8 奥井くんの対抗心が謎
◇
「君が僕よりも……!!」
そっと顔を出して覗いてみると、どこか見覚えのある人物が奥井くんと向かい合っているのが見えた。あれって……もしかして……。
「君が僕よりも彼女を愛しているとは到底思えない!! 君には重いはずだ。彼女の容姿、美貌、そしてあのかぐわしき香りが! そう……等しく釣り合いが取れるのは僕だけ。彼女は僕にこそ相応しい!!」
いつぞやの変態だ……。
変態が奥井くんに剣幕を立てて何やら必死に迫っている。
たぶんだけど、奥井くんはこの人に手招きみたいな感じで呼ばれたんだと思う。考えてみると、奥井くんの何かに気付いたような「あっ……」がいかにもそれっぽい。
それで奥井くんは私に気付かせないように、これからバイトなのに、下手くそな演技までして一人で向かってくれたんだ……。
「ーーわかるか!?」
この場所からは遠すぎて、さっきから要所要所でしか聞こえない。ただあの剣幕と勢いからして、たぶん別れろ的な話だとは思った。
欠片も潔くない変態なだけに、少し奥井くんが心配。もうちょっと近付いて聞き耳を立てる。
「愛とはなんだ!? それは相手に与えるもの、すなわち僕のことだ!! 恋とはなんだ!? それは相手から与えられるもの、すなわち君を指す!! わかるか!? 僕は彼女を愛している! 君は彼女に恋しているだけだ!!」
奥井くんの肩を揺らしながら、変態はさっきよりも大きな声でよくわからない主張を繰り返す。まぁごもっともに聞こえなくもないけど、その愛が嫌だって言ってるこっちの言い分も聞けって感じ。
「お、お前がなんと言おうが、お……俺が水谷さんの彼氏だ!」
時間がないはずなのに、奥井くんは一向に引き下がろうとしない。むしろ眉間にシワを寄せて変態に食い下がる。
「言うじゃないか。では聞こう。君は彼女のどこをどう愛している?」
「ど、どこを……どうって……」
うん、そりゃそう。
「僕は彼女の全てを愛している。彼女の匂いを袋に詰めて、一日中それで息をしたいくらい愛している」
やっぱアホだこの人。もう顔も見たくないって思ってたけど、でもこのままじゃ変態が奥井くんに移る。私は隠れるのを止めて慌てて飛び出した。
「た、大したことないって、そんなの! 俺なんか一日どころか年中したいと思ってる!!」
……もう移ってた。しかも微妙に上を行きたがるその対抗心、何?
「言うじゃないか。だが僕の愛はこんなものじゃないぞ。僕は彼女が一日<ピーー>したTシャツや下着を<ピーー>して<ピーー>したいほど愛しい」
「お、俺は!!! 水谷さんの<ピーー>を想像して毎日<ピーー>してるっ!!!」
私は登場する間もなく引き返した。
もう一層のこと、二人仲良く捕まればいい。
「僕は彼女を愛しているんだぁぁ!! 頼む!! 僕の愛をわかってくれ! お願いだぁぁ!!!」
一際大きな声で変態Aが変態Bの膝元に泣きついた。いや……待って、お願い!?
すごい嫌な予感がした。だって奥井くん、お願いごとにすっごい弱い。付き合う前、クラスで皆のお願いごとを聞きまくってたこともあったし……。
「だ、駄目だって、今は俺が彼氏役なんだ……!」
あっ、馬鹿!
「か、彼氏役!? 彼氏役とはどういうことだ!?」
奥井くんは嘘もつけない。このままだとヤバいかも……と、思う次の瞬間には体が反応して駆け出していた。
「か、か彼氏役は、彼氏役だ……!! で、でも、君が言う通り、俺には釣り合わない、と思う……。正直、水谷さんの彼氏を上手くやっていける自信もない……」
「そ、そうか。本当に、いいのかい……?」
よくないから! 待ってよ!
「俺が上手く彼氏役できなくて近い内にフラれたら、君に教える……。でもその代わり!! それまで付き纏うのはなしにしてくれ! 水谷さん、すごい不安がってたんだ……。君、水谷さんのこと好きなんだろ!? だったら我慢してくれ!!」
「……よし、僕も男だ。その約束、しかと受け止め…………あっ!!」
「ん? うわあああああああああ!!!」
期限1ヶ月……。
自分から言い出したことなのに、わがままかも知れないけど、なんかそれを前提に喋られるのってすごい嫌……。
奥井くんが優しいのはわかってる。はっきり言って今の言葉も嬉しいって思った。けど……なんかむかつく。
「自信ないんだ?」
「み、みず……水、水……っ!?」
「持ってない」
「い、いいいつ、いつから!?」
「……知らない」
私はそれだけ言い残して、変態二人の前から立ち去った。