表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/27

外出2 メイ視点

 な、なんでこんなことになっているのだろう。


 校舎を出て街の大通り、石畳の道を男の人と一緒に歩く。

 彼をエスコートするようにフェニに言われている。


 だけど……これはデートなどという可愛いものではない。


 男女交際における甘酸っぱさなど微塵もない。

 私は隣にいる男性の顔をちらりと一瞥する。


(ううう……い、胃がキリキリするっす)


 デートの経験なんてない私だけど、きっと初デートの緊張感なんて、今の状況に比べればゼロに等しいのではないだろうか。


 男性は普通の外見をしている。

 だが……その中身は神話の時代から生きる王様だ。

 かの創造神、女神ナーゼが創り出した神獣の一体。

 歴史上最大の親子喧嘩ともされる、終焉戦争の張本人。


 史実と異なり、フェニの話では女神にすらも勝利したという話だ。

 事実上、世界最強の存在が私の隣にいるわけで……。


(と、突然怒りだしたりしないかな……)


 緊張で肌に浮かぶ汗、シャツが背中にべったりと張り付いている。


 幻王様を街に連れていくことは、事前にフェニから聞いていた。

 契約者である私から離れると、召還獣のフェニは地上で実体化できない。

 必然、一緒に私も付いてくことになる。


 でもまぁ、狂気のレベルで幻獣が好きな学長もいるし、王様と付き合いの長いフェニがいれば、私自身が幻王様と話すこともないだろう。

 あまり自分のことを主張せずに、ただ後ろにいればいい。

 もし会話が振られたら、その時に応えればいい。


 と……楽観的に考えていた。


 目立たず騒がず、そんな消極的な作戦をとるはずだった。

 それなに……なのにっ!


(なにしてるんすかっ! あの二人はあああああああああっ!)


 空に向かって叫びたくなる。


 よりによって、今回の件を楽しみにしていた二人が隣にいないってどういうことっすか!

 二人に、全力で文句を言いたい。


「…………」


「……はっ!」


 考え事をしている間にも、続いている沈黙の時間。


 し、しまった。


 隣の王様を完全に放置してしまっている。

 い、いけない、なにか会話を振らなければ……。


 別に私は人見知りではない。

 自分では最低限のコミュニケーション能力はあるつもり。

 だけども、かの幻獣たちの王様にどんな話題を振ればいいのか。


 今、王様は何を考えているのか。

 話しかけるのに躊躇する。


 しかし、フェニに頼まれたわけだし、いつまでも黙っているわけにもいかない。


(よ、よし……いくっす)


 深呼吸、そして……。


「き、今日は……い、いい天気っですね……そ、そそつ、空が青いっすね」


 緊張でカミカミになりながら、王様に話しかける。

 しかも出て来た話題が、よりによって天気の話とは。


 相手を考えるっす私。

 もう少し気の利いた話をすべきなのに……。


 王様は私を見て、そして……。


「そのとおりだともっ! 素晴らしいなっ!」


 あ、あれ……?

 満面の笑みで答える王様。


「空は青く、雲は白いっ! 太陽は力強く輝き、世界を照らしている……ああ、本当に地上は美しい、最高だっ!」


 王様、なんか凄いくいついてきたっす。

 子供のように爛々と目を輝かせながら空を見上げている。

 キョロキョロと目線を移動させ、建物や立ち並ぶ店、通行人とか、すべてを興味深げに観察している。


 そこには王の威厳といったものは感じない。

 今の外見も手伝い、探し求めていた宝箱を見つけた少年のように思えた。

 史実で破壊の暴君と呼ばれているとは思えない。


(なんだろ……? 王様ってもしかして、私が思っていたよりもずっと)


