一話◎ALL NIGHT, all daylight.《月と再会、日をまた送る》
赤黒い滴が刃によって漏れ落ちる。牙の代わりに握ったナイフは出来るだけ痛みを感じさせない形状を選んだこだわりの品である。
いつでも己への延命措置をとれるよう筆箱のサブスペースに忍び込ませてあったものだ。
まさか使ってしまうとは。だが仕方ない、彼も同罪なのだから。
唇を寄せて、それを啜った。
彼の見せた表情を愛と受け取るのは至極当然のことだった。鉄の味を心がかき消した。
私は彼に布団をかけ直して寝室を後にした。
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彼女はトレードマークの緑色のリボンを髪から解き、私の前に展示するかのように広げた。
そして、顔を傾け迫る。表情そして目には悪意と悪戯心が滲むようだ。いつもは隠された本当の顔なのだろうか、心底恐れながら次の発言を待つ。
「1ヵ月の栽培所警備と、6ヵ月のサーバー管理。あとはそうだなあ。君の彼と遊びたい」
声を出さずに睨んだ。彼女は途端に弱気になって私に腕をつっかえさす。
「いやいやいや怒んな、ごめんて。警備と管理だけでいいから。楽勝っしょ??」
な?な?とやかましくすがって、それから思い出したかのように笑う。
「治すかもしれない薬だよ? 欲しくないわけないよねぇ」
いつもこうしているのだろう。伏し目になって、唐突に早口に脅しかける。
「秘密っていうのは隠しとかなきゃね。だよね? というか多分、欲しい人は欲しいんじゃないかな君の体。いくらくらいだと思う?」
質の悪いことに、私がこの性悪な三下を頼ったのだ。これで仲間だというのだから本当に質が悪い。
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「私は有織。趣味はゲーム。それなりに上手いと思う。好きなジャンルは格ゲーとmoba、mmoも好き」
自分に才能を感じたことがあるだろうか。ちなみに私にはある。間違いなく才能を持っていると確信している。
私には睡眠が必要ない。一日当たり7-8時間もお得である。何故か?私にはわからない。
医者には『長夜鬼症候群』と診断された。
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午前3時ごろ。喫茶店の事務室で私のスマホが通知を鳴らした。
我ながら重いケツをあげて、目の前のそれに手を伸ばす。仕事中関わらずごめんなさい、と謝り免罪符を得たつもりで情報を読む。まあ、もとより暇だけど。
送り主は私の所属するチームのマスター『冬宮』彼は時間も構わず礼儀も持ち合わせていない、だが人望はあるようだ。内容は…
「来週の魔王戦に向け弾丸を集める事に決定した。種類は問わない。今回も上位者には報酬をはずむ」ふむ、素材はいくつあったか。などと考えながら通信を読み進める。そして、手が止まる。
「なお下記三名には別の依頼がある。
『culuma』『Yuhz』『ノギヤ』
霊峰クエストにて星5の銃が手に入るという噂が入ってきた。その真偽を判断し、可能であれば銃を手に入れろ」
別に由来が何であったかなどとうに忘れてしまったが、私はネット上で『ノギヤ』と呼ばれている。そのノギヤに重要そうな任務を任されていた。なぜ重要かと言われれば、霊峰mapは遠いし誰も興味のない上、そもそも敵が強くて近寄れない。クエストがあるってこと自体初耳だ。ガチ勢頑張るなあ。
噂の調査はゲームに直接潜るほかに、SNSでも可能だ。早速、ゲームのタイトル『Gioleo-Grove』を検索にかける。公式タグである#GioGを筆頭に他にもファンメイドの略称があって、関連した話題を見つけるのは結構面倒だった。
【riverman@GLG [@datebase_glg]
今話題のあの噂!霊峰完全ガイド
イースターエッグ発見?!あの魔術師も訪れていた?
