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七話◎know meaning and reason not yet.《空に他の色が塗られたなら》

帰宅前にトイレに寄ろうとしたら、隣からゆいきが出てきた。彼は私に気付くや少し髪を整えるポーズをとり、ズボンからケータイを取り出す。

「おっ。そいえば連絡先交換しとこうぜ」

低くなった太陽から眩しい日差しが差し込んでいた。私は無言でカバンからケータイを差し出し、SNSの共有画面をひらく。

何回もやったことあるのに儀式じみるとすら思えて妙に恥ずかしかった。ケータイを寄せて電子情報を交換しあうだけなのに、考えすぎか。

「明日、ね」

「楽しみだ」

画面を確認すると【アサルト】という名前のアカウントがフレンドリストに追加されていた。自然と笑みがこぼれていて、ゆいきは少しむっとした。

「中学生の時からそれなんだよ、変えるタイミングなくってさ」

「それじゃあ…私があたらしいの考えてあげるよ」

「ははっ。何て読むかわかんねーけど【EgdelWonk】もたいがいだろ。一緒に変えよーぜ」

ペンネームというかアカウント名を決めるとき、最大限工夫して仮にかぶりがあっても自分の中の優位性を保っている。たとえば私のペンネームである”ノギヤ”は当時アニメでやっていた吸血鬼の少女『智香』からきている。

太陽が嫌いな彼女の名前には両方ともに”日”が含まれており、それが気に入った。だから私も漢字に着目して、香の上ののぎへんと智の左上である矢を取って【ノギヤ】だ。”や”を再び漢字に変換すれば夜なのもいい、多分先に連想するだろうし。

リアル用の名前も有織=有識=knowledge、反転してegdelwonkという風に妙に凝った。ただリアル用を中二病ネームにしたのは今となっては後悔であるが。この仕組みに気付いた奴が煽ってくるのがきつい。「知識がないってことじゃん」とか。乗って笑える力量がないのがまた。

ゆいきのペンネームを考えるならどんながいいだろうか。そもそも『ふたつゆいき』というのがペンネームっぽい。意味を見出そうと思えばどれだけでもできそうだ。

「『マルチブルー』とかどお?」

変な煽り口調だ。笑みをこらえている。

「エグデルウォンクの方がましかな」

「multib」

「わかってるって」

「すまんて」


岐路は早かった。日傘をさすのも忘れて、ただぼんやりとペンネームを考えて歩いたからだ。


ーーーー


午後6時。

私は早速GioGにログインしていた。

昨日は各自調査という名目で調査を進めるという事だったのに、共有もせずにログアウトしたので、その埋め合わせをせねばと思ったからだ。

まずはギルドのチャットを確認すると、霊峰調査を指名された三名+【冬宮】と【ビス=ビスオ】のグループに招待されていた。

ビスオは深夜帯でもプレイできるらしく。魔王戦にむけて生活リズムを逆転させたと言っていた。ゲームに向けた並々ならない努力ということは理解できるのだが、長夜鬼症候群の優位性というか私からすると申し訳なくなる。

参加を押す。ただし、チャットの内容はロードされない。

どうしたものか。困ったな、と思っていたところ、冬宮がログインしていることに気付いた。

彼は霊峰マップにいるらしい。ただ私が辿り着いたことのないエリアなので、詳細は表示されていない。

すぐにチャットを飛ばした。

[昨日はすみません。調査の進捗を知りたいのですが、教えていただけませんか]

[わかった。テキストを渡す。山腹の東北部までこい。迷うことはそうないはずだ]

テキストというのはシステムログをアイテム化したもので、ゲーム内で文章を渡すなら一番効率がいい。しかし住居の手紙システム以外では、会って手渡ししかできない。

彼は深夜組ではないので、昨日の調査にも居なかったはずだが、今日はいつからログインしているのだろうか。


大急ぎで麓を横断し始める。【ターボビスケット】という移動速度上昇効果のあるアイテムを齧って走った。

【ノギヤ】はエルフでクラスは魔法使いだ。装備も魔法特化で、非常に柔い。

調査した感じだと、この強行突破はあまりよい判断とは言えなかった。

そして強敵とエンカウントした。三つの首をもつドラゴンだ! あまりにもリアリティのない怪物に目を疑った。

そう、ここはゲームの中である。いつも戦う直前まで気が抜けてしまうのだ。

炎のようなブレス攻撃が展開される。ただでさえ大きい”当たり判定”が三つもあるので、ほぼ避け行動に専念せねば回避できない。

だが、一瞬隙があればそこを突かねば、戦闘にすらならない。持つスキルの中から最も詠唱の短い”ダガショット”を何度も何度も隙に差し込みダメージを稼ぐ。だが、怪物は全く意に会す様子もない。

レベルが足りないのか…とすら思い始める。思い切ってバックステップからスキルを切り替えた。”ブラッディスピア”だ。このスキルは魔法使いの中でも異質であり、ミッドレンジDPSのように振舞えるバフを自身に付与するのだ。ただし、自身の血、つまりHPを消費するので、安定性を代償にする。

詠唱は約1秒。稼げるだろうか。

怪物は距離をとる私をみつめた。ブレス攻撃を中止し、今度は尻尾を振り回して攻撃をした。

「なかなか手ごわいAIだな!」

だがそれこそが隙だ。”ブラッディスピア”!! 襲い掛かる尻尾を深紅の槍が串刺しにする。

さらに追加の槍がドラゴンに襲い掛かる。次に次に。

顎による噛みつき攻撃を右に振って左にかわし、槍を放つ。普通の魔法使いの戦闘方法ではなかった。

HPが削れて発狂行動が解禁されたのか、三つの顎が、連携してブレス攻撃をしてきた。だが、もう遅い。一点集中の攻撃を前に疾走することで無力化し、初撃を腹に、二撃目を首に、三撃目を首に、四撃目を最後の首に、五撃目ですでに倒れたドラゴンに突き刺した。

ブラッディスピアは正確に攻撃を与えると、与ダメージのいくばくかがヒールとして帰ってくる。

戦闘を経て、私の体力は全快だった。

戦利品を確認してみると、超高価で取引される竜の心臓がドロップしていた。他にも優秀な素材が目白押しだ。

「よくやった」

声の主に目をやると【冬宮】がいた。

「見物ですか」

「ああ。そいつは俺も倒したことがない。というかみたことがない」

どうやら、データすら取引の材料になりそうである。

「昨日の調査でも出会わなかった………。ということはレアモンスターなんでしょうか」

「……」

【冬宮】のアバターが一瞬強張った。そして、指をさした。私に、いや私の後ろにだ。

「レアということはなさそうだ。おそらく、魔王のしもべといったところだろう。逃げるぞ」

山の上から、三つ首のドラゴンもとい、複数首のドラゴン達が波のように現れていた。

「逃げろおおおぉ!」

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