 その姿を見て、私の心からほんの少しだけ恐怖の感情が消えた。

 逃げるのではなく、きちんと王様のことを見よう。


 ちゃんと話しかけてみよう。


「む、ムート様? や、やや、やっぱり違うんすか? いえ、で、ですっすか? すか?」


 とはいえ、そう簡単に緊張は抜けないけれども。


「なにがだ? ……というかメイ、無理に敬語を使わずとも、もう少し普通に話してくれて構わんぞ」


「そ、そんなっ! 王様相手に恐れ多すぎて……」


「我はメイの王ではないぞ。というか、意味のわからん敬語になっていて、何を話しているのかよくわからん……失礼だとも思わんし、怒ったりせんから普通に話せ」


「わ、わかりましたっですっす、いえ……わかりましたっす」


「……ああ」


 お、王様にそう言ってもらえるのならば。

 というか、自分でも逆に失礼になっている気もしていた。


「そ、それでっす……その、やっぱり、ムート様がいた三千年前とは全然違うんすか、街並みとか、人とか……色々と」


「ああ、まったく違うな、よくぞここまで……と思うよ」


 当時を思い出すように、顎に手を当てる王様。


「当時の建築物は建物と呼べるものではなかった。木を適当に切って乱雑に組み立てた、最低限の雨風が防ぎればそれでいいといったものだ」


 通りにある建物を見ながら王様が呟く。

 今も煉瓦造りの武器屋の工房や、魔法コンクリートできた家に、感嘆の眼差しを送っている。


 私にとってはこの街の光景がほとんど当たり前のもの。

 だけど、王様にとってはすべてが新鮮。


 建築は専門じゃないけど、確か魔法コンクリートで一気に作れる建物物の設計自由度が増えたと授業で聞いた。

 王都には魔法コンクリートで作られた大闘技場もある。


「人間たちが着ている服もそうだ。そこを歩く兵士たちが当たり前のように装備している金属鎧ではなく、当時の人間の身を守っていたのは、獣の皮を剥いで作った品質の悪いボロボロの皮革だ。そもそも金属の加工技術など当時はないからな、剣も存在しない。あとは……」


 私の持っている杖を見る王様。


「そういった杖もなかったぞ。火属性増幅付与が三層刻印されている、魔法使いの戦闘補助アイテムのようだが……」


 さすがというか。

 見た目には安物の杖と同じなのに。

 一目見ただけで効果を言い当ててしまう。


「なにせ、魔法を使える人間が殆どいなかったからな。精々足腰の弱った老人が補助に使っていたくらいだ」


「あ、あの……ムート様」


 ここで浮かぶ一つの疑問。


「当時の人間はどうやって魔物と戦っていたんすか? 剣もないし、魔法も使えないんすよね?」


「石の斧を振りかぶって襲い掛かっていたな」


「げ、原始的っすね……」


「なにせ、三千年前の話だぞ」


 あ、でも当時は強い魔物がいなかったと聞く。

 それでもどうにかなったのかもしれない。


 魔族や魔王といった、人に害を為す存在がこの世界に現れ始めたのも、王様がこの世界を去った後のこと。


「あれ? でもムート様……地上にいなかったのに、剣や金属鎧っていう言葉は知っているんすね」


「ああ、盗聴……い、いや、フェニからも地上の話は聞いていたしな。そもそも人間たちに伝わっていなかっただけで、女神の眷属の戦乙女(ヴァルキリー)が剣を使っていたぞ」


「う、戦乙女(ヴァルキリー)……」


 伝説級の存在の名前が、なんでもないことのように出てきた。

 王様と話していると、スケールが大きすぎて色々と麻痺してくる。

 でも、凄くワクワクする内容である。


「興味があるのなら今度フェニに聞いてみるがいい、実際に矛を交えたのは彼女だ。戦乙女(ヴァルキリー)の武器は断罪の剣といってな。向けられた者の悪行に応じて切れ味が格段に増すのだ」


「え? その名前、超有名っすよ! というか元は戦乙女(ヴァルキリー)の剣だったんすねっ!」


 魔族に対し絶大な威力を誇る神剣。

 大陸の西側、リンガイア王国の姫様が所持していたはず。


「そんなので切られたら、さすがのフェニもさぞや苦労をしたんじゃ……」


「いや……ケロっとしていたぞ」


「えっ? ど、どうしてっすか?」


 女神に逆らうという、とてつもない大罪。

 効果は抜群なんてものじゃなさそうなのに。


「何せアイツらは神に逆らうことなど、微塵も悪いと思っていなかったからな」


「お、おおぅ……っす」


「あの剣には抜け穴というか、欠点があってな。他人がどう思おうと、当人に悪の意識が無ければ意味はない」


 悪いことを悪いと自覚しているケースは効果がある。

 だがそうでない場合はただの切れ味の鋭い剣へとなり下がるということらしい。


 人を苦しめることに悦楽を抱く魔族などは、悪いと自覚した上での行為だから効果があるということだろうか?


 しかし、相手が相手なので話の内容が凄い。


「おい、いつの間にか我の昔話になっているではないか」


「あ、す、すす……すいませんっす! ……とても興味深い話で、つい自分のことを優先してっ!」


「そうか、ならばまた話す機会を設けようか。ただ、今は街の案内を優先してくれると我は嬉しいぞ」


「は、はいっす!」


 それから……予定通り(?)王様に街を案内していく。


「メイ、あれはなんだ? 建物の壁を這うように、黒い線が張り巡らされているが」


「魔力導線っす、あの線を伝って地脈から吸い上げた魔力を街中にお届けするんす。あの技術のおかげで庶民の生活水準が一気にあがったんすよ。灯りの魔道具に簡単に魔力供給できるようになったので、一般家庭でも夜に明るい場所で過ごせるようになったんす」


