二話〇MOON doesn't shine by itself.《影は明かりには伸びない》
四時間目の授業が終わり、お昼休みとなった。つまりは昼飯時であり、うみの用事に私が付き合う約束の時間である。
確か弁当後と言っていたから、ご飯をすぐにすませてしまおう。
これは周りの人には秘密の話だが、通常の食事と”血”は完全に別物だ。私が血を欲するのは夜になる直前で、眠気の代わりに衝動が襲う。だから、突然渇きが収まらなくてどうしようもなくなるなんてことはないし、学校にも血を持ってくる必要はない。
だから、昼飯はみんなと同じお弁当だ。
ロッカーから取り出した弁当用の保冷袋から風呂敷を取り出す。弁当ごときに二重梱包は過剰かとも思えるが、習慣なのできっと明日もこのままだろう。風呂敷をほどき、弁当を机に登場させる。
私愛用の弁当箱は二段式であり、おかずとごはんで分けられている。どちらを手前側に配置するかは、いつも迷う。
ごはん側を手前に置いた時だ。転機が訪れた。まるで、雷のような。
「複月さん。この後、俺に時間をもらえないかな」
私の横にしゃがんでいる人は、クラスメイトである布竜ゆいきだ。クラスの男子が私に時間をくれ、と言ったのだ。
この時の私はあまりにもどんくさかった。後から思い出すと、呻き声さえ漏れて後悔の海に沈みそうになるほどのシーンである。
「………」
「………」口をぽかんとさせ、言葉を紡ぐための脳が機能を停止させているので、代わりに身振りで時間をかせぐ。ただ当然逆効果でしかなく、それを判断する脳の機能も故障していたので、もうどうしようもなかった。
そう。真昼間の私は、非常にあたふたしたダメな奴なのだ。長夜鬼症候群は太陽に弱く、昼の間はコミュニケーション能力などが著しく落ちるのである。
それなのにもかかわらず、布竜は私に何の用だろう。なんの用だと、私の予想通りなんだ。
「ふふっ。じゃあ、体育館裏で」
まるで、太陽のようなほほ笑みで、そういった。”お決まり”のフレーズを選んだのは、あたふたした私に状況を理解させる方便であったのだろうか。
大変だ。
弁当の味も分からない。ただすこし、酸っぱいかもしれない。
うみには悪いが、急用ができたので行けません。ごめんなさい。snsのリアルアカ(鍵付き)でうみにチャットをおくっておいた。
弁当を口にかっ込んで、味でも食感でも栄養でもない、時間を得るためにご飯を食べた。
正味なんのために時間が欲しいか理解していなかったが、それでもご飯を喉に詰まらせながらも時間を得たのだ。
広げるときには時間をかけた風呂敷をぐちゃぐちゃにして保冷袋に突っ込み、保冷袋はそのまま椅子にほかった。「用があるからな君らとは違って、さらば」と心の中で思い教室を出た。
体育館裏に向かう。体育館は私たちの教室からそこそこ遠い。階段を三回分も降りねばならないし、棟を二つも跨ぐのだ。そしてその距離は私を落ち着かせ情報を整理させるためにちょうど良く思えた。
だが、不十分だった。
急いだので微妙に息を切らしていたし、本当に待っていた布竜を見て、体中が普通の思考を放棄したかのように緊張した。
「来たね」
「話がある」
布竜ゆいきの身長は私より高い。筆箱を私の頭にのせればぎりぎり彼の頭を超えるくらいだ。どうして筆箱かというと15cmの物差しが入っているから。私+筆箱(約170cm)が教室の壁のどこくらいか目星をつけておいて、彼が壁に寄り添ったとき、観察しておいた。ちなみにこれは偶然じゃない。参考程度に興味本位ってやつである。
「今度映画でもどうかな」
彼は普段通りに言葉を発した。
「ごめんなさい!」
私はそうではなかった。すこし上ずったかもしれないし、「ごぇんなあい」みたいな発音になっていたかもしれない。全部太陽のせいだ。病気のせいだ。
「そう。土曜日に見に行くつもりだから、気が変わったら教えてね」
伏し目っぽく私から目を反らす。自虐っぽい笑みが目元だけに浮かんでいる。
それに気づいた時、もう遅かったが涙が出そうになった。それなのに、ごめんなさいともちゃんと言えなかった。独り言でもいいと思っても、太陽がまぶしすぎてそれすらできない。
でもこれでいい。そう思えば心からの安堵を得た気がした。
無言で教室に戻る。急がなかったからすこし五時間目の授業に遅刻したけど、先生もほかの生徒も誰も気にしやしない。
時間がたって夜。
独り言をつぶやいていた。
「柄にもなく恋愛をして忘れてたけど、バイト長休みじゃん」
月が吹く風に乗れば、昼の事は気にしない。”魔王戦”を全力で楽しまねば。まずは準備から。