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1.散った兄弟

「……ぐっ! 兄さん……お、俺がそんなに……邪魔ですか……?」

「あぁ、邪魔で邪魔で仕方ない。お前のようなクズが弟だなんて――俺は認めない」


 トリスタン王国の城のとある一室にて、二人の兄弟が一方的な暴力で話を進めていた。明かりのついていない部屋は暗く、月の光が唯一部屋を照らしていた。


「ルイ、俺はお前さえここからいなくなってくれれば十分なんだ。だから、父がいなくなった今、俺はお前を王族から除籍する。能無しのお前が王族の一員であることは許しがたい」


 首を締めあげられている少年――ルイ・オルセスティは十分な呼吸もままならず、顔色が真っ青になっていた。しかし、ルイの兄――カイはまったく首を締めあげる力を緩めようとはしない。


「カイお兄様、何をしているんですか!?」


 ルイが開け放たれた扉のほうを目を向けるだけで見ると、一人の女の子がこちらに駆けてきていた。


「セリカか……決まっているだろう? こいつから王印を剥奪するんだ。たった今から一族を追放される人間にこの印は必要ない」

「そ、そんなことをすればルイ兄さまはどうなるんですか!?」

「知っているだろう? 王印を失った王族は死ぬ。俺たち王族は欠陥品なんだよ、たった一つの印が手の甲から消え去っただけで死に至る」


 嗜虐的な笑みを浮かべ、ルイのだらりとぶら下がった右手をとった。


「トリスタン国王――カイ・オルセスティの名の下に、ルイ・オルセスティの王印を剥奪せよ」


 カイの右腕に黒い鳥の文様が浮かび上がり、黒い光を放ち始める。そして、ルイの右手の王印へと流れ込んでいく。


「や、やめて下さい! カイお兄様!」


 セリカが急いでカイの腕を掴みにかかった。


「邪魔だ。どいてくれよ」

「お、お兄――きゃぁ!」


 カイから膨大な魔力が噴き出し、セリカを壁面まで一気に吹き飛ばした。


「お前はいつもこいつの味方だったな。この能無しがそんなに好きか? なんならお前からも王印を剥奪してやろう」


「……ぐぁ!」


 片腕でルイを乱雑に放り投げ、カイは背中から崩れ落ちたセリカの元へと静かに移動していく。


「兄さん! 俺は……どうなってもいいから、セリカだけは……セリカにだけは何もしないでくれよ! セリカは関係ないだろう!」


 押しつぶされそうなほどの力で締め上げられていた喉は、声を出すだけで痛みが走っているが、ルイにはそんなことはどうでもよかった。よろけてふらふらになっても懸命に立ち上がる。

 セリカに近づくカイを止めようと、力を振り絞って駆けつけるが、ルイは途中でふっと力が抜けたように倒れこんだ。


「な……なんで、体に力が……!?」


 まったく体に力を入れることができなくなっていた。再び立ち上がることすらできないほどに。


「お前は今、俺の王印によって力を徐々に奪われている。まともには動けないだろう。そこで王印を剥奪され、死ぬまで大人しくしていろ」


 ルイには一瞥するのみで、さらにカイはセリカに近づいていく。


「こんなにも愚かで出来の悪い奴を助けようなどとするからだ。自分の行動を後悔するといい」


 セリカはなんとか顔を上げ、カイを睨みつけた。


「ルイお兄様は何事にも懸命に挑んでおられました! それを出来が悪いなどという一言で片づけることは私が許しません!」

「口ではなんとでも言える。ルイよりも魔力があるお前でも俺は止められないだろう?」


 ここにいる自分しかセリカを助けることができないのだとルイは理解している。


 それでも、彼にはなんの力もない。


 カイのように膨大な魔力を持っているわけでもないのだ。


 それでも、この状況を打破できるのはルイただ一人だった。


 今更ながらなぜこうなっているのか理解できなかった。

 ルイたち兄弟の父が床に入り始めてから急にカイの行動はおかしくなったのだ。仲睦まじい兄弟だった彼らに大きな亀裂が入っていくように、カイはルイとセリカを軽蔑し始めたのだ。


 そして、今日に至っている。


 大きな絶望がルイの心を覆っていく。どうしようもない状況だった。

 カイはルイとセリカが力を合わせても敵う相手ではない。


 このまま手をこまねいていることしかルイにはできなかった。



 ――妹を救いたいか?



 ルイの頭の中で誰のものか分からない声が突然響いた。それは頭の中に直接入ってくる不思議な声だった。


――ここで終わりたくないのだろう。自分はどうでもいい、だから妹だけは助けたい? 結構だ。私と契約しろ。そうすれば、妹を助けることができる力をお前にくれてやる。ただし、代わりに私の願いをお前に叶えてもらう。


