八話●bloody fire on the cyber.《進歩して無感情世界》
時刻は8時を過ぎたころ。
霊峰から最寄りの【オリエライン】という街まで辿り着いた。
ここはエルフが仕切る土地で、中には翼をもつ”火のエルフ”も混じっている。ストーリー的には超重要な彼らだが、プレイヤーからはあまり人気がない。
呼ばれるところの【火のエルフ=翼人】はやたら高慢だったりストーリー上で致命的な失敗をしており、唯一のミーム的悪口ネタが蔓延している。
そんな彼らだが、翼人空輸というサービスで人々の役に立っている。
GioGにはクイックトラベルといった類のシステムがないので長距離移動に引っ張りだこで、逆に言えばそのシステムのために各地に翼人が配備されており、翼人目線での勤勉さがかえっておかしい。
そういえばギルメンの【げんしろう】の種族は翼人だった。種族毎の性能差はほとんどないはずなので彼も飛行できないのだろうか、だとすれば背中の翼は何に使うのだろう。
ちなみに私がエルフを選んだのは見た目だけの為で、更に言えば種族の性能差は100Gで変えるポーションでキャンセルしてある。
ゲーム内ではスタミナが大幅に増強されており、息が上がることはないが疲労困憊、脚が棒ですぐにでも横になりたい気分だった。
「今後の調査は戦力を整えておく必要があるな」
「そうですね。戦ってみた感じだと、Aiも上級でパターン化も難しそうですし」
一概には言えないがモブには知能レベルが設定されており、なかにはプレイヤーとの知能戦を繰り広げるレベルの敵も存在する。GMが中にいるのだろうけど。
「何回攻撃したか覚えてるか?」
「えーと、ダガとブラッドスピアでそれぞれ50回20回とかです」
「ふむ……。被弾はしたか?」
「いえ」
「攻撃力にもよるがランクはB~C、一匹なら問題はないが複数いると脅威になる。スレッドに書き込んでおいてくれ。コードネームは”しもべドラゴンマルチプルヘッズ”」
「それと”竜の心臓”がドロップしました」
「ほう。それもドロップ率によるが、大盤振る舞いだな」
「魔王戦用のイベントモブなんでしょうか」
「霊峰はチェックを厳重にするべきだな」
冬宮のゲームスタイルは口調からは想像がつかないほど丁寧で、ギルド内で共有するスレッドには大量の攻略情報が書き込まれている。
何を隠そうGioGのデータベース二大巨頭と呼ばれる片棒であり、もう一人と競争しているかのような事も時折耳にする。だから【ギルド冬宮】の名はそれなりに知名度がある。
ふと、冬宮の心に踏み込める気がして、すこしおしゃべりをすることにした。
「もう一人のデータベースとはまだ競争してます?」
「最近ログインしていない。最も、奴がこのゲームを捨てることはあり得ない。別のアカウントで動いているのだろう」
私も別アカウント(リアル用)を持っているが、このゲームで複数アカウントを運用する直接の利点は少ない。別人に変身した感覚を味わえるのは面白いが。
「もしかして気になってたり…とか」
「もちろん。リアルで見つけて情報戦に決着をつけるつもりだ」
「いやいや、それはまずいんじゃないですか」
「面と向かえば正々堂々と勝負できるだろう。こうやって嘘で身を隠すのは俺には合わん。かと言って本当だけでは戦えないが」
冬宮の人望はおそらく、正直さにあるのだと思う。それでいて言葉巧みに人使いが荒く、言わば”幼いカリスマ”を持っているのだ。危ないところもある種愛嬌と受け取られてしまう。
「な…なるほど」
本気かどうかは置いておいて、二人の決着を見届けたくなった。相手が霧隠れしている今、不利にあるのかもしれないが。
本題に入る。
「昨日の調査レポートを渡しておく、訂正版だ。それと、お前にだけ秘密のミッションを依頼したい」
「えっ。 私でいいんですか」
「お前が適任だと判断した。【culuma】はギルド最強戦力として戦闘関連に回し【yuhz】は俺と動く。【ビス=ビスオ】を覚えているか、彼女はyuhzが連れてきた新人だが、どうやら秘密があるらしい」
「出来る限り彼女と同行し霊峰のクエストを進めつつ、その秘密を暴いてほしい」
「テンションが合わなさそうなんですけど、大丈夫ですかね…」
「お前が不機嫌でなければ、彼女はずっと上機嫌だろうな。だから大丈夫だ」
そういう問題ではない。まあ、それくらいなら、まあ。
本当はすこし不安だが。
秘密というくらいなのだから、スパイか何かなのかな。とぼんやりと考えていた。もしや名を変えた情報屋かと。そうして一人で勝手にカプ妄想を膨らませて、夜が更けていった。
オリエラインの夜はとても暗く、天高い山の裏に、月すらも身を隠していた。
迫る星の威圧感。黒だけの背景に配置された光る点。
”時間”になると毎日こうなる。
渇望。衝動。
血が欲しい。欲を抑えつつ、足早にログアウトした。
命がけの自己嫌悪の始まる。
長夜鬼症候群は毎日血を摂取しなければ死ぬ。医者にはそういわれている。