13 期限付き交際の結末は
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翌週の日曜日ーー
午前中のバイトを終わらせてからダッシュで帰宅した俺は、飯も食わずにバタバタと忙しなく準備に取りかかる。何せ午後からは水谷さんと2回目のデートだ。時間はギリギリだったが、何がなんでも遅れるわけにはいかないと躍起になっていた。
待ち合わせ場所は前回と同じくあの駅前。速攻で準備を済ませた俺は、慌ただしく家を飛び出した。
「ご、ごめん! 待った!?」
「……そんなに慌てなくていいのに」
いつも通りの彼女。しかしその頭には、先週、俺が手渡した白の帽子が被られていた。
正直、めちゃくちゃ似合ってる。俺には経験なんてないけど、手渡した物を身に付けてくれるこういうときの嬉しさって、たぶん、本当の彼氏が味わう気分なんだろうな。
買い物をして、カフェに寄って、緊張感もあったけど本当に楽しい時間を過ごした。こんなに喜怒哀楽に包まれた水谷さんを目にしたの初めてで、普段クールな彼女がようやく仮面を脱いでくれたことに俺はひっそりと達成感を味わう。
やっぱりあのとき、欲望を掻き消して身を引いて良かったって。
あのまま自分の勘違いで浮き沈みを繰り返していたら、きっと今頃、水谷さんの彼氏役はできていない気がする。あの日から今日まで徹することができたのは、本当に水谷さんのことが好きだとわかったからだ。好きな娘のために、自分の役目をしっかりこなそうって思えた。
俺は水谷さんの彼氏役を思い返すように、駅前から二人並んで帰り道を歩いた。
いよいよ明日から最後の週。あと少しで水谷さんの彼氏役の期限がくる。あたふたしてた始めの1週間を除けば、期限の1ヶ月は想像以上に早かった。
やっと落ち着いて話せるようになって、皆からの視線も収まって、まだ若干緊張もするけど、やっと彼氏役っぽく振る舞えるようになってきたのにもう期限。
しかし考えてみると、最初のきっかけはただの口実。ストーカーから身を守るための咄嗟の嘘だった。
その中で、偶然選ばれたのが俺だったというだけの話。目的は既に達成されている。本当は延期してほしいけど、今ではもうしっかりと自覚できているからそれは口にしない。俺は役だけで十分だと。
「あのさ」
水谷さんが急に足を止めた。
時刻は夕方だが季節のためか日没は早い。駅前を過ぎて、彼女を家まで送ろうと歩いていたときのことだった。
「今週でしょ? 1ヶ月って」
「うん……」
そう言えば水谷さんも帰り道はやけに口数が少なかった。俺と同じようにこの1ヶ月を振り返ってたのかな? まさかな。
「ありがと。……なんか面と向かってお礼言うの初めてだけど、楽しかったね」
「うん、楽しかった。ありがとう」
言うなよ? 俺。
間違っても『延期』は口にするな。
いや、もう大丈夫だ。この1ヶ月でかなり自分をコントロールする術も身に付いた。今更足掻いたり、取り乱したりすることはない。
少しの沈黙から、たぶんお礼を言いたかっただけだと察した。もう結構暗いし、先に歩き始めようとする。
「あのさ」
えっ? まだ何かあった?
っていうか何? この重苦しい感じ。
嫌な予感しかしないんだけど。
「……今日で終わりにしよっか」
突然だった。
うっそ!?
あー……マジか……。
なんか雰囲気おかしいって思った。
期限は今週なのに、ここにきてまさかの短縮。
はぁ……。そりゃ前までみたいに、うわぁぁぁぁぁ!!とはならないけど、なんか普通にショック。そんないきなり短縮しなくてもどうせ今週中なのに……。
まぁでも仕方ない、か。
さっきも思ったが、水谷さんの彼氏としての俺の役目は既に終っている。噂も完全に沈静化、ストーカーももういない。これ以上、続ける意味はないってことだろうな。
悲しい現実を受け入れようとすると、途端に肩の力が抜けてきた。
「……彼氏役のことでいいんだよね?」
「ごめんね。でも、もう演じてくれないくて大丈夫だから」
「……わかった」
さらば青春の1ページ!
ありがとう1ヶ月の恋!
君の彼氏役は最高でした! by奥井駿太
◇
息を飲む……。
奥井くんの潔すぎる返事がちょっと気になったけど、ごめん、今は自分のことで精一杯。
言葉の通り、もう期限付きの彼氏はいらない。奥井くんのお陰で状況は改善されたから。
何も期限一杯にまで引き延ばさなくたっていいんだ。こんな形で奥井くんのことを縛り付けるのは、もう……なし。
「好き」
「……え」
「奥井くんが好き。今度は期限無しの彼氏、お願いしてもいい?」
「お、おお……おお!!」
あれ?
このごもりっぷり、戻っちゃった?
「俺も!! 俺もずっと好きでしたぁぁぁ!!」
こうして私たちの期限付き交際は期限を待たずに破局(?)した。
今、私の前の泣きっ面の彼は。
周りの迷惑も顧みず、「ありがとぉぉ!!」って叫ぶ目の前の彼は、クラスメイトの奥井駿太くん。
変態で、ちょっと陰キャラな彼だけど、誰よりも優しい、私の彼氏ーー
拙く、短い作品ではありましたが、最後まで読んで下さりありがとうございました。