詳しくはブログにて♡
(一部情報は有料となっております)
協力:SunProjectGaming】
この投稿はにはいくつも評価がついており、信憑性があるように思える。しかしそうはいってもインターネットには嘘が繁栄しすぎている。組織だってでっち上げれば、これくらい朝飯前だろう。
ただ…こっちはバイト中だし、朝飯もまだか。客が入らない幸運に感謝しつつ、ブログのurlをタップする。
まず、そこにはオリジナルであろう地図が表示されていた。ゲーム内のグラフィックではないので、間違いなく手製だろう。
それによれば、霊峰エリアは三つに大分できるようだ。第一区画である麓。
霊峰がgioleo世界の端に存在しているので麓への侵入は一つの方角からしかできない、したがって麓エリアも円周の1/4程度しかマップが存在しない。だが巨大だ。
麓くらいは何度か行ったことがあるが、これほど広いとは知らなかった。愛おしい上位回復薬の素材もいくつかポップするし、麓くらいなら時間もそうかかるまい、帰ってからすぐ下見しよう。
第二区画は山頂を除いたほぼ山の全て。このエリアが一番大きい。東西南北と区間が分かれており、それぞれにいくつもイベントが配置されているそうだ。
特に入り口から遠い東北側には、ここにしか生息しないモンスターなどもおり、驚きのレアドロップもあるぞ、とだけ書かれている。
なるほど。そして最後の山頂エリアは有料記事でしか情報が見られなかった。課金するなら下見をしてからがいいだろう。
そのときちょうど客が入ってきており、慌ててフロントの方に向かった。
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか」
「連れがもう少しで来るはずだ、うん、あれあれ。二人ね」
「ではご自由な席にどうぞ、注文があればいつでもお呼びくださいませ」
ぜひ、ごゆっくり。その後、あがりである6時まで、手が止まる時間はほとんどなかった。
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眠い目をこすり、通学路をゆっくりとした私好みのペースで歩いている。
今日はなにかあっただろうか、予習はしたようなきがする。
頭が回らないまま、うんすん歩いていると、目の前に人影があらわれた。
その人間は私のほうに向き合うと、グーで勝てそうな軽い敬礼ポーズを素早くとってちょっと大きすぎる声で「よっす」などとあいさつをした。
がんばってパーの敬礼でおはようと返すといつもおきまりの挨拶批判が始まった。
「やっぱもう少し元気出したほうがいいし、手はもう少し上で角度をつけてさ」
少々やかましいこの人は羽子うみといい私の数少ない友達である。
彼女に今日のイベントを聞こうかと思った矢先、鞄から何かを取り出し、口に頬張り、リスみたいにいっぱいにしてもごもごしながら「一個いる?」と聞いてきた。きっと。
答えを待つ前にビスケットを私の手に握らさられる。
「腹減ってないん? それでも食べてね! おいしいから」
朝飯はヨーグルトで済ませる経済的な女子高生である私は、あさから元気に間食といううみの文化に馴染めそうにない…だが、受け取ったビスケットは確かにおいしかった。この味は当分忘れられない。
「よし、確かに食べたな? じゃあ私の運が悪くなければ、休み時間にちょっと用事をいいかな? 弁当時ね」
「りょうかい。…運が良ければ」
わたしとうみのクラスは別で、しかも下駄箱からアクセスできる二つの廊下を別に進む必要があるので一緒に登校したとしてもすぐに分かれることになる。
その別れ際、私はなんとなく彼女の姿をよく見てみた。押しが強すぎて距離感がわからなくなるほどの性格からは少し反するかなとも思うが髪の毛は真っ黒で、それをわざわざ三つ編みにしてポニーテールにしている。
そのおかげで耳回りはすっきりしていて、そこからは活発な印象を受けるが、顔の作りを含めて俯瞰すると利発な子が無理をしているようにも見える。昔は眼鏡をかけていたはずで、【がり勉眼鏡】と呼ばれていたこともあった。
事実彼女はとても賢くて、私が24時間をつかっても解けない謎をさも最初から知っていたかのように教えてくれることもある。
中学生の時から友達を続けているが、私の秘密にはまだ気づいていない。
それは私が無口で、面白くないやつだからかもしれないけど。趣味もあっていないし。
うだうだと授業を受けて、昼休みを迎えた。うみの用事とはいったいなんなのだろうか。見当もつかない。