第十話 『変質者』
異世界に転移してから9日目。九郎は初めて空腹感を覚えない、実に爽やかな朝を迎える。
「んっふっふっふ~。」
目の前には顔を半分削り取られた六本足の黒犬が5匹並んでいる。
こちらの世界に来てから長らくの悲願であった食料が目の前に横たわっている。
自然に笑みがこぼれる。
九郎は傍らに積み上げた薪を一本手に取り、手のひらに力を込める。
ぼうっ。と瞬く間に薪が燃え上がる。
その薪を中心に次々と新たな薪をくべていく。
炎が有る程度燃え上がると黒犬の一匹を手に取り、両前足を持って一気に引き裂く。
ぶちぶちぶちと音を立てながら黒犬の足が千切られる。
その内の一本を燃え盛る炎の中に放り込むと九郎は鼻歌交じりに炎の中に手を突っ込みながら肉を焼いて行く。
昨夜襲ってきた黒犬。
それらを何とか仕留める事ができた九郎は、黒犬の毒に中りながら、自身に授けられた神の力について三度目の考察を行っていた。
(――まずグレアモルの『不老不死』の力。此れは一番重要なのはやはり『死なない』と言う事だ……。
今まで数々の惨状にも此の能力のおかげで生き延びてる。しかしこの能力の副次効果の再生の際の赤い粒子も重要だ。
この赤い粒子はどんなものでも削り取っちまう。まるでこの粒子は空間そのものを削り取るみたいな威力だ……。
現在俺が持っている攻撃手段の中で、断トツに攻撃力が高い。
大岩に穴を穿ち、黒犬どもも一掃しちまった…。
―――但し―――赤い粒子は俺の体と、俺の意識が一直線に発生するから毎回痛い思いをしないとダメだって―のが問題だな…。
後は、力が強くなったのも『不老不死』の副次効果だろうな)
昨夜犬肉で腹を満たした九郎は、この怪力の検証も行っていた。
自分の身長程の大岩を持ち上げてみたのだ。
思いっきり力を込めて大岩を持ち上げると、案の定ぶちぶちと嫌な音をさせながら腕や背中の筋が切れる。
しかし数センチほど持ち上がったのだ。
普通なら動きすらしないであろう大岩が。
そしてさらに驚くことに、何度も大岩を持ち上げる度に切れる筋が少なくなっていゆくのだ。
これに気付いたのは再生の際に体を纏う赤い粒子が段々と少なくなっていたからだ。
要は慣れたのだ……。
(――――そう、この慣れた、ってのが重要だ……)
炎の中に手を突っ込みながら九郎は考える。
黒犬の前足を持ちながら、もう火傷すら起こらない自分の手を見ながら……。
(今の俺は通常、人間が体を守る為に掛けちまう力の加減……ブレーキが掛かって無い。このこと自体は『不老不死』の能力が関係していると思う。『直ぐに治る』事が体を『守る』事を忘れちまってる訳だ。)
肉が焼けるのを待ちがてら、九郎はポケットの中の雑草を口に放り喉を湿らす。
(この雑草もそうだ……。『不死』の能力に慣れる事は必要ねえ筈なんだ……。毒に侵されたとしても、毎回直ぐ治っちまうんだから。矛盾してる。
だとすると、この慣れるって事が『変質者』の能力って事になる)
九郎は手のひらに力を込める。
再び手のひらが、赤々と火の着いた炭の様になる。
(――昨日、俺は当初、この力が攻撃の為の力だと思った。だがそれなら、最初からこの現象は起きてて良い筈なんだ。初日、3日目と俺は同じように手のひらに力を込めたはずだからな……。
だがこの力は、俺が火傷するまで現れなかった)
燃えるような手を炎の中に突っ込み犬肉をひっくり返す。
肉の焼ける香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
(ソリストネからもらった『変質者』の神の力……。これは考えるに防御の能力なんだ……。
毒に侵されないように体を毒の成分と同じように『変質』させる。
火傷しないように手のひらを炎と同質に『変質』させる……。
だから………この能力は俺が痛い思いをしないと現れない……)
「ったく……。俺はドMじゃねえってのに!」
そう愚痴りながら九郎は焼けた黒犬の前足を手に取る。
「あっちっっっ!」
―――どうやら『変質者』の能力は意識していないとダメらしい……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「よし! んじゃあ行くか!」
犬肉で腹を満たした九郎は、再び歩き出す。肩には4匹の黒犬が担がれている。
少なくとも昨日までよりは、一歩前進している。当座の問題だった食料は肩の上だし、能力も一部は解明できた。まだ自分の神の力には不明な点が幾つも存在しているが、ゆくゆく考察して行けば良いだろう。
「まだこの現象は解ってねえしなぁ……」
指先に力を込めると皮膚が盛り上がり、ぱくりと裂ける。
肉の中から黒々とした獣の牙が顔を出す。昨日、再生の際に取り込んでしまった黒犬の残骸。
まだまだ体の中に残っている感覚が有る。
「俺はスライムかよっ! ったく!」
まだまだ考察しなければならないことは沢山ありそうだったが、満たされた腹は前に進むだけの力をくれた様だ。
「そろそろ町が見えてもいい頃なんじゃねぇの~?」
四方に見える景色は変わらず、道らしき道も見当たらないが、九郎はポジティブに考え歩き出したのだった。