人間ちょっと変わってるくらいが面白い!
案外狭いくせして飽きない街・東京。その山程人が行き交う大都会に、どこにでも居そうで何かがおかしい?美男美女の一組のカップルがいました。
お互い相手の何かが良くて惹かれあって交際に発展するものですが、人間ってのは、実際に付き合ってみるまで意外とわからないものです。
だって、人は見かけによらないから面白いんでしょ?
☆★どっちもどっち?★☆
●case1『ファンシーな…男部屋!』
私はこの間23歳になったOL志織。舞台女優を目指して東京の専門学校に進学したあと劇団に入ったんだけど色々あって退団。そのままなんとなく東京で一人暮らしを続けながら近所の会社に就職した。
最近ブログを初めてあっという間にマイブームになった。内容は専ら大好きな彼氏のノロケと愚痴、あとは趣味の話かな。
さて、そんな私の自慢の彼氏はタメの美容師見習いのイケメン昴くん。勿論服のセンスもかっこ良くて性格も男前で優しい誰がみても文句なしのパーフェクト男。芝居仲間の友達繋がりで出会って、私のタイプどストライクでときめいてキャーキャーしてる間にラッキーなことに彼からコクってきたので私はうん。ていうだけで見事カップルになれた。いいだろ~☆
さて、そんな私たちは付き合い初めて暫くたったある日。念願の大好きな彼氏昴くんの一人暮らしするお部屋でどきどきおうちデートをすることになって、私は初彼氏の初お宅訪問にうきうきしながらお邪魔したんだけど…
「おっじゃましまぁ~す☆…………………………ん?」
「どうした?」
「…昴くん妹さんとか一緒に棲んでんの?」
「は?俺一人暮らしだけど。そもそも俺兄貴しかいないし妹いないし」
「じゃあモトカノの私物残ってるとか?」
「モトもなにもお前が初カノだけど」
…………………………は?
「じゃあここ誰の部屋?」
「だから俺の部屋だって」
「…………そ、そっか」
……なんで…無駄にファンシーなのォォォォォアンタの部屋ァ??!
私は狭い六畳ワンルームの部屋のちっさい玄関に突っ立ったまま一歩も中に入れないでいた。
だって…ベッドには無理矢理友達に連れていかれたディズニーストアで見たことのある白いペアのくまさんのぬいぐるみ(ちゃんと別売りのコスチュームを着ている)やらベビー顔のキャラ(デイジーだっけ?)やらプーさんをはじめとしたディズニーキャラのクッションがところ狭しと陣取っている。テレビ台にしているパイプ製のラックにはディズニーリゾートの入口のショップ・ヴォンボヤージュまで行かないと買えないシーズン限定コスチュームのぬいぐるみキーホルダーが山程ぶら下がっていた。
それだけならばまだディズニー好きなんだね~でなんとか受け入れられる。しかし、この部屋のカーテンとローテーブルは合わせたみたいに可愛らしいオレンジだし一人用の冷蔵庫と電子レンジはわざわざピンクだし、玄関マットはやたら可愛いキティちゃんだった。あれ?私今日は誰か女友達の家に来たんだっけか?
