第二話 悪徳令嬢
エルフ達の里での販売は戦争だった。
タピオカミルクティーが飛ぶように売れていく。
一体何処からがこんなに集まってくるのかと思うほどのエルフエルフエルフ…
途中殴り合いの騒動があったり、何人か飲み逃げされたりもしたが……
長蛇の列がすっかり捌ききったのは夜もだいぶ更けてから
ココアとパウダーの二人は販売車の中で席に座ったまま寝息を立て始めている。
「何時もありがとうな」聞こえないと知りつつも私は囁いて二人に毛布を掛ける。
昼間の暑さが嘘のように冷え込んで来た。
「さてと今日のお掃除でもしますか」
私は魔法のゴミ袋を広げ、そして右手の人差し指に嵌っている禍々しい指輪にキスをする。
「いでよ地獄の番犬ケルベロス共よ!!」
指輪の名前は炎犬リング。9ヶ月前に移動販売車を襲ってきた山賊から取り上げたものである。
間抜けなドラムの音とともにケルベロスが3頭飛び出してきた。
ケルベロス3頭は大人しくお座りした。顔だけ見れば9つ嬉しそうにこっちを見ている。
地獄の番犬らしさは皆無である。
「お前たちごみ拾い宜しくな」私がそう言うと大人しく頷いてゴミ拾いを開始し始めた。
あれ程あったゴミの山があれよあれよという間に無くなっていく
広場がピッカピカになった
「よーしお前達、もっと綺麗にできるかな」
そういうと犬がぱっと散らばった。だいぶ遠い所にあるゴミまで拾いにいったたらしい。
ところが一頭の犬だけがじっと地面を見ている
その場所を見て私は思い出した。はたと膝を叩く。
そう!!ココアとパウダーが走り回った時に謎の魔法陣ができたところだ。
「ひょっとして何か埋まってるのか?」
「ワン!!」犬はそう吠えて前脚で穴を掘り出した。
遠くでゴミを拾ってた犬たちも次々合流して穴を掘り出した。
数分後穴の中から何か玉のようなものが出てきた。
耳飾り…なのか、だいぶ汚れたそれを私は観察する。
卵のような球体の上下に金属の蓋の様なものが上下に取り付けられている。
鑑定能力のない私にはそれの価値がさっぱり判らない
ただし装飾品の出来の良さや細かい細工を見るととても高貴なものに見える。
何か心なしか卵部分が脈をうちだした様に見えた。
だいぶ疲れが溜まってるらしい。耳飾りが脈打ってみえるとは…
失笑しながら私はハンカチを取り出すと耳飾りを収めてポケットにしまった。
「これはジプリールに鑑定してもらおう」私はつぶやいた。
「さてとお前達…良くやったぞ、後は穴を元に戻してくれ」
そういうとを犬達は黙って頷き、そして穴を物凄い勢いで埋めていく
あっという間に穴は跡形も見えなくなった。
「よーし良くやったぞ、お前ら」
私は犬達をナゼナゼする。犬達がよって来て私は揉みくちゃにされる。
「可愛いワンコ共よもっと撫ぜてやる、もっと撫ぜてやる」犬だらけになりながら私は地べたに大の字で転がった。
「楽しそうな事をしているね」
ジプリールの声が聞こえた。空から舞い降りてきたのに羽音すらしない。
怯えたケルベロス達が一斉に消えて指輪へと戻っていく
私は泥を払って立ち上がる。
「今日はだいぶ遅いですね」私はいった「ひょっとして……あの二人の事?」
ジプリールは頷いた。そしてひらりと移動販売車の屋根に飛び乗った。
「詳しい話は後でするから早く乗って」とジプリールが言う。
私は移動販売車に慌てて飛び乗るとセンサーを切った「準備できました」
その瞬間、車がふわりと浮かび上がったと思う間もなく物凄い速度で空へと登っていく。屋根の上から美しいジプリールの歌声が聞こえてくる
特殊詠唱…特殊結界を張る歌だ。次の瞬間、我々は閉鎖空間に居た。
「そろそろ安全かな」ジプリールは呟く。
そして今日の出来事を話し始める……
