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5 奥井駿太、期限付きの彼氏役



「彼氏の奥井駿太くんーー」



 昨日から朝にかけて、既に2000回は頭の中でリピートされている水谷さんのあの声。離れないあの言葉。未だに残り香を放つあの匂い。(←気のせい)

 

 一緒に喋っていた奴はたぶん水谷さんが言っていた付き纏い男だろう。あの状況からすればそう思うのが自然だが、それにしてもかなりのイケメンだった。


 もしかして、あっちが本命とかじゃないよな……?

 もしくは元彼とか……!?

 別れる口実のために俺を彼氏として紹介した……?

 そうなのか!?

 俺は弄ばれている!?

 いや……思い出せ!

 彼女が言ったあの言葉を!

 彼女が放ったあの香りを!!

 右手に残ったあの感触を!!!

 なんのために2000回もリピートしたと思ってる!

 右手を洗わず風呂に入った努力を無駄にする気か!

 しっかりしろ奥井駿太!!



「駿太、おはよ! 昨日あれからどうだったよ?」


 校門の前でクラスメイトがニヤニヤしながら近付いてきた。慌てて妄想を掻き消す俺。


「どうって……、一緒に帰っただけ……」


「……だよな、駿太だもんな」


 それはどういう意味?

 そのときは聞き返さなかったが、教室に上がってからも皆から同じような質問をされ、同じような反応をされた。だが、昨日とは明らかに違う点が一つある。


「マジで付き合ってんのか!?」


「……うん」


 そう、昨日は当の本人である俺すら噂の渦中にいたため濁していたが、今は違う。堂々と言える。


 俺こそが! あの水谷結衣の彼氏であると!


 その後、俺が認めたことにより噂は真実へと姿を変え、校内では爆発的に水谷さんとの話題が広がった。そして誰もが口にした。「どう考えても不釣り合い」だと。


 確かに。悲しいかな、自分でもそう思う。

 しかし今に見てろ!

 俺は必ずや水谷さんに見合う男になってやる!!



「奥井くん、ちょっときて」


 自分の席で渾身の決意を固めているとき不意に肩を叩かれた。振り返るまでもなく俺は察する。この声、この感触、My天使。

 昨日とは違い、クラスメイトの視線を優越感として捉える俺は、昨日とは違い、軽い足取りで彼女を追い掛けた。


「そろそろ名前で呼んだらどうだ、結衣」

「……駿太、くん……」

「結衣、愛してるぜ」

「あっ、ずるい、私が先に言いたかったのに。でも、ありがと……」


 ぬぅふふふー!! 


 うはははーっ!!


 こんな展開だったらどうしよぉぉぉ!!

 

 ためらいもなく、俺は気分最高潮のまま屋上の扉を開けた。





「……い、今……なん、て……?」


「ずっと彼氏役お願いするの、悪いから……」


「き、きき、期限……付き?」


「……1ヶ月」


 前置きも予兆も何もなかった。

 水谷さんは昨日と同様、ばつの悪い顔で俺を迎えたかと思うと、突然、俺との関係に期限を設けたいと提案してきた。最高潮だったはずの俺の気分が一瞬の内に干上がる。……ちょっとナレーション、タイム。



 ぬうおおおおおおおおおぉぉォォォォっっっ!!!

 なぜだああああああああああああああああ!!!!

 謎すぎるっ!! 

 状況が全くわからん!!

 なんで!? なんで1ヶ月なんだ!?

 昨日俺、何かしたのか!?

 落ちつけ、今はガチで落ちつけ奥井駿太!!!!

 昨日、屋上に呼ばれたときは匂いを嗅いだだけだ!

 授業中はほのかに香る匂いを楽しんで……!

 帰りもその匂いに釣られて後ろを歩き……!

 彼氏と紹介されたときは、あまりの近さといい匂いに気絶しただけ!! 


 なぜなんだああああああああああああああ!!!!


「ごめんね、わがままばっか言って……」


 もうこの際、わがままなんていくらでも言ってくれてかまわない。その代わり、わけを聞かせてほしい。

 恥ずかしいなんて言ってられない、俺は水谷さんの目をじっと見つめて訴えかけた。


「奥井くん、今日バイトだったよね?」


 そ、そうですけど……?


「じゃあ、今日は一緒に帰れないね」 


 それだけを言い残し、水谷さんは固まる俺の横をスルリと通り抜け屋上をあとした。

 置いてけぼり感しかない俺はそのまま立ち尽くし、HRのチャイムが鳴ったあとも一人屋上で空を見上げた。






 よくよく考えてみると、当たり前のことだった。

 (ガチャンッ!)

 あの水谷結衣が、俺のことを好きなはずがない。

 (パリンッ!)

 ストーカーから逃れるための、ただの手段……。

 (ガラガラガッシャーン!!)

 俺は彼氏じゃなく、ただの彼氏役でしかない……。

 (パリ……)


「待てや駿太!! お前、何枚皿割る気だぁぁ!!」


 バイト先のカフェ、その洗い場で店長にどやされる。しかし今の俺にはシンクを流れ落ちる用済みの水程度にしか聞こえない。

 洗い場を追い出された俺はホールへと駆り出されるも、ここでもオーダーミスの連続をやらかし、やっと訪れた休憩時間に一人大きな溜息をついていた。


「奥井くん、ちょっと今日どうしたの? 給料、全部落としたような顔してるけど……」


 溜息をつき続ける俺の前に学校の違う同い年のアルバイト、清水加奈がドリンク片手にやってきた。


 給料? 悪いがそれどころの話じゃない。

 あと飲み物ありがとう。

 溜息でお礼を告げ、会釈交えに受け取った。


「よし! モテない奥井くんのためだ! 終わったら加奈がご飯付き合ってあげましょ!」


「……いや、今日は……」


「なんでぇ? いいじゃん、ちょっとくらい」


「なんかあった……?」


「大事な話があるの、お願い」


 いや、何? そのマジ顔。


 というか、これは俺の性格的なものなんだろうけど、男であれ女であれ、どうにも人からのお願いごとに弱い。承諾したときに共通する嬉しそうな顔を見るのが好きってのもあるが、どちらかというと、断ったときの罪悪感がどうしようもなく嫌い。

 自分の体調や気分にもよるが、できる限り、お願いされたら聞こうと心構えている。


「うん……わかった」


 バイトを終えた俺は、清水さんと近くのカフェに立ち寄った。雑談中はほぼ上の空だったけど、話が恋愛系の方向に進むに連れて清水さんの雰囲気が変わっていくのがわかった。


「奥井くんってさ、彼女いるの?」


 うそん……。

 ここにきて人の心をえぐるようなこと言うか?

 今朝までだったら鼻を高々に「My天使・水谷結衣」と豪語したことだろう。今は口に出す気も起こらない。俺はただの彼氏役。どうせあと1ヶ月の恋……。


「いないんだったらさ……彼女にしてほしい……」



(ガチャン!!)


 俺は違う店でもグラスを割った。

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