「そんなとこにいつまでも突っ立ってないで座れよ。今ジュース入れるから寛いでな」
いつも優しい優しい彼氏が私の頭をくしゃっと撫でて、早速冷蔵庫を開けてジュースを探している。
私はとりあえずぼそっとお邪魔します…ともう一度呟いて、迷った結果恐る恐る真ん中に置いてあるオレンジのテーブルの前に座った。部屋の前後左右あちらこちらに転がっているバリエーション豊かなぬいぐるみたちの視線が気になって…寛ぎたくても寛ぎようがないんですが昴くん。
「緊張してんの?可愛いやつ」
ニコニコしながら乙女がきゅんとしそうな台詞をさらりとはいて昴くんはテーブルにカルピスを置いた。カルピス好きだけどさ、まさか彼氏の家でカルピス出されるとは思わなかったわ。あ、このマグカップフランフランで見たことある。
昴くんは自分もお揃いのマグカップに入ったこれまたお揃いのカルピスを一口飲んで水玉柄のシーツのベッド上に座って慣れた手つきで手近のくまさん(ホイップくんだっけ?)のぬいぐるみを抱き締めた。彼は毎日このベッドでどんな夢を見てるんだろう…全く想像出来ないや。
それから私たちはすることもないので、雑誌を見ながら次のデートはどこに出掛けようか相談して過ごした。
部屋の角にあったハンガーラックに釣り下がっている服だけが、この部屋に似合わず男らしくて格好いいものばかりだった。
私のイケメン彼氏のお部屋は女の子顔負けにファンシーなんて、実際付き合ってお部屋に行ってみないとわからない。
●case2『彼女の本棚は戦場だった』
俺は東京で美容師見習いをしている23歳の昴。そんな俺には超可愛い彼女・志織がいる。彼女は舞台女優を目指して上京したとあって誰がみてもめちゃくちゃ可愛い。見た目は小柄でよく笑う美人、服だっていつも一味違っててお洒落で可愛い。なのに、友達のために一肌脱いだときは相手の男を泣かすまで喧嘩もする男前。芯がしっかりしていて自分を曲げない素直でわかりやすい性格も尊敬出来るまさに俺の理想のタイプだった。友達の紹介で出会って俺は一目惚れ。あっという間に彼女に惚れ込んで告白したらOKしてくれてはれて俺たちはカップルになった。デートで手を繋いで歩いていると、いつも男が彼女を見て振りかえっている。誰にも渡す気はないからな。
デートの帰りに彼女をきちんと部屋まで送り、彼女がお礼にお茶でもと初めて部屋に上げてくれたときのこと。
「いつか昴くんをお部屋に招待したくて頑張ってお片付けしたんだよ」
そう誇らしげに報告する彼女がイチイチ可愛い。彼女がお湯を沸かしている間、俺は初めて上がった女の子の部屋にどきどきする胸のうちがバレないようにクールを装って白いローテーブルの前に腰を降ろした。
あまりジロジロ見るのはよくないだろうと思いつつもやはり色々目につくもので。テレビのまわりはPS3とPS2。ベッドの枕元にはPSPとPSVITAの本体が鎮座している。ゲーマーなのか。あ、無双とBASARAにモンハン、俺屍、幻水1・2、ラストランカーのソフトもある。シリーズできちんと集めているらしい。
コンポが2台とDVDデッキとビデオデッキがある。電化製品多いな、全部黒いし。
本棚は少女マンガ…かと思いきや銀魂とるろ剣完全版が全巻あった、なんでもコンプリートする彼女らしい。CDラックには洋楽らしきタイトルがぎっしりつまっていて、DVDは洋画のソフトが結構あった。ミュージカルも好きなんだ。マイフェアレディにレミゼラブル、雨に唄えば、あ、この間出たばっかりのテッドまである。あれって男の客が言ってたR指定のギャグで笑ったら彼女にドン引きされたっていう下品な映画じゃなかったか?DVD買うほど気に入ったんだ。
その隣は小説かな?読書家なんだな。ん?日本史のマニアックそうなタイトルばっかり。新撰組史録に武士道、城の楽しみかた、戦国合戦解説、伊達政宗、吉原のすべて、時代劇用語の辞書なんてあるんだ、歴女なのかすごい蔵書。んん??日本刀辞典、図解孫子の兵法??!アイツ何する気ィィィ?!!