「エルフ達は殺せと言ってるんですか」と私が呟く「まさか…」
するとジプリールが指を私の唇に当てる。黙れと言うサインである。
「理由を説明してくれない。ただただ殺せの一点張り」
ジプリールが深い深いため息をつく
「3日間の猶予を貰った」それから長い長い沈黙
「お前あの二人のダークエルフの為に世界を敵に回す覚悟はあるか」
「…判りません…」私は素直に答えた「何故殺さないと駄目なのか理由を知れば…」
「その時は」その時ジプリールの顔が哀しそうに見えた「お前は私の敵になる訳だな……」
そこでジプリールは何かに気がつく。
ジプリールの視線の先を見ると何も…いや小さな揺らぎがそこにあった。
「何者だお前!」
小さな揺らぎが少し光った。それと同時に「ふふふ…」と笑い声が聞こえる。
ジプリールはと見れば、既に臨戦態勢に入って次々と呪文を唱え出してる。
「見つかっちゃった」黒い靄が辺りに広がる。
敵だ。私もそう判断し、黒い煙とジプリールの間に立ち塞がるように立った。
本来の主君でないにしろ今の主君はジプリールである。守らなければならない。
「いでよ聖槍バルサミコ」雷鳴と共に私の手にそれは現れる
ジプリールの方を見ると既に魔法弓を出して構えていた。
「誰なのか名乗りなさい」とジプリール「死にたいなら結構だけど」
「落ち着いて…」黒い霧はどんどん黒くなって人形へと変わっていく「でも傷付ける事すら無理だろうけど」
「それはどういう意味?」とジプリール「私の攻撃を受けても同じことが…」
また小さな笑い声がした。ジプリールが問答無用とばかり霧に対し最大出力で魔法弓をぶっ放す。
まともに喰らえば城壁すら吹き飛ばす筈の魔法弓の矢。
ただ霧に入った瞬間音もなく消えた。
「聖騎士さん」黒い影が言った「ジプリールって人の話を聞かないでしょ」
ジプリールが舌打ちをし、再び霧に向かって矢を次々と放った。
当然矢も尽く消え失せた。ダメージを与えてそうな様子は見えない。
「あのさぁ…取り敢えず武器を収めて」と黒い霧が言う「私は少なくとも君達の敵ではない…たぶん…きっと」
「判ったわ」ジプリールはそう言うと魔法弓を消した。
確かにダメージを与えてないのなら弓の無駄打ちである。ジプリールの判断は間違えではない。
私も慌てて聖槍バルサミコを消した。場の空気が少しだけ緩んだ。
「良かった……これでやっと…まともな話し合いができる」黒い霧が安堵したように言う。
「で貴方の正体は誰なの?」とジプリール。
「あら……貴方は知ってる筈よ。私の事を」
霧がどんどん集まっていく
するとそこに一人の少女が現れた。ジプリールのが驚愕の顔で呟いた「悪徳令嬢…」
人間…だが人にしてはありえないほどの美しさと気高さ。信じられない程の魔素量
「悪徳令嬢……それをいきなり言われるとは…」しばらく沈黙した後少女は言葉を続ける。「私はエーデルハイド家の当主」
ひと呼吸置いてこう続けた
「レア様と呼んでよろしくてよ」
「嘘だ!」ジプリールが叫んだ「お前は200年前に死んだ。私が殺した。間違いなくお前は死んだ」
「ええ…」彼女は頷いた「でもついさっきダークエルフの二人とそこの聖騎士様に助けて貰ったんです」
「助けただと!」ジプリールが私を睨む。そう言えば……私は顔が青くなる。
「まさかまさかまさかまさか」私は慌ててポケットから耳飾りを取り出す。「これのことかぁ」
卵は…割れていた。私は悟った。孵化したのだと。
中に入ってたのはレアとかいう女の魂……
そう…彼女は結界を破ったのではなく私が中に連れ込んだのだのだと。
「お前かぁぁぁ」ジプリールの悲惨な叫び声と共に、怒りのパンチが私の顎に炸裂した。
次の瞬間、私は気を失った。