貸出票のあの人とキラキラしている彼
「図書館の彼と貸出票の君」の中学生バージョンです。
「おまえ、いっつも本読んでるよな。何読んでるの?」
昼休みに本を読んでいたら、突然すぐ近くから男の子の声が聞こえて千里はビクッと体を揺らしてしまった。
顔をあげると、思ってたよりも近くに寄せてくる顔。
焦って、本をバタンと閉じ、隠すように机と膝の間に置いてしまった。
「あのっ、その…」
顔が。
赤く、なる。
「別に、その、なんでもない…っ」
逃げるように教室を飛び出した。
「アラター。だめだよ、いじめちゃ。新田さんは大人しいんだから」
女の子のからかいを含んだ笑い声が追いかけてくる。
おとなしい。は、誉め言葉じゃない。
上手くしゃべれない自分が恥ずかしい…。
手に持っている、読みかけの本を見つめて溜息をついた。
教室にはまだ、あの男子がいるから戻れないし。
あの男の子――高城 新君
話しかけられたのも初めてだし、こんなに近くで見たのも初めてだ。
高城 新は有名人だ。
サッカー部で一年の時からレギュラーになったサッカーの上手な子。
太陽みたいに笑って、少しひょうきんで、女子にも男子にも人気でいつもみんなの中心にいる子。
一年生にも2年生にも、高城君に憧れている女の子は多くて、それどころか3年生の先輩にも「ちょっと背が低いけどかわいい」なんて言われてる。
千里だって、同じクラスになったことはないけれど顔くらい知ってる。
もう一度、はぁっと溜息をついて廊下にある自分のロッカーから図書室から借りた本を取り出した。
(まだ、昼休みが始まったばかりだし図書室に行こう)
予約していた本が届いたと担任経由で知らせがあったのを思い出し、図書室に行くことにした。
昼休みの図書室は混んでいる。
いつもは空いている放課後に行くので、カウンターに並んでいると時間が気になってソワソワしてしまう。
ようやく自分の番になり、借りていた本を返し、予約していた本を受け取ると、つい笑顔になる。
「あ、これもさっき返ってきたばかりです。」
図書委員が、もう一冊差し出してくれる。
その本を見つめ、千里は心がときめく。
(さっき返ってきたってことは、前借りていた人がここにいるかもしれないってことだよね)
さりげなく周りを見回してみるけれど、わからない。
もう教室に戻っちゃったのかもしれないし。
(今日、私が返した『あの本』を『貸出票のあの人』はいつ受け取ってくれるのかな)
心に甘酸っぱいものが広がり、先ほど落ち込んだ気持ちも忘れてウキウキした気分で教室に戻った。
****
千里は本が好きだ。
幼い頃から好きで市の図書館に入り浸っていたし、小学校高学年頃になると大人が読むような小説も読むようになった。
兄がいるせいか、女の子より男の子が好むような本もよく読んだ。
つまりは、どんな本でもよく読むんだけれども、最近はファンタジー小説や推理小説を好んで読んでいた。
中学生になって、なんとなく自分の思い通りにならないことが多くなったように感じて窮屈な気持ちになった時、主人公が悩みながらも突き進む感じや、勧善懲悪のすっぱりと割り切れる感じが爽快に思う。
本を読んでいる時は、引っ込み思案の大人しい千里もワクワクするような世界を歩いたり、ドキドキするような恋愛をしたり、悩みながらも突き進む無敵のヒーローになれたりする。
今はシリーズ化している長編のファンタジーと探偵推理小説を学校の図書室で借りて読んでいるが、どちらも人気があるようで予約をしないと続きが借りられない。
ある日、ファンタジー小説のほうを読んでいたら、自分の前に借りていた人の貸出票が本に挟まっていた。
貸出票っていうのは、図書室で借りた資料の名前と貸出期限の書かれたレシートで貸出手続きをした後に渡される。
なんとなく千里は見て、驚いた。
千里が借りている本が2冊、同じだったからだ。
今読んでいるファンタジー小説を千里の前に借りているのは、この貸出票の人。
そしてもう一冊、探偵推理小説を千里の後に借りている。
同じ本を2冊、前後で借りていることにびっくりした。
同じ本の好みの誰か。
じゃあ、この人が読んでいるものなら他の本も気に入るかも。と、貸出票に羅列してある本を手にとった。
結果、やはり面白かった。
千里には少し難しい内容のものもあったけれど、夢中で読んだ。
自分じゃ、読もうと思わなかった本もあったけれど、読んでみたらとても面白かった。
すごい!すごい!!