そういえば、彼女のリクエストで浅草にデートで行ったとき、仲見世で本物の日本刀が欲しいって真剣に言ってたよな。結局高いし持って帰れないから諦めてたけど。いつか戦でも行く気なのか志織ちゃんよ。
俺が彼女の趣味の世界を垣間見てリアクションも取れないでいると、漸くお湯が沸いたらしく二人分のココアを持った彼女がテーブルにお揃いのマグカップを置いて座った。一先ずサンキューと礼を言ってカップに手を伸ばした俺はまた言葉を失った。俺のカップは『狩男』、彼女のカップは『狩女』と書いてあって、上手に焼けたとか、とどめをさしたのは私ですとかいっぱい台詞が書いてある。よくわからんがモンハングッズなのか。俺はやったことがないから知らないが、彼女は何を熱心に狩っているんだろう…。あ、初音ミクとベヨネッタ、そしてずらっと並んだVITAの乙女ゲームのソフトがある。音ゲーにアクションにRPG、そしてショップの棚みたいな乙女ゲーコレクション。彼女好みのジャンルは広いらしい。
衣装持ちの彼女の開いたままのクローゼットはお洒落な可愛いワンピースから大人っぽいマキシワンピ、ロングスカートにサロペットとぎっしりかかっていて、シューズラックはカラフルなパンプスやら色んなブーツもあれば、ナイキやコンバース、バンズのゴツ可愛いスニーカーまでお洒落な彼女らしい色んなジャンルに合わせた靴が沢山入っている。俺は今までファッション面での彼女しかまだ知らなかったようだと、このとき初めて実感した。
気を取り直して彼女とテレビを見ていたとき、CMになったのでひといきついた瞬間、部屋の隅から複数の視線を感じて見てみると、彼女の好きなBASARAと銀魂のイケメンキャラのフィギュア3体こっちを見ていた。彼氏になった俺は、これから彼らに勝たなければいけないらしい…。
●case3『ドラマの見所は人それぞれ』
部屋とかマニアックな趣味とかそんなギャップも俺たちは恋愛の醍醐味、魅力だと楽しんでいた。そんなちまいことで別れるくらいなら恋愛する資格もないってもんだろ。
さて、今日はデート前日の金曜日ということで、いつものように仕事帰りの志織が俺の部屋に泊まりにいていた。
食後二人でまったりしながらソファに隣り合ってなんとなく金曜ロードショーを見ていた。今日は2時間の特別ドラマらしく、東京を舞台にしたヒューマンドラマだった。
23時。期待していなかった割には二人とも最後までちゃんと見ていたようで、それなりに楽しんでいた。次回予告も終わり退屈なCMになると、伸びをした志織がずっと気になっていたらしい疑問を口にした。
「あの主人公のOLの部屋、都内であんな広い2間にキッチン、お風呂とトイレ別とか有り得なくない?テレアポの給料で新宿はまず無理だし多摩とかかな??家賃いくらなんだろう?」
涙脆い志織は隣でさっきまで号泣しいていた。そんな姿も可愛いなぁなんて思っていたんだが、彼女はずっとその設定が気になっていたらしい。俺は同じドラマをみていても全くそんなことを考えて見ていなかったので、新宿駅が最寄り駅の中野区で六畳6万の穴場物件に住んでいる彼女らしい疑問だと思った。それに加え彼女も渋谷区の会社でOLをしているので給料事情も知っているし、バイト時代はテレアポも経験済みだというから、彼女らしいリアルな感想だ。とはいえあれだけ泣いて第一声の感想がこの疑問とは、やっぱり彼女はどこか変わっている気がする。
そういやあ、以前ジブリの好きなシーンの話題で「ラピュタは『おばちゃん肉団子二つ』のところ、紅の豚はみんなでパスタ作ってるところ~」だと言っていた。やっぱり俺の可愛い彼女は変わっていると改めて思うけど、それも飽きなくて魅力的だと思う俺は相当彼女に惚れ込んでいるらしい。
●case4『プレゼントは自分用』
連日当たり前のように猛暑が続く週末、私たちは初めて横浜にデートに来ていた。二人とも都内在住のため、今までは専ら都内のあちこちしか出掛けていなかったのだが、先日TVのお出かけ特集で横浜がやっているのを見て「横浜行ってないじゃん」と気づいたので早速足をのばしたのだ。
みなとみらいをブラブラして、海と船が好き私は強い海風にスカートを押さえてきゃあきゃあ言っていても始終ハイテンションで凄く楽しかった。
さて、初横浜の私は気合いを入れてガイドブックを買ってきてチェックはばっちり。昴くんもあまりちゃんと見て回ったことがないらしく、これを機に新たなデートスポットとして開拓しようと二人でわくわくしている。
