6 奥井駿太、決断のとき!
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動揺は顕著だった。
グラスの破片を集めるときに手を切り、勢いよく持ち上げた頭がテーブルの角にぶち当たり、どちらの「痛っ!」かわからない情けない声が、店内の視線を集めて羞恥心にぶっ刺さる。
いや、我ながら顕著すぎる件……。
笑う清水さんとは対照的に、俺の表情はピクリともせず、頭の中は真っ白になった。
こ、こく、告白……!?
な、なんで!?
確かに恋話だったけど、いきなり!?
嬉しさよりも途惑いと驚きに吹き荒れる。
彼女とはバイト仲間であり、プライベートの付き合いなどは全くない。仕事場だけの付き合いで、高校入学時から数えると間もなく1年。
よく働き、誰とでも仲良くできる社交性と協調性の持ち主であり、最大の特徴はなんと言っても、男なら誰でも目がいくおっぱ……メガ盛り。
「もう、なにやってんの? ほら、座って!」
頭をぶつけた際に跳ねた、グラスの水を拭き取る彼女の姿、その前屈みがどうしようもなくヤバい。
ソフトボールとハンドボールの大きさ、ちょうどその中間地点を彷徨う二つのメガ盛り。
「大丈夫? けっこう深く切っちゃった?」
俺も一緒に彷徨いたい……じゃなくて!!!
「ねぇ、さっきの話、どうかな……?」
冷静になれ……!
落ちつくんだ奥井駿太!
お前には彼女がいるだろ!!
水谷結衣という名の彼女が!!
いや……水谷さんは彼女じゃない!
俺はただ彼女の彼氏役なだけだ!!
ち、違うだろ奥井駿太!!
例え1ヶ月で終わる儚き恋だとしても!!
一度引き受けた役を反故にするつもりか!?
いや……!!
目の前のメガ盛り……彼女は!!
期限のない本物の彼女にすることができる!!
男の夢が詰まったメガ……彼女を無視するのか!?
さあ、決断しろ、奥井駿太!!!
「ねぇ、大丈夫……?」
水谷さん、水谷結衣さん……!
俺は、俺はあああああぁぁ!!!
「前からさ、奥井くんのこといいなぁって思ってたんだよね。優しいし、ちょっとおっちょこちょいだけど気が利くしさ」
「おお、おお……!!」
「えっ?」
「俺にはぁぁ!! か、かの、彼女がっ!!」
「あ……先着いたんだ?」
「い、い……いるっ!! ご、めん……!」
「いいって、謝んなくさ! 友達に愚痴ってスッキリするし~! ……てかなんで泣いてんの?」
「……メ、メガ盛り……が……」
「ん? ポテト? いいよ、頼んであげる!」
……自分でもよくわからない。なんで本物の恋よりも期限付きの恋を選んだのか。たぶん、これが俺の人生で唯一のチャンスだったかも知れない。大袈裟じゃなく、草食系男子の日常はそれほど過酷なものであり、女子の存在などマジ皆無。
でも、ここで自分の喜びを優先させたら、水谷さんはまたあの男に付き纏われるかもしれない。偽善かも知れないが、俺は自分の喜びより人を悲しませる後悔の方が頭に残って離れない。
涙味のポテトを頬張りながら、「こ、後悔するよりマジだ!」と言い聞かせて鼻水をすすった。
「ケチャップとか付けないの? 味なくない?」
涙か鼻水か、塩の味がする……。
◇
「うそ……」
友達からのLINEに思わずそうこぼれ落ちた。
「ほんとに付き合ってたんだ?」と、何気ない会話の出だし。そこから続いた会話の中で、友達の知り合いの清水加奈って娘が、同じアルバイト先の奥井くんに今日、告白したらしい。
ただ、私の驚きはそこじゃない。奥井くん、彼女がいるからって断ったって……。
実は変態と遭遇したあのとき、私が落としたアクセサリーを届けにきてくれた奥井くんにちょっとドキッとした。
後ろを歩いていた理由とか、ありがとうって言いたいのにずっと気を遣ってくれるところとか、噂で聞いていた奥井くんの優しさを直に感じた。
だから思った。これ以上、甘えちゃいけないって。すごく考えて期限を設けたつもりだった。奥井くんを縛りつけないために。
でも奥井くんは断った。女の子の告白を断ってまで私との彼氏役を選んでくれた。
絶え間なく沸き出る罪悪感の隙間から、誰にも言えない、言いたくない感情がそっとこの胸をノックする。
……嬉しかったり、するかもって……。