この人、私の好みと同じだ!!
どんな人なのか夢想してみる。
割と男の子向けの本が多いような気がするから、3年生の男子かな?と、思った時点で、千里は恋愛的な意味で好みの男の子をイメージして赤面する。
いやいや、女の子かもしれないし!!
そう!女の子なら友達になれるかもしれない!
一緒に好きな本の話とかできるかもしれないし!
男の子だと…話できないし!!
そう思いながらも、『貸出票のあの人』のことを思い浮かべる時は、穏やかな顔をした優しそうな男の先輩だ。
どんな人だろう。
自分だったら絶対に手を出さなかった自分好みの本を教えてくれた人。
私の存在を知って欲しい。
同じ本を借りている偶然を知って欲しい。
私が好きな本を知って欲しい。
そして読んで面白いと思ってくれたらいいな。
探偵推理小説のほうに、千里は自分の貸出票をそっと忍ばせる。
……いつも返却手続きの時に見つかって、抜き取られてしまうんだけど。
***
「今度はなに読んでんの?」
高城君が顔を覗き込んでくる。
いたずらっぽくキラキラした黒い目が千里の目と合ってしまい、千里はまた顔を赤くして焦ってしまう。
あれから、休み時間に千里のクラスに遊びに来ては、千里に話かけてくる。
千里といえば、相変わらず上手く話せなくて真っ赤になって俯くか、意味のわからないことを言って慌てて逃げ出すか。である。
「アラタは新田さんみたいなタイプ、珍しいから話かけてるだけなんだからね!
話かけてくれるからって、いい気にならないでよ!」
高城君と仲のいい女の子たちは、高城君が私に話しかけるものだから、なんだかイライラしているみたいだった。
私も緊張しちゃうから、話しかけないでくれるといいんだけどな…。
今日も逃げてしまったら、夏南が追いかけてきた。
「千里ってば、また逃げて!いい加減慣れればいいのに」
「だって…。なんか距離近いし、慣れ慣れしいし…。」
あんなクラスの中心どころか学年の中心のようキラキラした人とは話も合いそうもないし、なにか喋ったら笑われそうな気がして怖くなってしまう。
「……高城って千里のこと好きなのかな」
夏南の一言に、千里は飛び上がって驚いてしまう。
「まさか!!高城君の周りにはかわいい子がいっぱいいるし、一年生にも三年生にも人気があるんだよ!
私なんて好きになるはずないじゃない。
市瀬さんが言うように、からかってるだけだよ」
「千里みたいな純朴な子をからかわないで欲しいわ」
夏南は顔をしかめて「あの市瀬たちもなぁー」と怒っている。
でも、本当に高城君はなんでこんなに話かけてくるんだろう。
上手く話せない私を笑っているのかな…。
そう思うと悲しくなった。
***
月に一度、委員会がある。
千里が所属している美化委員会は定例委員会の他にも仕事が色々ある。
中でも人気がないのが給食の残飯を肥料にし、それを花壇に混ぜる仕事だ。
「じゃあ、今日の放課後、給食室の裏に集合で」
昼休みに美化委員会の前川君が千里のクラスの入り口にもたれるような恰好で伝えた。
いつものように高城君に話しかけられたところで、前川君に呼ばれたのでこれ幸いと逃げてしまった。
前川君が来るということは、美化委員会それも肥料の話だとわかっていたけれど。
ちょっと憂鬱な顔をしていたのだろう。
前川君は「しばらく暖かかったから、ちょっと匂いがキツイかもしれないね」と言い、笑った。
「うん、がんばる」と、千里も笑う。
じゃあ、また。と自分のクラスに帰る前川くんを見送って、自分の席に戻ろうと振り返ったら高城君がこっちを見ていた。
じっと。いつものように太陽みたいに笑っていない真面目な顔で。
強い射るような目が千里を見つめていて、とっさに千里は踵を返してトイレに逃げてしまった。
トイレに逃げ込んでから、自分の胸がドキドキしていることに気付いた。
びっくりしたから?
なんで。
なんで、高城君はあんな目で私を見ていたの?