桜木町駅からショッピングモールへ続く長い通路を歩き、昴くんが行きたいお店があるランドマークプラザを目指す。あ、コスモワールドの観覧車乗りたいけど風強いから今日は無理かも…残念。
漸くランドマークプラザについた頃には強風のせいで気合い入れてセットしてきた髪型も乱れまくっていた。それは昴くんも同じで、彼も文句をいいながら楽しそうに笑ってた。
彼が行きたがっていたお店はガイドブックに載ってた自分だけのテディベアが作れる専門店『ビルドアベアワークショップ』知らなかったけど、どうやら池袋アルパにもあるらしい…絶対今度行こうって言われるな別にいいけど。探して探してやっとぬいぐるみが沢山飾られたカラフルな店舗を見つけると、昴くんはキラキラ目を輝かせて猛ダッシュで入っていった。普通男女逆なんだろうな、生憎私はそんなに買うほどぬいぐるみ好きじゃないけど。
店内はこれでもか!ってほど色んな柄の綿入れ前のぬいぐるみの本体やコスチュームに小物類で溢れている。昴くんは「どれがいい?どれがいい??」と連呼しながらあの部屋に新しく増やす仲間を吟味している。普通の白や茶の無地のくまから、レインボー柄のド派手なくま、熊やハート柄の珍しいくままでバリエーション豊かで、他にもうさぎや羊、蝶など可愛いジャンルもあれば怪獣や蛇など誰が買うのか疑問に思うぬいぐるみも選べるようだ。
散々一人で騒いで40分近く経った頃、遂に彼が決めたのはピンク色の無地のくまだった。本体を決めると店員のお姉さんに頼んで綿をお好みの量入れて貰う。ハートのチップを選んで何か彼女にメッセージを入れて上げてくださいねと言われて一生懸命何かを念じている昴も可愛いと思ったのは本人には絶対言わないから…それにしてももしかしてあれ私用?その後縫合して風のシャワーに入れてブラッシングまでさせるステップを照れながら済ませ会計かと思いきや、コスチュームを選び始める昴くん。ディズニー系やら私服、ドレスやタキシードなどあるが、どうやら職業系しか考えていないらしい。
それから更に20分悩んで最終的には水兵さんも捨てがたいといいながら警察官を選び出した。パトカーを見るとテンションをあげる彼らしいチョイス。
会計前に専用のパソコンで体重を測ったぬいぐるみに名前と親の名前を登録するらしく、彼は意気揚々と私の名前を入れていた…照れるじゃん。会計をして出生証明書も貰い漸くお店を出た昴はとても嬉しそうだった。
早速袋から出して子供のように私に見せてくる昴くん。ぬいぐるみの手を握ると「アイラブユー」と喋った。いつの間にかサウンドチップまで購入していたようだ。本当に私へのプレゼントなのかとどきどきしていると、
「これで志織と会えない日も寂しくない」
と満足そうに『志織くま』を抱き締めた。…うん、だと思ったよ。でもくまの名前が志織なので満更でもない私でした。
●case5『思い立ったが吉日』
志織は映画好きだ。そして最寄り駅は新宿であり、すっかり彼女の庭になっている。
さて、そんな志織が先日思い付いたその日に映画館を梯子して一日に二本観てきたと嬉しそうに報告してきた。志織はちょくちょく映画を観に行っているらしいが、その割に映画館デートはあまり行っていない。折角なら俺も誘ってくれればいいのにとちょっと寂しくなる、絶対言わないけど。
「で、何観てきたんだ?」
「えっとね、お昼に新宿ピカデリーでレ・ミゼラブル観て、18時からバルト9でテッドの字幕★」
ピカデリーからバルト9までは意外と近いので、バルト9で夕方のチケットを取ってからピカデリーに観に行ったらしい。
「折角泣く気満々でフェイスタオル持っていったのに、隣の女の子が最初から最後までずっと泣いてるから白けて泣けなかったよ」とレ・ミゼラブルは期待はずれだったらしい。
テッドは「隣のカップルが彼氏が爆笑してて彼女はドン引きだった!あれは下ネタ大好きな人と行かなきゃダメだよね。私絶対DVD買うよ!!早く2観たいなぁ」と大好評だったようである。
彼女は一人で映画館やプラネタリウム、美術館などに行くことに全く抵抗がないらしく何処でも思い付いたらすぐに出掛けるタイプのようだ。それは俺と付き合い始めてからも変わらないみたいで、以前誘ってくれればよかったのにと言ったら、思い付いたその日にすぐ行きたいんだと言っていた。志織の思い立ったが吉日精神は、彼氏と観に行く来週末でも我慢できないらしい。
