8
チュンチュンと小鳥の鳴き声が聞こえ、朝の日差しが目に眩しい。バイトの疲れかいつの間にか寝ていたようだ、着の身着のまま寝てしまっていたようで布団が大分汚れている、洗濯めんどくさいなぁ。
「お、起きましたか?まあ昨日は色々あったから仕方ないですね」
ベットの脇に超絶イケメンの白衣の白人がいる!?よく見てみれば私の安っぽいベットじゃなくて高級そうなベットだし何があった!?
「驚かせてしまったみたいですみませんね。私は医者のエリッソ・ミュライユ、ベンの知り合いですよ」
……思い出した、そういや私、異世界に来てたんだっけか、それにしてもなんでこんな高級そうなベッドで寝てるんだろう?記憶も曖昧だったし、もしかして倒れていたかな?
「ええ、お察しの通り貴女は疲労で倒れてしまいました。なのでベンがここ、医務室へ運んだという訳ですよ」
まあ昨日1日で色々あったから仕方ないか。後でベンさんにお礼だけ言っておかないとなぁ。
「もう朝ですけど朝ごはんはどうします?食堂で食べれそうなら案内しますけど」
ではエリッソさんのお言葉に甘えるとしよう。彼の手を借りて部屋から出て、廊下を進む。パッと見ヨーロッパ圏の古いお屋敷のような感じだが、たまに自動掃除機らしきものが動いている、窓ガラスは低品質な水晶にも劣るほどだが、光源は見当たらず道全体が発光しているように見える、そんな技術のアンバランスさを感じながら歩いているのだが一向に食堂につかない。かれこれ30分は歩いているのに、だ。いくら私が病み上がりとはいえ、流石にそろそろ着いてないとおかしいのではないだろうか?
「確かにおかしい、でも犯人は分かっていますよ。なんでこんな事したんだい、笹峰?」
エリッソさんが誰もいない廊下の先に話しかけると、廊下が突然消え去る。だが重力に従い真っ逆さまに落ちることはなく何も無い空間の上に私は立っていた。いや、何も無いというのは違う、何故ならば周囲に針が異様な速度で回る時計が無数に浮かんでいるからだ。その時計の種類も様々で懐中時計や腕時計、柱時計に壁時計、鳩が鳴き続ける鳩時計なんてものもあった。そしてその空間には私とエリッソさん以外にもう一人、謎の人物が立っていた。私と同い年位の女性で全ての指に指輪を嵌めておりそこから伸びる鎖の先には十個の懐中時計がついていた。
「どいて、【軍医】エリッソ・ミュライユ。その女はここで殺さなくてはいけないの」
「殺すなんて物騒だね、【時計屋】の笹峰香織、気でも狂ったのかい?」
「いいえ、私は正常よ、貴方もね。でもその女、造香耶は別よ。彼女は私の、私達の夢を貶したのよ!ここでも同じ事が起きる前に殺さないといけないの!時間は気付かない!」
彼女の時計が一つ、粉々に砕け散ると共に彼女の姿が消える。周りを見渡すと私の背後に1本の針に貫かれた彼女の姿があった。
「時間を飛ばしても予め場所が予測できていれば対処は容易い、さあ、なぜ彼女を襲ったんだ?」
「……この女は、私が中学生だった時の後輩なの、同じ部活のね」
「あっ」
つい声が漏れてしまった、そして思い出した、彼女確かに先輩だ。忘れっぽい性格なの治さないとなぁ。
「ふん、性格はあの頃からちっとも変わっていないみたいね、まあいいわ―――それで、同じ部活だった訳だけど彼女、とても強かったの。どれ位かって言うと今まで県大会でベスト8にも入れなかった学校が全国で決勝進出するくらいにはね。でも優勝はできなかった、なぜだか分かる?」
「彼女が、怪我をしたから?」
「いいえ、それだったら私達も諦めがついたわ。でもね、彼女がそんな凡人な訳がなかった。彼女はね、辞めたのよ、部活を。しかも家庭の事情とかじゃなくて『救世主の真似事には飽きた』んですって!そして彼女はどこか別の学校に引っ越して、私達は負けたわ。当然よね、いくら彼女の特訓メニューをこなして来たからといって去年までは弱小チームだったんですもの」
「なるほど、それなら君が彼女を恨む理由もわかる。だからといって殺すはないんじゃないのか?」
「いいえ、続きがあるの、彼女がいなくなった次の年、私達は期待されていたの、全国準優勝の強豪チームってね、でも無理に決まってる、その年の県大会の1回戦目の敵チームには彼女がいたわ。私は彼女を問い詰めたの、なんであの時いなくなったのかって、そしたら彼女はこう言った『すみません、貴女、誰ですか?』私はショックで試合に身が入らなかった。そして1回戦目で負け、あの時の観客席からの罵詈雑言は今でも忘れなれないわね。それでね、私調べたの、彼女、造香耶の事を、そしたら出てくる出てくる、孤児なのに転校続きで数々の大会―――サッカーに野球、テニスにバレーに吹奏楽に剣道柔道と分野は様々だったわ―――で好成績を納めている事がね、でもそのどれもが優勝している事は無かった。わかる?彼女はね、遊び半分で他人を弄ぶ万能の天才なのよ、ここもそうなる前に殺すしかないの!」
早口で捲し立てる様に彼女はそう言い興奮したからか、血が出すぎたからかは分からないが倒れてしまった。それにしても万能の天才なんて本当に心外だ。本当に万能なら私の夢だって叶えられるのに、そんな事も出来ない程度の天才なんて凡人と大差ない。
「あー、さっきの話、本当かい?」
「そんな訳ないじゃないですか。人間違いか彼女の妄想ですよ。それよりこの空間からはどうやったら出れるんですか?」
「大丈夫、言うてる間に出れるよ」
その言葉と殆ど同時に謎の空間から元の廊下へと戻った。