11 人生初デートの相手は
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「いや、普通に好きになってるんだけど。水谷さんのこと……」
ついに自覚する。そしてこの感情を改めて認識したとき、これがモヤモヤの原因なんだと思わず口から飛び出した。
彼氏ならOK、でも彼氏役にはいらない感情。好きという名の腫瘍。そう、俺は彼氏じゃない。ただの彼氏役。釣り合わないってわかっていたはずなのに、いつの間にか本物の彼氏の感覚になっていた。
馬鹿だった。水谷さんはいつも通り普通だったのに、俺が水谷さんを自分の彼女って思い込んでいたから"彼女の普通"が素っ気なく感じたんだ。
My天使? マジうぬぼれんなって、先週までの自分に言いたい。
自覚しろ。
彼女は高嶺の花。
最高級のキャビア。
決して手の届かない、学校一の美女。
とにかく、この気持ちを抑えるんだ。と、俺は彼氏役に徹するための決意を胸に「よし……」と一歩身を引く覚悟を決めて校門をくぐり抜けた。
「おはよ」
あああああああぁぁぁぁぁぁ!!!
もう開口一番で可愛いぃぃぃ!!!
My……!! いや、違う!
大丈夫だ、落ち着け……!
彼女が可愛いのは今に始まったことじゃない。
そんなことは学校中の誰もが周知している事実。
そうだ、何も取り乱すことはない。
俺は単なる彼氏役。村人Aだ奥井駿太。
「……おはよ」
ほら、普通に言えた。これでいいんだ。もうそれなりに校内では俺と水谷さんのカップル騒動も沈静化してきている。未だに舞い上がっているのは妄想癖の俺くらいなもんだ。
「んん? なんかあった?」
ち、近い……!
廊下に散らばる人目もくれず、これでもかっていうくらい水谷さんは俺の顔を覗き込む。
だ、駄目だ、理性が吹っ飛びそうだ……。思わず顔を逸らした。
「べ、別に、何も……」
「……ふーん」
女性の勘は鋭いと耳にしたことがあるが、いくらなんでも鋭すぎる件。
ドキドキしながら呆気に取られる俺をよそに、水谷さんはそのまま廊下を何事もなかったように歩いて行った。少し罪悪感みたいなものが芽生えたが、これも自重の一つだと自分に言い聞かせて俺も教室へと向かう。
帰り道ーー
世界が違って見える。今までは当事者の俺が誰よりも舞い上がっていたせいで気付かなかったが、いかに水谷さんがとんでもない美女なのか、いかにその彼女と自分が釣り合っていないのか、周囲の視線がはっきりと物語る。
通行人の学生圏はほぼ振り返る。
サラリーマンもチラ見する。
20代のDQN系、口からタバコを落とす。
そんなにっすか? ちょっとその辺の人たちに聞いてみたかったけど、先週には感じなかった周囲の視線が次々に村人Aの心にぶっ刺さる。
ま、そりゃそうだよな……。納得せざるを得なかった。
次の日も、そのまた次の日も、とくに変わったことや進展もなく、淡々とした時間だけが過ぎて行った。期限内に彼女に見合う男になるなんて馬鹿な思い上がりをしていた先週が妙に懐かしい。
もうあの日以来、イケメンストーカーも俺や水谷さんの前に現れることはなくなっていた。もしかするとこのまま、期限の1ヶ月を待たずに彼氏役を終えることだってあるかも知れない。普段通り何気ない会話を口にする水谷さんとの下校中、俺の頭にはそんな考えがよぎったいた。
「ーーが空いてたらでいいんだけど、駄目かな?」
ん、何?
彼氏役のことばかりを考えながら歩いていると不意に質問が飛んできた。ごめん、よく聞こえなかったと、俺は慌てて横を振り向く。
「……もういい」
「ご、ごめん! もう一回言ってよ」
「だから……今度の日曜日、買い物に付き合ってほしいって言ったの!」
マ、マジですか?
学校が休みである土日は、こんなお誘いでもなければ基本的に水谷さんと会う機会はない。自分の愚かさに気付いた先週は連絡すらなかったから、水谷さんからこのようなお願い事をされるとは想像すらしていなかった。
今週の日曜日はバイトも休みだ。だからもちろん断る理由はない。なんたって、彼氏役ですから。と、俺は嬉しさを押し殺して精一杯の普通の顔で頷いた。
彼女はというと、少し視線を下げていた。
行きますって意味で頷いたのに? 女子の気持ちってやっぱ難しい……。
◇
日曜日ーー
「よいしょ」
待ち合わせの時間、30分前。自分から頼んだ今日の買い物。なんか奥井くん、もう待ってそうな気がしたから、なるべく早めに家を出る。
私の人生、初デートだ。