DVD当日に買ったら絶対二人で観てやる。え?本当に一人で行ったのか疑わないのかって?志織は嘘はつけないやつだし(めんどうだから)、映画のためにわざわざ他人のスケジュールを合わせる手間を考えるなんて絶対しない(めんどうだから)相当のめんどくさがりやだと知っているし、それこそこそこそ浮気して小細工するくらいならさっさと別れるとドラマをみて言っていたから疑う必要は全くないんだよ。
●case6『男が夢見ている程女はか弱くない』
今日は週末の金曜日。仕事終わりの志織は、今夜も恒例のお泊まりに来ている。
食後。勝手知ったる我が家の如くソファでゴロゴロしている彼女は、いつもの様に唐突な質問を降ってきた。
「ねぇ、女子校って怖いかな~やっぱり」
何の話だ?俺達は社会人だから全く関係ない次元の話題なのに、目の前の彼女は何を想像しているのか怖い怖いと不安そうにしている。彼女の学生時代は女子高ではない筈だし、今から女子高に入学するわけでもないのに。
怖いの?と重ねて訊いてくる志織に、そもそも男の俺が知るわけもないと呆れる。
「何が怖いんだよ?」
彼女の思考回路はやっぱり気になるので、素直に聞いてみると、今日職場の同僚が女子高の出身だと聞いて志織にとっては未知の世界に興味津々で根掘り葉掘り女子高事情を聞いたらしい。勿論仕事中に。
「女って怖いからぜってぇ私ボコられるし、ハブられて屋上呼び出しで~キャーだって私か弱いし」
私生きていけない!と怖がっている割りには盛り上がっている彼女。どうやら派閥みたいなグループはあるみたいで、気の弱い子はいじめられることもないとはいえないと聞いたらしい。つまり彼女は、女の園=いじめ=狙われると連想して怖がっているようだ。
でも俺には、どう考えても志織はいじめられるキャラには見えない。俺は別になんとも思わないけど、志織はあんまり女らしい言葉使いではない。「お箸」とか丁寧語を使う癖に、どちらかといえば男らしい口調のことが多い。可愛い彼女ではあるが、男を怒鳴って泣かせたりムカつくと八つ当たりで壁を回し蹴りしている女なのだ。そんな「ボコられる」とかいう女をいじめようと思う女はそういないと思う俺は、女の認識が甘いのだろうか。
●case7『‘いつか'の為に出来ること』
'いつか'この言葉を20代カップルの会話で使う時は、'結婚'とかそんな類いの話題が続くものだろう。駆け出し美容師の俺でも、今すぐとはいかずとも今目の前にいる彼女との将来を真剣に考えているから、その他ならぬ彼女からこの単語が出た時は、志織も同じ事を考えていてくれたのかと少なからずときめいた。のに…
「お馬さんに会いたい」
志織が動物の中で何よりも馬が好きなのだということは知っている。
そんな彼女の可愛いリクエストに応えてやらねばと、じゃあ次のデート場所にしようと俺は早速考える。
やっぱり動物園にいるのかな?それか競馬場かまさか牧場?
生憎そこら辺の知識は全く持っていないので、彼女に動物園でも行くかと聞いてみた。
「でも乗れないよね?私乗馬がしたいの」
まさかの乗りたい発言を返されてしまった。
じゃあ乗馬クラブに通うのかと訊ねたら、お金がかかるから無理だよねと落ち込んでいる。
そんなにやりたがるなんて、理由が気になって何気なく俺は聞いたつもりだったのに、そこで出たのが'いつか'だった。
「そもそもなんで乗馬なの?」
「だって自分でも乗れるようになった方がいいでしょ?」
なにいってるの?当たり前じゃん!と志織は言った。
憧れというよりも、車や自転車と同じく、生活するのに必要スキルだといった口振りだった。
現代日本で乗馬なんて日常生活ではまずしない。乗るどころか馬自体そんじょそこらにいないのだから、乗れる人間なんて競馬の騎手や乗馬クラブのスポーツとして楽しむ人、はては馬を育てる環境にいる人くらいではないのだろうか。
意味がわからないといった顔をしていた俺をみかねた彼女は、
「だっていざとなったらひとりでお馬さんに乗れないと逃げたり遠出したり出来ないじゃん」
死活問題だよ?!と力説してきた。
勿論、それこそ俺には全く理解出来ない。
「いざって、志織はどこにいくつもりなの?」
尤もな疑問だろう。
その質問に、可愛い彼女は自信満々に「戦国時代にトリップしたとき」とにこにこして答えた。
彼女曰く、いつそんな夢が叶う時が来るかわからないよ世の中は、ということらしい。
