12 初デートはハッピーエンド
◇
あっ……やっぱりいた。
いつも下校のときにバイバイする駅前、頻りに時間を気にするソワソワしっぱなしの奥井くん。なんかそういうとこ真面目そうだし、無駄に待たせるのは悪いなって思ったから、待ち合わせの時間までまだ少し残ってたけど小走りで駆け寄ってみる。
ん?
「おっ!おおぉぉぉぉ!! ……おはよ!」
えーと、何?
「今日は、どちらまで!?」
奥井くん、いつからタクシーの運転手になったの? それと、さっきからそのタイキック食らったみたいな顔やめてほしい。
「今日ごめんね、付き合わせちゃって」
「うぅぅ……! 大丈夫……!」
えーと、大丈夫?
「今日はバイトもないし、全然平気だから」
さっきから急に険しくなったり悲しんだり、普通に戻ったりと忙しいそうな奥井くん。あれ……なんか服装おかしかったかな? それとも私服が初めてだから?
聞きたいけど、聞かない。
「い、行こう、水谷さん!」
ここ最近の奥井くん、ちょっと変わった。あれ?って思ったのは先週のはじめくらいで、なんか急に滑舌が良くなった。
付き合いたての週なんか不審者みたいにごもりまくってて変態だったのに、熱を出して休んだ日くらいからちょっと変。「君の目線が」とか「好き」とか、普段だったら思ってても絶対口に出さないタイプなのに、あの日はすごい饒舌だった。
まぁあれはあれで、アリっちゃアリだけど。
今日、奥井くんに付き合ってもらうと思ったきっかけは、先週の日曜日のこと。一人で買い物中に知り合いと出くわして、当然ながらこう突っ込まれた。
「なんでぇ? 彼氏かわいそうじゃん!」
まぁ……そりゃそうだよねって話し。
奥井くんに彼氏になってもらって早2週間。まだちらほら他校生徒の知り合いからは彼氏の有無を聞かれたりはするけど、自分の学校ではほとんど噂されることはなくなった。
で、「かわいそうじゃん!」の流れ。この流れから想像できることは、また変な噂が立つ恐れがあるということ。その可能性を恐れた私は、またまた自分都合で奥井くんに付き合ってもらっている。でも、なんか前よりごめんって気持ちは薄い……。
「あっ」
おっと。思わず口を塞ぐ。
奥井くんをチラ見する。大丈夫、いつも通り挙動不審。
前から欲しくて悩んでた帽子を発見した。何に悩んでるのかと言えば、どっちしようかこの二つ。何回か交互に被ってみて、気に入った方を買おうと思ってたんだけど……んー悩む。
さりげなく、交互に被った帽子を見せて反応を見てみる。バレないように。いや……駄目だ、すっごいキョロキョロしてる。緊張からかな? もしかして、これが初デートだったりして。
自分の好きじゃないとこ、優柔不断なとこ。
結局どっちにしようか決めかねて、どちらも購入しないまま店をあとした。
「あれ? 奥井くんじゃん!」
「あれ……清水さん?」
店を出てすぐのところで、奥井くんが誰かに声を掛けられた。……あっ。
奥井くんから一言の説明も受けていないこの一瞬で、私の脳裏にはあの日知り合いから届いたLINEがフラッシュバックされた。
清水可奈ーー確か奥井くんとバイト先が一緒の娘で、奥井くんに告白した人。
奥井くん……この人からの告白を断ったの?って、ちょっと心の中でびっくりしてみる。だって普通に可愛いし、私より、全然大きい……。奥井くんって結構モテる系?
「あっ、清水さん、俺の……彼女です」
えっ、いきなり!?
「清水可奈です。奥井くんと同じバイト先の。沙希の友達なんだよね?」
沙希……LINEで奥井くんが告白を受けたことを知らせてくれた友達。そっか、この人も沙希の友達だったんだ。
合点がいき、勝手に一人で納得した。
「うん、清水さんでしょ? 私も知ってる。水谷結衣です」
普通に返答した。すごい明るくていかにも女子っぽい人だなって印象。
バイトのシフトの話しがあると言って、二人で長々と喋り始めた。別にいい。全然構わない。最初の10分くらいは気持ち的にも穏やかだったのに、いつの間にか買う気もない服を見たり、二人のことをチラ見する頻度が多くなっている自分に気付いたとき、少しずつイライラし始めた。口には出さないけど。
そしてもうしばらく経った。
二人? 知らない。
私は一人で駅の前を通過する。もういい。ずっと喋ってればいい。どうせなんかお願い事されて、今日は無理だと必死に断ってるような展開なんだろうけど、知らない。長すぎ。
私の初デートは途中下車に終わった。
◇
帰宅途中、奥井くんから何回もLINEがあった。
今どこ!?
↓
すごい心配!!
↓
すぐ行く!!
↓
誘拐犯の特徴は!?
このまま放っておいたら明日には学校で違う噂が流れそうだったから、一言だけ返信する。
「ごめん、体調悪くなったから」
何、このプライド……。ほんとに、こういう自分って好きになれない。溜息をこぼしてそのまま布団に身を投げ込んだ。
いつの間にか夕方。しばらく放置してあった携帯を手に取ると、奥井くんがどれだけ心配していたのかと思うほどの数の未読メッセージが入っていた。
そして今になって、耐え難い罪悪感に見舞われる。自分のちょっとしたイライラで帰ったくせに、少し時間が経って、落ち着いて、心配している奥井くんを見て、今更ひょっこり現れる罪悪感。
都合がいいにもほどがある。
携帯は枕元に置いたまま、近所のコンビニへと向かった。別に何かを買いたかったわけじゃなく、なんとなく、外へ出たい気分だっただけ。
「水谷さん!!」
えっ……。
聞き慣れたその声に呆気に取られた私は、振り向くよりも先に驚きで硬直した。
「水谷さん、大丈夫!?」
まだ振り向けないままの私を後ろから走って追い越して、奥井くんは私の前方を至近距離で塞いだ。
「体調が悪いって……! 熱とかは大丈夫なの!?」
緊張の「き」の字もない、初めて見る真剣な眼差し。手には薬局の袋一杯に詰まった薬の山に、逆に体調がおかしくなりそうなほどの栄養ドリンク。……ほんとに、この人はどこまで優しいんだろう。
「もう、大丈夫。寝たら治ったみたい」
これだけ優しい奥井くんを前にして、ごめんの一つも出ない自分の小ささ。今すぐ目線を逸らしたい。だけど理由はそれだけじゃなくて、いつもはすぐに奥井くんの方から逸らしたりするのに、こんなときに限って目線はまっすぐに私を見る。……ずるいくらい。
「良かった……! あの、これ……」
奥井くんは袋を差し出してきた。薬の山? 栄養ドリンク? だけどどっちも奥井くんの優しさだから、ありがたく受け取っておきたい。そう思って手を出した。
あれ? これって……。
袋に入っていたものは、私がどっちにしようか決めあぐねていた帽子だった。白の方だ……。私は言葉を失った。
「今日、ずっと待たしちゃったから……。これ、迷ってたやつ。お、俺は……こっちの方が、似合うかなって……」
奥井くん、キョロキョロしてたはずなのに私が迷ってたの気付いてたんだ……。
駄目だ、ごめんって言いたいのに、もう普通に嬉しい。私は初めて自然体の笑顔に包まれた。
「ありがと……」