「ほう……」


 案内しながら歩くと噴水広場の方にやってきた。

 隣には女神ナーゼ様の像がある。


「「「「「女神様……今日も一日我々を見守っていてくださいませ」」」」」


 そこには教会の信徒たちが像に祈りを捧げている姿が見える。


「ふむ? ……あの女の石像は誰を模しているのだ? この国で活躍した英雄か?」


「え? 女神ナーゼ様っすよ? 石像だから、実物を見たことがあっても、わかりにくいっすか?」


「あれが女神……だと?」


 像を見てポカンとする王様。

 理解できないといった様子。


「まったく違うぞメイ、我の知る女神とは最早別人ではないか。服装はまぁ、確かに似たような服を着ていたが……それだけだ」


「そ、そうなんすか?」


「ああ、顔も右頬には小さなほくろもある。それにやたらと胸が強調されておるが、彼女はもっと発展途上の身体つきをしている。あんなに背は高くないし、足もあれほど長くはない」


 な……なんだろうか。

 私、聞いてはいけないことを聞いている気がするっす。


「一体、像の製作者は何を考えているのだ?」


「製作者もなにも、どこの女神様像も基本ほとんど同じ形っすよ?」


「ならこれは女神自身の意思なのか? 何故女神は正しい情報を世界に伝えないのだ?」


「め、女神様本人があの姿を気に入っているんじゃないっすか?」


 たぶんだけど、そんな気が……。


「普通の女の人だって、外に出る時に化粧とかするっすし……たぶん、そんな感じなんじゃないかと……そう思うっす」


「いや、我も多少の美化なら理解できるが……」


 王様は納得できないようだ。


「あれはさすがに、別人ではないか……嘘つき女神め」


「王様…………あ」



「「「「「…………」」」」」



 私たちの会話を聞いていた信徒たちが睨んでいた。

 祈りを中断してこっちを見ている。

「嘘つき」の部分から先が聞こえていたらしい。


「だが思えば、昔からそういうところがあったなあの女神は、見栄っ張りというか、我は優しさから敢えて気づかないふりをしていたが……」


 それぐらいしておきましょう、王様。

 こっち凄い見てますよ、王様。

 滅茶苦茶凄い目つきで見られてますよ、王様。


「ム、ムート様、あちらを見るっす」


「む、おお……」


 私が指を差すと。

 王様がようやく、彼らの視線に気づく。


「彼らも滑稽な連中よな、存在しない者の像に祈るなど……同情する」


「「「「っ!」」」」


 我慢の限界を超えたらしく、人込みをかき分け近づいてきた。


「憐憫の意を禁じ得ない、己が騙されていることにも気づかず、可哀そうに……む、なんだメイ? 我の腕を引っ張って」


「ムート様っ! む、向こうに行きましょうっすっ! 美味しいお菓子を扱ってる露店があるんすっ!」


「ほう……お菓子、いいなっ!」


 王様を強引に別の場所へ連れていく。

 と、ちょっとアクシデントを起こしかけるが……どうにか、こうにかエスコート(?)していく。

 そのまま露店の並んでいる公園へ。


「メイ、あれはなんだ……もももっ、もしやあれがワッフルか?」


「いえ、あれは……クレープっすね」


 隣の母親に買ってもらったと思われるクレープを、美味しそうにほおばる男の子。


「クレープ? なんだそれは?」


「簡単に言えば、といた卵を薄く広げて、鉄板で焼くんす。その間に具材を挟んで食べるんす、中身によってデザートにも、おかずにもなるっすね」


「……ほう、ほほほう」


 興味深げに見る王様、横目で見ると少し涎が出ていた。


「あ……申し訳ないっす」


「メイ?」


「今の王様の身体には味覚がないのに……食べられないのに、こんな場所に連れてきてしまったっす」


 咄嗟の判断とはいえ、失敗した。

 こんな食欲が刺激されるような場所を選んで……。


「なんだ、そんなことか。メイがこの場所に連れてきてくれことで、新しい食べ物を知った。結果、味覚を得た時の我の楽しみが増えた……一体、何を謝る必要がある」


「お、おお、王様?」


 王様がポンと頭に手を置き、ほほ笑む。

 男の人(?)とこうして触れ合ったことのないせいか、少しだけドキドキしてしまう私だった。


「王様……少しベンチで休むっすか? 結構動いたっすから……」


 丁度よく、目の前にはベンチ。

 さっき少し走ったりしたし、休むことをと提案する。


「心配するな、メイ。我がこの程度で疲れることなどあり得ん」


「それなら、いいっすけど……」


「まぁ少し足が重く動かしにくい気がするがな、それから水滴のようなものが全身にべったり付着して……」


「それ、高確率で疲労してるっす……汗かいてるみたいですし、少し休むっす」


 まだ新しい身体を完璧に把握できていない王様と、一緒にベンチに座って休むことにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