彼女にとっての'いつか'の瞬間には、とりあえず自分も同行していたいと思う俺は、惚れこんでいるとのろけていいのか変わっているのか。
今日も俺の彼女は自分の世界を生きている。
●case8『バレンタインなんてどうせ普通の日』
その日、俺は朝からずっとそわそわしてた。なんでって、今日は2月14日だから。今年は可愛い可愛い彼女付きの初のバレンタインなので、にやけてしまうのも仕方ないと思う。
日中の仕事中も、客はいつもより多く、昼間休暇を取ってアフター5のデートに備えにきている男女もいるくらいだ。
出来れば俺もそうしたいのだが、流石に我慢して一日を乗りきった。俺、マジで偉いわ。
さて、漸く仕事が終わり、愛しの彼女に連絡しようとケータイを手に取る。
そういえば直前の土日に初めての手作りチョコの練習をするから楽しみにしててと珍しく週末は会っていない。
湯煎をしらなかった彼女は、チョコを湯に入れて溶かすとか、鍋で火にかけて溶かすとか言っていたが、そんな不安よりも、初めて自分の為に必至に手作りをしようとしてくれる姿に幸福を感じない男など男の風上にも置けないと思う。
『今やっと仕事終わった。志織はいつ頃終わりそう?早くお前に会いたいな』
これから貰えるであろうチョコよりも甘甘な台詞だと思うが、バレンタインならば許されるだろうと今の素直な気持ちをメールで打って彼女に送信する。
わくわくしながら待つこと3分。先に仕事が終わっていたのか、それとも彼女も早く会いたいと思っていてくれたのか、志織専用の着信を知らせる着うたが流れた。
「もしもし、志織?」
上機嫌で出た俺が聞いたのは、「昴くん!チョコ持って今すぐ行くね♪」なんて想像していた彼女の声ではなかった。
「ゲホゲホ、あ、昴くん?
あたし昨日頑張ってチョコ作ったらインフルになっちゃった。ごめんね。
慣れないことはするもんじゃないね」
俺の今年のスィートバレンタインデーは粉々に崩れ去ったものの、そんなことよりも電話越しから伝わる彼女の体調の悪さに心配になる。俺はチョコよりも彼女が大事なんだ。彼女が元気で俺の傍に居てくれるならバレンタインだかなんだか関係ない。うつるからと遠慮する志織の意見は聞かず、行き掛けに何を買わなければいけないか考えながら彼女の家に俺は走った。
夕べ作ったチョコはインフル感染の疑いがあるから渡せないと言われたけど、俺には効かないと全部食べた。
そして志織の中では『私がバレンタインチョコを作ったらインフルになる』という理由で、毎年一切作ってくれなくなったのはまた別の話?
●case9『欲しいものは、お互いとりあえず刃物』
「ねぇ昴くん、クリスマス何欲しい?」
12月になった最初の休日。二人で仲良く手を繋いでデートをしていると、繁華街の赤と緑の飾りつけを見た志織は単刀直入に質問してきた。何が欲しいか考えてサプライズするよりも、確実に喜ばれるものをと訊ねてくるあたり、彼女らしい。
「う~ん、お前がくれるんなら何でも嬉しいけど…強いていうなら鋏かな」
「鋏?文房具の?」
「違うよ、美容師専用のヘアカットの鋏」
買えない程じゃないけど、それなりの値段がするんだよな。
「わかった!楽しみにしてて」と意気込む彼女が可愛すぎる。
「そういうお前は何が欲しい?何でもいいよ」
俺も可愛い彼女のおねだりを叶えてやろうと、どんとこいと聞き返した。バッグか財布かというつもりで。
「本当に?!じゃあ刀!!!」
「へ?」
「私のリスペクトする政宗様の模造刀があるの。飾り棚と合わせて15000円くらいするんだよね。いつ買おうかと思ってたんだ」
ずっと欲しかったんだよね、とにこにこと笑う彼女は相変わらず可愛い。欲しがるものが物騒だけど。
「ち、ちなみに、他には欲しいものは?」
「他?……政宗様の花押とかかな」
花押…以前志織から説明された。文に書くサインである。当然そんなものはあげられる筈がない。
更に他の候補は存在しないというので、帰ったら歴史雑誌の通販ページを見せて貰うことになった。………刀って通販で買えるんだ。どんな梱包で届くんだろう。
「ちなみにさ、どこに飾るの?」
「決まってるじゃん!玄関か枕元」
「……」
※引いてないよ!ただ想像した瞬間、入りづらい家だと思っただけで…。
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