」
予想外の言葉だったのか、目を開く王様。
私の顔をジッと見つめてくる。
「あ、き、気に障ったなら御免なさいっす、私なんかが生意気にも、偉そうなことを言ってしまったっす」
「いや……そんなことはない。面白いことを言うな、メイは。確かに今の我であれば可能か」
王様とそんな会話をしていると……。
「や、やめてくださいっ!」
突然、揉めている男女の声が聞こえてきた。
視界に入ってきたのは嫌がる少女に詰め寄る三人男たち。
男たちは学園の高等部の制服を着ており、年齢は私と同じか少し下くらい。
見た感じ女の子は平民のようだ。
素朴な服を着ており地味な印象ではあるが、よく見ると顔はかなり可愛く、そのせいか男たちに目をつけられたようだ。
「は、離して、離してくださいっ!」
「おいおい、そんな嫌がらなくてもいいだろ……な」
「い、いやっ!」
少女がはっきりと拒絶の意を示すが、男たちは意にとめない。
ナンパというには些か乱暴すぎる彼らの振る舞い。
「まったく……けしからん奴らだな」
王様がそんな男たちを見て不快気に呟く。
「今は授業中ではないのか? 学費を出して貰っている親御さんに申し訳ないと思わんのか?」
「あ、あれを見て最初にそこっすか? 確か高等部の午後の授業は自由選択っすから、街中を学生が歩いていてもおかしくはないっすよ。というか王様も今、学生服を着ているじゃないすか……って、そうじゃなくて!」
私は絡まれている少女を見る。
「い、いい加減にしてくださいっ! お、大声を出しますよっ!」
「……へへへ、好きにしろよ」
「騒いでも無駄だと思うけどよ……」
少女の発言にも余裕の表情。
やるならやれよ……と、にやにや笑いを浮かべる男たち。
「助けてっ! 誰か助けてくださいっ!」
我慢の限界を迎えた少女が大きな声で叫ぶ、だが……。
日中だというのに、大通りで誰も聞いていないはずがないのに。
少女の方を一瞥しただけで、慌てて民衆たちは見ないふりをした。
「はは、残念だったな」
「な、だから言ったろ……」
「な、なんでっ……どうして誰も助けてくれないのっ?」
路上に響く、懇願する女の声。
涙混じりに少女は助けを何度も呼ぶ。
だけど結果は同じ、どういうわけか誰も動く様子はない。
これだけ人間がいるのに、味方が一人もおらず、少女の顔に絶望が浮かぶ。
(そうっす……あいつは確か)
私は少女を囲んでいる男たちの一人に見覚えがあった。
少女の腕を掴む二人の男の背後、リーダー格らしき存在。
茶髪をオールバックにした、鋭い目つきの男。
整髪料で髪をテカテカに光らせ、両耳には赤い宝石のはめ込まれたピアス。
生意気そうで、見るからに不良といった様子の少年。
「あ、あいつ……ヴォトン公爵家の長男のトバルスだ。学園にいた時に見たことがあるっす」
「公爵家? よくわからんが偉い立場ということか?」
「はい。父親がこの国の重鎮の貴族だからか、余り彼に強く言うことができず、親の権威を笠に着て好き放題してるって話っす」
民衆が誰も彼女の助けに入ろうとしないのは、報復を恐れて。
誰だって我が身は可愛い。
これだけの騒ぎだ、巡回している兵士も気づいているはずなのに、駆け付けないのもおかしい。
公爵家の怒りが、もし平民などに向けばひとたまりもない。
一人の少女のために、人生を投げ打つことはできない。
「無駄だとわかったか? わかったならおとなしくしてな」
「はは、悪いようにはしねえとは言わねえが、ちょっとだけ楽しませてくれたらそれでいいからよ」
少女の細い腰に回される手。
なんとか男の身体を押しのけようと、少女は必死に抵抗する。
だが男女で力が違いすぎるし数も違う。
「い、いやぁあ……」
どうやっても振りほどけない。
徐々に抵抗が弱くなっていき、少女の顔に諦めが入る。
(しょうがないっすね……)
後で学園長に迷惑をかけることになるかもしれないけど。
私が助けよう……そう決断しかけた時だった。
「そこにいる奴……なにこっち見てんだよ?」
「む?」
トバルスが王様を思いっきり睨んでいた。
いや、まぁ……ここにいる誰もが目を逸らす中、王様だけずっと見てたし、そりゃ気づくっすよね。
「お……隣にいる青い髪の子、結構可愛いじゃん」
「なんだよ? お前らも一緒に遊んで欲しいのか?」
トバルスの声を聴いて、お供の男が私たちを見る。
値踏みするような気持ち悪い視線だ。
「ほう、ご所望とあらば……遊んでやろうではないか?」
「えっ?」
そう言い、もめ事の中心地へと近づいていく王様。
「た、助けに行くつもりっすか……ムート様が?」
「心配か……メイよ」
「勿論っす!」
あ……相手が超心配っす。
王様が人間の権力者に、萎縮する理由はまったくない。
そこに躊躇などは微塵も存在しない。
「先ほどのメイの話、少し我なりに思うところがあってな」
「……あ」
「いい切っ掛けになるかもしれんしな……」
なるほど。
ここで恰好よく女の子を助けられれば、女の子と話しやすくなるだろう。
ちょっと打算的な感じだけど……うん、いいんじゃないっすかね。
だけど王様……うまくこの場を収められるのだろうか?
「大丈夫だ、メイ。この程度のもめ事、我にとって昔は日常茶飯事だった。よく暴れまわる幻獣たちの喧嘩の仲裁をしたものだ」
「げ、幻獣たちの喧嘩とこれはベクトルが違うんじゃ……」
「我が何年生きておると思っているのだ? 大船に乗ったつもりで任せておけ」
民衆たちが私たちに注目する中。
公爵家の次男の元へ歩みを進める私たち。
とにかく堂々と、王様が進んでいく。
「万が一にも失敗はありえんよ……我が話術を刮目するがいい」
まぁここまで王様が自信満々なんだから、うん。
きっと大丈……。
「お初にお目にかかる……下界の民よ」
こ、これはもう……出だしから無理っぽいっすね。