偶然目があったとか、何気なく見ていたとか、そういうのじゃない強い視線。
こわい…?
千里はなんで胸がドキドキしているのか、わからなかった。
***
放課後、ジャージに着替え、給食室の裏で給食の残飯からつくった堆肥を一輪の手押し車に載せ花壇へ向かう。
千里はこの堆肥の発酵臭というか、ぬか漬けのような匂いが苦手で息を止めるように歩く。
この仕事は休み時間にやってもいいのだが、この匂いと元は残飯ということで他の生徒にからかわれたり、あからさまに「くさい」と嫌がられたりするので、放課後にするようになった。
校庭の横にある花壇に、前川君と堆肥をまき混ぜ込んでゆく。
「今度はなにを植えるんだろうね」
「花じゃなくて、食べられるもの植えたりすればいいのに」
高い背と長い腕を持て余すように前川君はスコップを使いながら、ぼやく。
「ミニトマトとか?」
千里が笑って提案すると、前川君も笑った。
「俺、とうもろこしがいいな。で、美化委員会だけで収穫して食べんの」
「じゃあ、私は枝豆がいいな」
「新田、おっさんっぽい」
「ひどい!おいしいじゃん」
校庭ではサッカー部が練習している。
大きな声で指示を出しながら走っていたり、ボールを追っていたりする。
人の顔もはっきり見えない距離なのに、不思議と高城君がわかった。
高城君は圧倒的な存在感だった。
サッカーのことなんて分からない千里だけれども、高城君が上手いことが分かった。
上手いだけじゃない。
真剣な顔で睨むようにチームを見回し、手振りをまじえながら指示をだし、ボールを追う姿はかっこよかった。
サッカーが好きで、一生懸命ってことが見ている人にも伝わって、高城君がみんなに人気なのは顔がいいとか、話が面白いとかだけじゃなくて、こんなところが魅力なんだろう。
やっぱり遠い人なんだなぁ。
自分と違って、キラキラした人たちの中にいるなんだなぁと改めて思って、なんだかさみしく感じた。
ぬか漬けのような匂いと格闘しながら、前川君と堆肥を混ぜ合わせて、終わった頃には身体が痛くなってしまった。
使った道具を水道できれいに洗い流したあと、前川君が片付けを請け負ってくれた。
「次は来週な。残飯の様子見に行くぞ」
おもわず、げんなりしてしまった私を笑ったあと、
「でも、新田えらいよなー。匂いがダメっていいながらも、ちゃんと真面目に仕事してるしな」
と、言って帰っていった。
委員会の仕事をやるのなんて当たり前のことなのに。
高城君を見て、なぜか落ち込みぎみの千里は評価されてうれしく感じる。
頬をゆるめながら、手をごしごし洗う。
(やっぱり匂いが残ってる気がする…。
前川君は匂いが気にならないようでいいなぁ。ううっ、くさいよぉ)
自分の着ているジャージも顔を近づけてくんくん匂いを嗅ぐと、匂いがジャージに移っているようだ。
早く着替えてこよう。そう思った瞬間
「お疲れ」
さっきまで校庭でサッカーの練習をしていた高城君がいた。
高城君はサッカー部の練習着を着て、千里のそばにいた。
千里はびっくりしてしまい、頭の中が真っ白になる。
「いつもさ。練習中に見えて。大変そうだよな、美化委員のシゴト」
いつも?
いつもって、いつ?
「……前川とは話せるんだな」
前川君?
前川君は小学校が一緒で、美化委員のみんなが嫌がる仕事仲間で
「俺さ、新田ともっと話したいと思ったんだ。」
え?
「もっと新田のこと知りたくて。」
高城君が近づいてくる。
ただでさえ近いのに、これじゃ…っ
「ずっと気になってたん…」
「…っや!!」
千里は思わず、大きく離れてしまった。
自分のジャージに染み込んだ匂いが気になって。
その瞬間、高城君の顔を見て自分が失敗したことに気付いた。
傷つけた
ちがう。
そういうつもりじゃなくて。
なのに、千里の口からは何も言葉がでてこない。
謝らなければと思うのに、焦って何も言えない。
焦れば焦るほど言葉がなくなり、目に涙が浮かんできたのを感じてとっさに逃げてしまった。
高城君の前で泣くわけにはいかない。
そう思って逃げたけれど、逃げたらダメだったということは本当はわかっていた。
****
「来なくなったねぇ」
移動教室の途中、夏南がポツリと言った。
誰が?なんて。わかりきっている。
高城君が。
あれから、会うことがぱったりなくなった。
授業中、窓の外で体育をしているところを見かけたくらい。
『話したい』ってどういうことだろう。
『もっと知りたい』ってどうして?