 一方的な交渉だった。ルイには選択の余地など一つしかない。どんな力だろうと妹であるセリカを助けられるなら、命を懸けてでも力を欲した。


「誰だか分んないけど、俺に力をくれ――兄さんを倒せるだけの力を!」



――契約成立だ。お前にくれてやろう。かつて魔王が手にした《消失のコード》を――。



 部屋の中で青い光が舞い始める。その光はルイを取り囲むようにして収束していく。


「なんだ? 光が――」

「兄さん。俺はセリカを助けるために、あなたを殺します」


 ルイはもう力が入らないはずの体を起こして立ち上がった。


「お前、もう王印が……」


 さすがのカイも驚きを隠せないようだった。ルイの右手にあったはずの王印は消え失せているのだ。本来なら、ここでルイは力尽きているはずだった。


「分かるんです。もう、俺は人間じゃない。こんな力を持った人間がいるはずがない」

「ふざけているのか? 人間じゃない? 王印を奪われて頭までおかしくなったのか!」


 ルイの言葉をはなから信じるつもりのないカイは魔法陣を描く。それも通常のものよりも圧倒的に難度の高い高等魔法だ。魔力をほとんど持たないルイにとってそれは必殺の一撃になる。


「お前にこの魔法を防ぐことなどできはしない。今ここで俺の前からいなくなれ《焔牙》」


 魔法陣から放たれたのは、人間一人を軽々と超える規模の高密度の炎の牙だった。


「何をしているんですルイお兄様! 早く逃げて下さい!」


 声を出すこともできなかったセリカが声を振り絞るが、ルイは微動だにしない。

 ルイを飲み込もうと獣のような牙が迫りくる。しかし、ルイは特に何もしなかった。


「さぁ、死ね。出来損ないの弟よ」


 カイはぼーっと突っ立っているルイの死を確信していた。ルイ自身が防げるはずがないと理解し、潔く直撃を選んだのだと思ったのだ。


 しかし、炎の牙がルイの喉元に迫って、やっとルイは行動を起こした。

 顔を上げ一言呟く。


「――消え失せろ」


 その行動とは――右目で炎を睨みつけただけだった。そして、すぐに炎の牙は音も立てずに一瞬にして消え去った。


「嘘……一瞬でカイお兄様の《焔牙》を……」


 セリカは目の前の光景を信じられないようだった。カイの強力な魔法を消し飛ばしたこともそうだが、一番はルイがカイの攻撃を防いだ驚きが大きかったのだ。


 ルイが大した魔力を持っていないことはセリカも十分に理解していたからだ。


「何をした……お前は一体誰だ!?」


 まるで別人のような力で《焔牙》を防がれたカイはひどく動揺し、目の前の弟を恐れていた。

 カイはじりじりと壁際まで追い込まれていく。


「俺はルイですよ、兄さん」


 一歩一歩、ルイはカイへと近づく。

 それはカイにとってはまるで悪魔の足音のようであり、恐怖以外の何物でもなかった。


「く、来るな! そんな力は見たことも、聞いたこともない!」


 ルイの異常な力は圧倒的だった。高等魔法をここまで容易く無効化する魔法士は一流の中でもほんの一握りだ。それをルイは一睨みするだけでやってのけたのだ。


 カイにしてみれば、とんでもない化け物が目の前にいるのと同じだった。


「あなたはきっとセリカを苦しめる。俺がいてもいなくてもそれは変わらないでしょう。なら、俺は家族だって殺します。恨むなら恨んでください。それくらい背負う覚悟はあります」

「ふざけるなっ! お前が俺を殺すだと、そんなことができるものか! 何をするにしても尻込みしてきたお前が人を殺せるはずがない! それも実の兄を殺せるものか!」


「それが……兄さんの最後の言葉ですか? では――さようなら」


 カイを見つめるルイの右目が青く色付いていく。


「お前、その眼は――」


 その言葉の途中で、トリスタン王国国王――カイ・オルセスティは跡形もなく消え去った。それは瞬きをするほどのほんの一瞬のできごとだった。


 

 そして月明かりの差し込む部屋に残されたのは、ルイとセリカの二人だけだ。


「……ルイお兄様、本当にカイお兄様を……殺したのですか」


 セリカの声は震えていた。それが家族を失った悲しみなのか、それとも家族が家族を殺した悲しみなのか、それともそのどちらでもないのか、ルイにはよくわからなかった。


 ただ、その質問にだけは答えることが出来た。


「……うん。兄さんは俺が殺した」

「……嘘」

「嘘じゃない……自分でも分かるんだ。兄さんが死んだことは事実で、俺が殺したことも事実だって」


 座り込んで俯いているセリカの近くにルイは近づいた。

 それは自分の意思を伝えるためだった。


「俺はこの国を出ていくよ。兄さんを殺したのが実の弟だなんて知られたら、トリスタンは国として存在できなくなるから」


 ルイは座り込むセリカ一人を置いて、すぐにこの暗い部屋から出ていこうとした。


「ま、待って! 行かないで! 私を……一人にしないでください!」


 セリカの悲しみに溢れる声を聞いても、ルイは後ろを振り返らなかった。ただ、最後にルイは彼女に伝えたいことがあった。


「……一人じゃない。ずっと、ずっと見守ってるから。セリカが生きてる限り、俺も生き続けるから」


 たとえ後ろを振り返ったとしても、ルイにセリカを慰める資格はない。だから、せめて言葉だけでもかけてあげたかった。それが何の根拠ない言葉であったとしても。

 その言葉を最後にルイは部屋を出ていった。


 自分の行動に責任を持てないほど、ルイは出来損ないの弟ではなかった。




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