二十九話●SUNDAYⅡ《神のいぬ間》
「目を覚ましたら後に飛べ!!!!」
目の前に刃が迫っていた。ほんとうにぎりぎりでのけ反ってかわす。
「有織ちゃん…。お願いだから…」
彫刻刀をもった羽子うみがそこにはいた。瞳がぎらついておりとても正気と思えない。
「血を…」
羽子うみは倒れこんだ。それでも四肢を使って這い寄ってくる。
「血を飲ませて」
分からない。なぜこんな状況になっているのか。ログアウトして時刻を確認したところまでは覚えている…。
現在時刻は6時を示していた。5時間も経過している。
「おまえは気を失っていた。…いや、寝ていたんだ」
おかしい。だって寝ると夢をはず、なにもなかった。時間が過ぎる感覚すら。
「GioGで血を飲んだんだ。【長夜鬼症候群】は人の血を飲めば治る」
「そんな…でもそれっておかしいよ」
這うことをやめた羽子うみから声が聞こえてきた。呻くようで聞き取りずらい。
「正確には………違う。有織は吸血鬼に…なったんだ。だから私を眷属にして…おくれよ」
「羽子。適当いうなよ。黙るか?」
「ごめん…なさい」
吸血鬼…?人の血…?私の友人はなぜ私に凶器を向けているのか?
「それに……布竜だって血を採った……はずだ。いまさら……彼氏面しても……遅いんじゃ…ないかな」
何を信じればいい。私すらも信じられない。
そのとき、視界の端になにか現れた。
【スキル】
-ダガ-ブラッドスピア-フレア-……
「ブラッド」
私が呟き始めた時、羽子うみですら私の正気を疑ったとおもう。
「ネクロノミコン」
その刹那、黒だけで装飾された本が顕現する。
黒い【空間】が広がる。私たちはその闇に飲まれていく。信用すべきは命と力。
「ああ。わかったぞ」
「おまえ、GioG世界の魔法を血ごと吸ったんだな。バグみたいだが」
うみとゆいきがドロドロした鎌に拘束される。すこしでもヘマすれば首がきれて死ぬだろう。
「ゲームの仕様と同じなら、制限時間が5分。脱出するには条件を成立させる必要がある」
「最大限多くの人を救う。すくなくともそう思えることが条件」
「私やうみみたいな症状を持つ人をね」
「自分だけが助かろうと思えば私が殺す」
布竜ゆいきは完全に黙ってしまった。一方羽子うみは挙手するみたいに「はい」と言った。
「柄山ってやつが……治せる」
ゆいきが反論した。
「無理だ。たとえできるとしても奴には頼ってはいけない」
「なんで?」
「失敗するからだ。リスクは命。とてもかけられない。それに奴は喜々として強請ってくる。そんなことがあれば有織が殺す」
「そうかもね」
「…じゃあ…他に方法が……ある?」
「柄山の連れ…オカルト部ならもっとうまくやる。部長の福城」
「調査する必要がある」
「奴は…用心深い」
ビピピン。私のスマホが通知を鳴らしたようだ。赤黒い触手がそれを持ち上げて画面を目の前にかざす。
冬宮…庵治ゆらめから通話が来ていた。
「ノギヤさん。私のアカウントが乗っ取られてしまって…GioGで事件が起きてるみたいだから連絡してみたのだけど…」
「やっぱりそうだったんですね。こちらは大丈夫です。偶然犯人をしったのですが、私の知り合いで驚きました。なんかもうしわけないです」
「…」
「冬宮さん。福城市華について教えていただけませんか」
電話越しになにか物音がした。からんころんと。
「ええ。いいわ。その前になのだけど、私は庵治ゆらめといいます。あなたは複月有織さんでよいかしら」