クラスが同じになったこともない、話したこともない、全く接点がない私になんで?
あれから、何度も思い出して胸がどきどきする。
それと同時に思い出すのは、あの時の高城君の顔。
私の拒絶するような態度に傷ついた顔をしていた。
謝りたいと思っても、今更なんて言っていいかもわからないし、会えないので言う機会もない。
「千里のこと好きなんだと思ったんだけどなぁ」
それは…ないと思う。普通に考えて。
だって、私の顔だって普通だし、性格地味だし、それすら知る接点もなかったし。
まわりのキラキラした女の子たちとは違う地味な子が気になって、話したかっただけなんじゃないかな。と思う。
そうだとしたら、あの時傷ついているような顔をしたというのも、私の勘違いだったかな。
会わないのも怒ってるからなのかな。
それとも、もう興味をなくしてしまっただけなのかな。
散々、無視して逃げていたくせに、会えないと気になる。
「まぁ、千里の好みは穏やかで優しい大人っぽい人だもんねぇ。
高城は好みと違うか」
あんなに大好きな本も集中して読めないせいで、まだ図書室に返していない。
早く返さないと『貸出票のあの人』に迷惑がかかっちゃう。
続きの本は早く読みたいのが人情だ。
私で止めてしまったのに申し訳なく感じる。
どんな人なんだろう。
気になる、人。
たまたま、同じタイミングで同じ本を読んでいたというだけで、なんだか特別に感じる。まるで運命みたいな。
そんな甘酸っぱい気持ちも、すぐに消えてしまった。
「うそ…」
探偵推理小説が完結してしまった。
結末はなんだか切なくて、でも幸せな未来を示唆しているようなもので、千里は大満足だったのだけれど。
続刊がない。
ということは『貸出票のあの人』との縁がひとつ切れてしまったことになる。
千里から『貸出票のあの人』にメッセージをおくることができなくなってしまったことになる。
メッセージって。
何を。
勝手に運命だ、なんて浮かれているだけで。
ロマンチックな妄想をしているだけで。
実際何を伝えるの。
でも。
このまま縁が切れてしまうのは嫌だ。
私のことを、同じ本の趣味を、偶然同じ本を交互に借りている縁を、あなたにも知って欲しい。
結局、千里にできたのは千里の貸出票を差し込むことだけだった。
そして、その貸出票は千里の目の前で返却作業の中で抜かれて捨てられてしまった。
***
『貸出票のあの人』が先に借りているファンタジーはなかなか返却されなかった。
今まで、早いペースで返却されていたのに。
もしかしたら、予約の順番が変わってしまったのかもしれない。
今、私の前に借りている人は『貸出票のあの人』じゃないのかも。
そう思うと、とても悲しくなった。
知り合いでも、友達でもないのに。どんな人なのかも分からない。性別も学年も分からない。
なのに、勝手に浮かれて、まるで恋をしている気分になってたようだ。
あれから、高城君にも会わない。
今度こそ、ちゃんと話さなければと思うのに。
2か月前に予約していた好きな作家さんの新刊が届いたと聞いて、放課後図書室に寄る。
ずっと読みたかった本なのに、届いたときいても、なんとなく心が重い。
とりあえず、今まで借りていた本を返却しようと返却カウンターへ向かうと、今日はめずらしく数人並んでいた。
新しい本を探す気にもなれず、今日は届いた本だけ借りて読もうと千里は学生服の男子の後ろに並びながら、返却手続きのバーコードを読み取るピッ、ピッという規則正しい音をなんとなく聞いている。
この本も、じきに連載が終わる。
そうしたら、完全に『貸出票のあの人』との縁は切れちゃうんだな。
相手から本を受けとるだけの一方通行。
もう、どうしようもない。
そう思ったら、無性に口惜しくなった。
自分が『貸出票のあの人』と、どうしたいのか分からない。
けれど、このまま終わってしまうのは、どうしても辛かった。
気付いたら、順番は千里の前の男子になっていた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピー
次に予約が入っている本を借りていたらしい。
図書委員が手際よく、その本をカウンターの貸出端末の横に置いておく。
あとで、予約本の本棚に持っていくんだろう。
なんとなしに眺め、自分の番になり返却本を 「お願いします」 と小さく呟きカウンターにのせる。
最初にピーと警告音が鳴る。
「予約していた本が届いてますね。このまま貸出手続きしますか?」
「はい。お願いします」
「じゃあ、まずはこの本の返却手続きしますね」
手慣れた手つきでバーコードを読み取り、パラパラと本をめくり挟まれているものがないか、汚れがないか確認していく。
そのまま、返却した本を返却カートに載せ、奥の部屋から予約していた本を持ってきてくれる。
「あ、この本も今戻ってきたばかりですけれど、借りていきます?」
先ほど、千里の前に並んでいた男子が返却していた本を持ち上げ、タイトルを見せる。
それは、『貸出票のあの人』が借りていたはずの、ファンタジー小説だった。
慌てて、後ろを振り向き先ほどの学生服を探すと、その人は少し離れたところで、じっと私を見ていた。
「借りていきます」
貸出手続きを終え、その男子の元へ向かう。
千里からその人の前に立つのは初めてだ。
何週間か振りに会った高城君は、太陽のような笑顔を引っ込めて真面目な顔で立っていた。
彼の前に立つと、高城君は二つ折りになった小さなレシートを黙って差し出した。
千里は受け取り、中をみて目を丸くした。
「これ…」
見覚えのある本の羅列。
「俺が予約していた本を2冊、新田も借りていたんだ。
多分、俺の前と後で。
この貸出票にのってる本、俺、好きで読んでたから同じ本の好みの人がいて嬉しかった。
読んだことなかった本もあったけど、この人が好きならと思って読んでみたら、すごく面白かった。
歴史小説なんて、読んだことなかったから、びっくりした。
俺、本好きなんだよ。
周りにイメージと違うってからかわれたから秘密にしてたんだけど。
でも、もっと本のこととかも話したかったんだ。
それで、この貸出票の人が気になったんだ。」
「それで、2組の名簿調べて新田だってわかって。
いつも美化委員のシゴト頑張ってる子だって、気付いて。
でも、なんて話しかけていいかわからなくて、本のこと話題にすればいいのかな。とか色々やったけど、新田、いつも俺のこと避けるし。
前川の前だと笑ったりしてるのに。
でも…俺みたいなのが苦手だったんだよな。
しつこくして、ごめんな。
俺、ほんとに新田と色々話したかったんだ。
もう…声、かけないから、安心して。」
礼儀正しく頭を下げ、少し寂しそうに微笑んだ後、すぐに出口へ向かっていった。
千里はその場でただ突っ立っていた。
真っ白になった頭で理解できたのは、これであの人との縁は切れたってこと。
「嫌だ」
突然沸き起こる気持ちが何かわからないまま、出口に向かって走る。
貸出票のあの人
キラキラしている彼
どちらもこのまま縁を切りたくない。
学生服の彼の背中を見つけたのは、階段をのぼったところだった。
「待って! …高城くん! 待ってください!」
振り向き、驚いた顔をしている高城君の前に駆けていき、向かいあう。
言うべき言葉が見つからなくて、少しの間逡巡した後、慌ててカバンから『貸出票のあの人』の貸出票を取り出し、高城君に差し出す。
「私も…ずっと気になっていました。
私、あなたの選ぶ本、好きです」
差し出された貸出票を見て、彼は息をのみ、そして笑った。
「俺も…好き」
顔を赤くする千里にいじわるそうに目を輝かせて、千里の顔をのぞきこむ。
「新田が好きなのは、俺が選ぶ本だけ?」
これ以上ないくらい顔を赤くして、言葉が出せない千里に嬉しそうに笑った。
「まずはいっぱい話そう」
「なんで貸出票で私ってわかったの?」
「ここの番号、学年、クラス、出席番号になってるの知らなかった?」
「!!」
「くくっ、けっこう新田って抜けてるよな」
「………」
「やっ、俺、一年の時図書委員だったからさ、知ってただけで!
ふつーは気づかないよなっ」
「私も気付いてたら、高城君のこと見つけられたのに…」
「!!」