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4 下校途中、現れた変態と彼氏



「話し、違わない?」


 とりあえず思ったことは全て飲み込んで、「潔く諦める」と言ったこの人のそこだけを突くように端的に言う。


「違わないさ、君は嘘をついた。友達に聞いたよ? 皆、口を揃えて『あり得ない』だってさ」


「勝手に決めつけないで。それと前にも言ったけど、あなたには関係ない」


「僕は君を愛している。僕だけが君を幸せにすることができる。君は僕の愛する人だ、関係ないはずがない」


「……そっちのほうがあり得ないんだけど」


「嘘は何かを隠したい心理からくるものだろ? 何を隠したかったんだい? 僕にはわかる、照れだろ? 恥ずかしがらなくていい、心を開いてくれ。あぁ……!まさに照れ隠し!」


 アホだ。そして何より変態すぎて気持ち悪い。

 でも、これではっきりした。友人を使って噂を広めたのは間違いなくこの人だ。

 確かに、奥井くんの名前を出してしまったのは自分が悪い。でも、嘘か本当かを確かめるためだけにそれを拡散するなんてタチが悪い。なんか少しイライラしてきた。


「ただ僕も人伝いの情報だからね、君が言ったことの全部が嘘だとも思っていない。もしかしたら僕以外に気になる人がいる、なんてことがあるかも知れない」


 私の『気になる人』を自分である前提で喋る変態。

 あり得ないってさっきから言ってるのになんでこんなにポジティブなんだろ、この人。


「もし! もし仮に本当に君に彼氏がいるのだとしたら、何か証拠を見せてはもらえないだろうか?」


 変態が何か言ってる。

 証拠? 彼氏の証拠って何?

 本当はスルーしたい気持ちでいっぱいだけど、この人を振り切れるだけの脚力も口実もない。少し黙って考えていると、変態は続けて提案してきた。


「例えば彼氏を僕の目の前に連れてくるとか。いや、それだと誰でもいいか……。君ほどの容姿だ、代替えなどいくらでもきく」


 電話することはできるけど、ついさっき別れたばかりで奥井くんは電車に乗ってしまった。わざわざ呼び戻すなんて気が引けるし、こんな変態のためにきてもらうなんて最悪すぎる。


「目の前でキスをするのはどうだ……? いや、それは僕が堪えられない。交代でさせてくれるのならアリっちゃアリだが、できるなら僕一人でしたいし……」


 私は歩き出した。こんな変態に付き合っていても時間の無駄。幸い、家の近くには交番があるし、最悪、もしついてこられたら助けを求めればいい。とりあえず今は顔も見たくない、私はぶつぶつと独り言のように変態語を繰り返すこの人の横をスッと通り抜けた。


「えっ……」


 抜き去った瞬間、前方約5メートルのところに彼が立っていた。おどおどしながら硬直し、すごい綺麗な姿勢で直立している。


「奥井くん……?」


 私は思わず近付いた。目は合わせてくれないけど、何か用事があるのかなって思うような雰囲気だ。


 変態もこっちを見ている。背中にゾッとするような視線が突き刺さるから間違いない。でも今はどうでもいい。そんなことよりも奥井くんだ。彼はさっき電車に乗ったはずなのにどうしてここにいるの? わざわざ一つ目の駅で降りて追い掛けてきた?

 少し混乱気味で、なんて声を掛けたらいいのか距離を詰めながらも迷った。


「こ、ここ、これ……落ち、落ちて……」


 奥井くんはすごいぷるぷるしながら何かを差し出した。どこか見覚えのあるアクセサリー。

 あれ? これ私のだ。私の鞄につけてたやつ……。

 不思議に思いながらも受け取り、奥井くんの顔を見上げた。……めっちゃ頑張って何かを喋ろうとしてる。


「ご、ごめ、ん……帰ってる、とき、ずっと落ちそうで、見張ってたんだけど……言えなくて、そのまま落ちちゃって……」


 あっ……。もしかして、だからずっと背後霊みたいに後ろを歩いてた? 私のアクセサリーが落ちないように? 


「言え、なく……て、ごめん」


 奥井くんはもう一回、謝った。何も悪いことなんてしていないのに。むしろごめんは私なのに。

 ありがとうのタイミングを奪われた気分だけど、それはまた今度言おう。いつでも言える、彼氏だから。


 奥井くんのことだから、たぶん届けることさえかなり迷ったと思う。しかもそれがきてほしいドンピシャのタイミングだったからちょっと嬉しかった。


 恥ずかしさはあったけど、私は奥井くんの手を握って振り返った。


「彼氏の奥井駿太くん。ーーもう付き纏わないで」


 変態にはっきりと告げ、堂々と見せつけてやった。


「うう、うう嘘だあああ!! 通りすがりだああ!」


 お願い、ここで首だけは振らないで。そう願いながら奥井くんの顔を見上げた。


「お、おお、俺は! へ、へいっ、平常心、です!」


 いや……だから、平常心って何?

 質問する間もなく、奥井くんは赤面しすぎて今にも後ろに倒れそうだった。だから慌てて腕を回して受け止めた。変態は見るに堪えかねたのだろう、最後まで「嘘だあああ!!」と発狂しながら、どこかへと走り去って行った。


 とりあえず奥井くん、しっかりして。こんなところで倒れられる私の身にもなってよ。そう思いながらしゃがみ込んで体を揺するが、奥井くん、ひっくり返ったままひたすら硬直状態。口元は「俺、彼氏……」を繰り返すちょっと変わった男子だけど、でもやっぱり奥井くんは優しい、改めてそう感じた。

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