1 学園一の美少女と噂になる
◇
「好きだ、君だけを愛してる! だから僕とーー」
まっすぐな視線、恥ずかしさなど微塵も感じない大きな声。毎度のことながら、本当にもういい加減にしてほしいと思った。
「僕と付き合ってくれないか!」
「…………はぁ」
しつこい押しに深々と溜息がこぼれ落ちる。
ここ一週間、毎日のように続くこんな告白。いい加減、溜息の一つだってつきたくもなる。
告白はいつも学校帰りだったから、あえて違う道を通って下校した日もあった。
だけどこの人の情報網なのか、リサーチ力なのか、二日後には出くわして……これ。
ちなみに今日は日曜日。
休日にまで現れるとは思ってなかったから、心に掛かる負荷は想像を容易く超えた。
「いい加減にしてほしいんだけど」
「い、いや、僕は諦め切れない! 僕の調べでは君は恋に飢えているはずだ……! 家族構成にも友人関係にも、君には男っ気がない! だったら一度、僕を受け入れてみるべきだろ!?」
それは一体何調べ? というか、薄々そうじゃないかなとは思っていたけれど、自ら「自分はストーカーです」発言。
ただ断るにしても常套句は全て出し尽くしていた。
「嫌」も「無理」も「しつこい」も、全部言った。言っても効果はなく、今日で一週間。
無視すると家まで着いてきそうで怖いし、ちょっとお手上げだった。
「君には彼氏もいない! だったらーー」
「……彼氏、いるけど?」
見逃していたお断り常套句を一つ発見。彼氏持ち。これでいこう。
「う、ううう……う、嘘だああ!!」
「ほんと」
「僕の調べでは君は彼氏どころか男友達すらいないはずだ!」
当たっているだけに怖い。さっきも思ったけどそれ何調べ? だけどそんな動揺は顔には出さず、淡々と返答する。
「あなたには関係ないでしょ?」
「いいや!! 僕は信じない!! 君は僕を撒こうと嘘をついている!」
当たり。でも言わない。私は無言を貫いた。
「同じ学校の生徒なのか……!?」
あれ、信じた? 無言がリアルだったのかな?
でも確信はなくて、本当に信じたかどうかわからなかったから少し目線を逸らした。
「教えてくれたら……!! 僕は潔く君を諦める!」
「……ほんとに?」
「ああ!」
なんとなく本当だと思った。これでやっと付き纏われなくて済むと思った。もちろん彼氏なんて嘘だけど、この人とは同じ学校じゃないから適当に言ってもバレない。そう思った途端、頭にクラスの中で一番冴えないある男子生徒の顔が浮かんだ。
あまり深く考えず、この状況が終わる喜びだけに気を取られて声に出した。
「……奥井、駿太ーー」
◆
週の始めは気が重い。
また長い一週間が始まるのかと思うだけで嫌になるが、テンションの上がらない原因は毎朝見る目の前のこれ。
「ちょっ、まっすぐ歩けって!(あぁ、こいつヤベぇ!
