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王様の憂鬱

 人間、亜人、魔物、植物など、多種多様な生物が存在するこの世界はガルドーザと呼ばれ、四つの領域で構成されている。 


 陸、海、空……そして四つ目がこの場所、幻界だ。


 欝蒼と茂る木々、琥珀色の湖、空は薄紫色の霧に覆われている。

 その独特な色合いは幻想的な世界観を創り出す。


 幻界は幻獣界とも呼ばれ、幻獣と呼ばれる存在がたくさん暮らしている。

 緑色の身体をした四足獣。

 胴体から鳥、蛇、猿の三つの頭が生えた生物。

 全身が液体で構成された粘体の生き物。

 姿は違うが皆ここで暮らす幻獣だ。


 幻界には昼夜がなく、一日の区切りというものもない。

 地上に比べてゆったりとした時間が流れる。


 草の茂みに大の字になってねている者。

 口を半開きにして虚空をボ~ッと見つめる者。

 そういった光景が幻界の至るところで確認できる。


「……よっと」


 そんなのんびりした空間に変化が生じた。

 空間が揺らぎ、その向こう側から一匹の幻獣が姿を見せて地に降り立つ。


 穢れ一つない真っ白の毛皮、天に向かって額から生えた一本の角。

 ユニコーンと呼ばれる幻獣だ。


「みんな、ただいま~」


 幼い子供のようなユニコーンの声。

 その声を聞いて、近くにいた幻獣たちが集まっていく。


「お~、おかえり」


「久しぶり、今回は随分長かったな」


「うん、本当に疲れたよ」


 ため息を吐くユニコーン。


「お前の契約者って……王都にいる召喚士だっけ?」


「そうだよ。近くの森で急激に魔物が増えてさ。その討伐の手伝いで呼ばれてコッチに戻れなかったんだ。どうにか片付いたみたいだけど」


「召喚獣になるのも大変だなぁ……」


 このユニコーンのように、幻獣の中で人と契約を交わしたものを召喚獣という。

 人間の中には召喚魔法といって、幻界にいる幻獣を地上で顕現させる魔法の使い手がいる。

 彼らは召喚獣(幻獣)から力を借りて戦うのだ。


 無論、無条件で幻獣たちの力を借りることはできない。

 幻獣たちは地上で活動する肉体を持たない。

 他の領域で実体化し、力を発揮するのに術者の魔力が必要だ。

 加えて、心良く協力してもらうには別に報酬も必要となる。


 幻獣と召喚士は持ちつ持たれつの対等の関係。

 彼等が納得するものを提供できて、ようやく力を貸してくれる。


 そう、例えば……。


「でもまぁ力を貸した分、王都の高級デザート食べ放題の店に連れていってもらったから、いいけどね」


「う、うう……羨ましい」


「聞いていたら、俺もまた契約結びたくなってきた。前の契約者は寿命で死んじゃったし、人間もせめて百年くらいは生きて欲しいよ」


 なごやかに談笑をする幻獣たち。

 そこへ。


「……あ、お、おい静かにしろ……」


「なんだよ、急に……く、はっ」


 頭上から大きな影が差した。

 幻獣たちの会話が中断されると同時。

 漆黒の巨体が彼らの頭上を通り過ぎていく。


「バ、バハムート様だ」


 一瞬で、空気がビリビリと緊張感のあるものに変化する。

 幻獣の中でトップに位置し、幻王と呼ばれるバハムート。

 山のような巨体。いかなる刃も通さない竜鱗。

 強靭な身体はすべての魔法を無効化するとされる。

 その力はすべての生物を凌駕する。

 世界創世記からその名を轟かす、幻獣の中でも最古の存在。 


「……っ」


「……う、あ」


 ゴクリと上を見上げた幻獣たちが喉を鳴らす。

 一部どこが喉なのかわからない存在もいるが……。


「な……なんと凛々しい姿なのだろうか」


「全身からとめどなく溢れ出る絶大なパワー……まさに王者の貫禄」


「ふ、不思議だ、何も言われずともあの方の前では傅きたくなる」


「ああ、俺の脳が今も全力で命令を出している。一刻も早く頭を地面に擦り付けろ……と」


 畏怖、感嘆、畏敬、様々な感情を抱く幻獣たち。

 十秒ほどして、バハムートが過ぎ去り見えなくなると、彼らの緊張が解ける。


「ふぅっ……あ、くっ」


 大きく息を吐き、一匹の幻獣が地に手をつく。

 バハムートを見て力が抜けてしまったらしい。


「お、おい……大丈夫か? ほれ、手をつかめ」


「あ、ありがと……ふぅ」


「覇気にあてられてようだな……幻王様を直視し過ぎだぞ」


 膝をついた幻獣に別の幻獣が手を貸す。 


「しかし、幻王様の姿を見られるとは……今日は運がいいな」


「ああ、あの力強いお姿は、我ら幻獣の理想であり憧れ」


「ひ弱な人間たちと一緒にいると、僕も結構強いんじゃないか? ……って、思う時があるけど……あの方を見るとそんな気持ちは消し飛ぶよ」


「そうだな、比べるのもおこがましい」


「さすがは我らの王、バハムート様だ」



 そのあともバハムートに対する思いを熱く語る幻獣たち。

 二十分程話で盛り上がったあと、当所の話題へ戻る。 


「それにしても、地上は本当に美味しいものが多いよね」


「人間って俺たちより弱いけど、食文化とかは素直に尊敬するぜ、よくあんなの考えつくよ」


「俺も降りてはじめて食の楽しみを知ったぜ」


「あ、そうだ。王都って言えばこの前ワンダリアって店に連れて行ってもらったんだけど」


「あそこのワッフル滅茶苦茶うまいよな!」


「ああ! ふわっふわっの食感でさ。かじると中のカスタードクリームがもうとろりと……」


「あら、ワッフルなら南区画のほうにもいい店があるわよ。王都なら行かないと損するわ」


「へえ~」


 興味深そうにユニコーンが反応する。 


「ほんと、幻界でも食事ができればいいのにね……領域移動の制約で、地上の物をこっちに持ってくることもできないし」


「まぁな、この世界で俺たちは食事いらないしな」


「幻界は精神世界だから生きていくのは、楽だけどな」


「ちょっと暇なのがこの世界の欠点だよな」




「……………………はあ」


 そこから、少し離れた場所にて。


 楽しげに繰り広げられる幻獣たちの会話。

 そんな幻獣たちの会話をこっそり盗み聞きしているものがいた。

 先ほど彼らの頭上を飛んでいったバハムートである。


「アイツら、楽しそうだな……本当に」


 地上の話が気になった我は、魔法(盗聴)で会話を聞いていた。


(ワッフルってなんだ? ふわふわってなんだ? カスタードクリームってなんだ? ど、どんな味なんだ?)


 今も楽しそうに、おいしそうな食べ物の話題や地上の名所だとかそんな会話をしている。

 事情により、地上に降りられない我は。


 楽しそうに地上の話をする彼らを見て、こう言いたくなる。



「ああ…我も地上で遊びたい」




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