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7 奥井くんの優しい魔法



「お、おお……お、おは……」


 下駄箱で偶然すれ違った奥井くんに、私は思わず顔を逸らした。


「……おはよ」


 サラっと挨拶だけして、かなり足早にその場を立ち去る。

 ……なんかめちゃくちゃ気まずい。本当なら私の方から何か言わなくちゃいけないはずなのに、奥井くんの顔すら見ることができなかった。


 「昨日、断ってくれてありがとう」って、思ってないわけじゃないけど、どちらと言えば「ごめん」って気持ちの方が強い。でも結局、どっちの言葉も出ず、素っ気ない態度だけを残し、私は様々な感情に蓋をしてその場を立ち去った。逃げるように、あえて距離を取るように。



 授業中や休み時間、奥井くんに向いてしまう視線を必死に食い止めた。

 原因は後ろめたさ、罪悪感……だけじゃないような気もする昨日隠したいと思ったあの嬉しさ。ただ私は、なんだか自分のことばかり考えていて大事な部分が見えていなかった。

 それに気が付いたのは昼休み、食堂で友達に言われた言葉がきっかけ。



「ねぇ、奥井くんとなんかあったでしょ? ……喧嘩したとか!」


 そう、期限付きなのはあくまで私と奥井くんの中だけで、周りからすれば普通の彼氏と彼女。だからちょっとした距離感でも、周りにはそういう印象を与えてしまいかねないとここで初めて気が付いた。


 これでまた変な噂が流れれば、それこそ告白を断ってまでこの関係を続けてくれた奥井くんに申しわけが立たない。 そう思ったから、私は昼食を早々に切り上げて奥井くんのところへ向かった。



「お、奥井くん……?」


 手遅れだった。奥井くん、すでにこの世の終わりみたいな顔してる。

 教室の窓際で頭を抱えながら俯く奥井くんは、パッと見、いつその身を投げ出してもおかしくないような雰囲気に包まれていた。

 どうしよう。いきなり声を掛けたらその反動で窓から落ちてしまうかも知れない。でも、このまま引き返したら意味がない。そう思い、ひとまず声を掛けずにそっーと近付いてみた。


「今日もバイトだ……。駄目だ、一緒に帰れない……」


 なんか独り言を呟いてる。

 この距離でも気付かないし、もう少し寄ってみる。


「もう今後は帰れないのかも知れない……。

今朝のあの感じ……間違いなく怒ってた。

俺の彼氏役がなんの役にも立ってないから……!?

そうだ……俺が悪いんだ……。

俺が水谷さんに釣り合うわけなかった……。

あぁ……My天使、先立つ不幸をお許し下さい」


 独り言じゃなくて遺言だった。

 奥井くんってこんなネガティブだったっけ?


「駄目」


「えっ……うわああああああああ!!!」


「そんなことしたら一緒に帰れないじゃん」


「み、みみ、水……み、水……水ッ!?」


「えっ、水? う~ん……はい」


 なんでこのタイミングで水を要求されたのかわからないけど、とりあえず飲みかけのミルクティーを口から離して手渡そうとした。


「えっ……うわああああああああ!!!」


 何? さっきから。

 ひょっとして私のこと嫌い?


 奥井くんは二度の驚きでそのまま後ろへひっくり返った。でもこれで一安心。これで窓から落ちることはなくなった。


「水、水谷さんッッ!? な、なんでここに……!?」


「えっ……あー、奥井くん、今日もバイトかなって思って」


 違う、ごめんって言いにきた。


「バ……バイト……です……」


 また沈んだ。でもチャンス。


「……バイトでもさ、途中までなら方向一緒だし、帰ろ?」


 あっ……。


「えっ、い、いいの……?」


「いいのっていうか私からできるだけ一緒に帰ろうって言ったじゃん。言ったのに昨日はバイトだから帰れないねって言っちゃって……。ほんと、ごめん……」


 ずるい。言葉を差し替えて「ごめん」って……。もう、最悪……。


「だ、だだだ、大丈夫!! ぜんっっぜん大丈夫!!」


「えと……」


「だだ、大丈夫!! 大丈夫!!!」


 奥井くんの、頷きながら止めどなく溢れる「大丈夫」って言葉が、まるで魔法のように私の表情をどんどん和らげてくれた。

 途中からよく意味がわからなくなってきたけど、私はこれも奥井くんの優しさの一つなんだって学ぶ。奥井くん、ありがと。






「あっ……」


「……何?」


 帰宅途中、奥井くんから出た初めての言葉は、一瞬、驚きが混ざったような声に感じた。


「あ……い、いや……」


 奥井くんって、私といるときほとんど自分から喋らないから、なんかあったのかなって思った。思ったのに下手な演技で隠そうとするから、わざと顔を覗き込む。早く言ってよって意味で。


「ほ、ほんとに、なんでも……なくて……。あっ、俺、バ……バイトだからさ! じゃあここで!」


 演技苦手にもほどがある下手くそさ。じゃあここでってどこで? 駅にすら着いてないけど。

 なんか急ぎの用事でも思い出したのかなってあまり気にせずに歩き始めようとするけど、ダメだ、ずっごい気になる。

 私は奥井くんが走って行った方向へこっそりと着いて行った。


 そこで目にしたのは、めちゃくちゃ悩ましい顔で話を聞く奥井くんの姿と、怪しい人影……。


 私は、建物の影からこっそりと覗くことにした。

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