笑いながらくっついてくる感じとかマジ可愛いんだけど!)」
声には出さないが顔に書いてある。
朝っぱらからイチャイチャ、登校時間のほぼ10割りが笑顔。こっちは彼女どころか未だに手すら握ったこともないのに。
俺の名前は奥井駿太。
どこにでも居すぎて、もはや何一つ紹介することがないくらいの普通の高校生。
彼女いない歴=年齢。夢はなし、趣味もなし、特筆すべき点、マジでなし。彼女がいる男どもが羨ましくて仕方のない、至って普通の高校1年である。
季節はもうすぐ進級を控える2月後半。
バレンタインは今年も虚しく過ぎ去り、俺を含めて一体どれほどの男が嘆いたことだろうか。
春よ、早くきてくれ。なんだったら全力で。寒いのは気温だけで十分なんだ。と、よくわからない嘆きや愚痴をぶつくさと、一人いつものように校門を通り抜ける。
「駿太、おはよ!」
「おはよう」
こちらも寒いクラスメイト。自己PRはほぼ俺と似たようなものだが、一つだけ決定的に違うのは過去に一度だけ彼女がいたこと。もはや俺とは別種だ。
「お前ヤベぇって! どうやってモノにしたんだよ!?」
クラスメイトが冷やかしのような笑み三割と驚き七割の顔で肩に手を回してくる。正直、なんの話かさっぱりわからない。
「学校中に噂広まってるって! さっき先輩らも言ってたし!」
「なんの話……?」
「なんのって……お前、水谷結衣と付き合ってんだろ?」
俺は足を止め、固まった。
水谷結衣と言えばこの学校一の美女。それどころか各学校でも有名なほどの美女であり、スタイルからルックスからその全てがズバ抜けているお方。
いつもクールな性格で、デレはなく、男に対してはもれなくツン。女子の友達も結構多いみたいだが、特定の友人やグループに所属しているところをあまり見かけない、一匹狼ならぬ一匹女子的な不思議系女子。
彼女とは同じクラスメイトであり、一度だけ隣の席になったことがあるが、妄想と緊張が膨らんで成績を落としたことがある。
あと、ヤバいのがなんと言っても彼女の匂い。一応断っておくが俺は変態ではない。そうでなくとも男なら彼女の例えようもないほどの良い香りに目眩は必須なのである。
そんな彼女と付き合っている? 俺が?
あり得ないにもほどがある。喋ったことすらない。クール系美女と草食系男子、言うなれば現代版の美女と野獣みたいなもの。そんなものが成立するのは精々ネット小説やコミックぐらい。
もし仮に真実だったとしても、彼女の名前だけは出さない。いや、出したくない。
明らかに貧乏な奴がいて、「昨日の晩飯、キャビアだったわ」って、そんなの一体誰が信じるんだ?
名前を出した途端に嘘扱いされるのがオチ。俺と彼女とではそれほどの差があるのだ。
しばらく思考は固まったままだった。クラスメイトに連れられながら教室へと向かい、クラス中の寒い男たちから囲まれるまで自分がどこを歩いているのかさえわからないほど。
「どうなってんだああぁ、なんでお前なんだよ!?」
「嘘だろ……あの水谷さんと……」
「嘘だと言ってくれええぇ!! 駿太ああぁ!!」
同感だ。なんで俺なんだ? 正直こっちが聞きたいくらいだ。しかし俺は首を振るばかりで返答に困っていた。
先ほどから心の中でべらべらと喋っている俺だが、実はあまり口数の多いほうではない。普段から囲まれるという状況に慣れていないことも重なり、教室の片隅で立ち往生していた。
「ねぇ、奥井くん、ちょっといい?」
俺は……いや、俺より先に俺以外の全ての男どもが固まった。目の前に、あの水谷結衣が立っている。俺の心は独り言で吹き荒れた。
水谷……さん……!?
なんで……ヤバい、緊張する!!!!
しかしいい匂いだ。
あぁ、駄目だ、自然と鼻息が荒くなる……!
俺は変態なのか?
いや、他の男どもの息づかいも荒い。
俺はそれを鼻でしているだけだ!
大丈夫、セーフだ……!
っていうか可愛いすぎる!!!!!
本当にこの人と噂になっているのか!?
駄目だ、死ねるレベルだこれ……。
「ダメ?」
駄目だ。死ねる。
「ちょっとだけでいいんだけど……」
思わずハッとなる。彼女の首を傾げるような仕草が妄想の中の独り言を掻き消した。
駄目なわけがない。もちろん行きます。しかし言葉は出ず、俺はロボットみたいにカクカクと頷くのが精一杯だった。
彼女はそんなポンコツロボットを手招きし、屋上へと続く階段を駆け上がる。
皆の視線が痛いくらい刺さる中、俺は緊張感からか縺れた足取りで彼女のあとを追いかけた。
このときの俺には、まさか噂の発信源が彼女であるなんて知るよしもないーー