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不死者(ノスフェラトウ)に愛の手を!  作者: 赤丸そふと
第壱章   青年は荒野に逝く
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第九話  俺のモツ

――――アゴラ大平原――――


 アクゼリート北東、ハーブス大陸北部に位置するする広大な面積を有する大地。

 短い苔の様な草と多くの岩が点在する礫砂漠である。

 気候はとても乾燥しており、雨は一年の内、春にのみ少量降る。

 その為動植物は独自の進化を遂げ、乾燥地帯で生き残る為の様々な特徴を持っている。

 例えばアゴラ大平原のほぼ全域で見ることの出来るフェアリーウィード。

 この苔の様な短い草は面白いことに根を持たない植物である。

 六つに分かれた葉の中心部分に核のような物を持ち、そこに栄養素を貯めている。そして風が吹くと舞い上がり別の所へと飛んで行ってしまうのだ。

 この事がアゴラ大平原が『風の魔境』と呼ばれる一因でもある。

 広大な大地の景色が日毎ひごと変わる。まさに天然の迷宮たる所以ゆえんだ。


       ――――ウォーレン・モートス著

          ――――世界を歩く――より



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



「……腹減った……」


 ――――結局『変質者』の能力はまだ不明なまま、九郎はとりあえず歩き出していた。


(まずは街を探そう)


 武器も何も持っていない今の状態はかなり危険に思えたからだ。

 また、自分はこの世界の事を何も知らない事も。


「――ゲームなんかだと情報収集は基本だしなっ!」


 なんだかんだ最初は酷い転移の仕方だとは思うが、それでも新しい物を見るのは九郎の冒険心おとこごころにはワクワクする。

 街がどの方向にあるのかは皆目見当附かなかったが、その場で座っているだけでは何もならない。

 ならと九郎は適当に進路を決めて歩き出していた。


「しっかし早めに街をさがさねえと餓死しかねねぇ……」


 どうもこの辺りは乾燥地帯のようで食べられそうな木の実も魚の居そうな川も見当たらない。

 『不老不死』の神の力ギフトが餓死まで克服するのかは不明だが、先程から訴えかけている腹の音から飢餓感は覚えるようだ。


(飲み会のすぐ後にこっちの世界に来たはずだよなぁ……て、最初の事故か、さっきの落下で胃の中身をどっかに落っことしちまったのか?)


 短時間の間に2度も自分のグロ画像を見る羽目になった九郎は、悲惨な想像を事も無げに考えた。


(――ゲームなんかだと割と転移先の近くに町があるから何とか探せるといいんだが……)


 最初の転移の場所すらデストラップだった事は考えないようにする。


「それとも先に水や食料を確保した方がいいんかなぁ」


 地平線の遥か彼方まで霞む乾いた大地に九郎は独りつぶやく。


 結局この日、九郎は何も見つけることもできず、空腹に耐えながら一人岩陰で眠りについた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 異世界に転移して2日目。

 乾燥地帯の夜は予想以上に冷える。

 九郎は身をすくませながら自分の腹の音で目を覚ます。昨日は何も見つからず、何も食べず、何も飲まずで終了してしまった。

 流石にまた1日飲まず食わずで歩き続けるのは勘弁してもらいたい。

 仕方なく、九郎は食料になりそうな物を探しながら歩く。


「この際トカゲでもカエルでも良いから食わねえと力が出ねぇ……」


 早くもサバイバルの様子を醸し出してきていた。

 昨日と同じく適当に歩くが、昨日とは違いなるべく動く物や、食べられそうな物を探しながら進む。

 乾いた風のせいで喉の渇きも酷い。

「いっそのこと、その辺の草でも食ってやろうか。」と足元の雑草を拾う。驚いたことにその雑草は根が無いようだ。緑色でなかったら花と間違えそうだ。

 試しにひとつ口に放り込む。


「ん~? 食えなくも無いか~?」


 少し苦いが中心にある種のようなものを噛むと、プシュッと弾けていくらかの水分の足しにはなりそうだ。

 九郎は足元のその植物をかき集めると、ハーフパンツのポケットに詰め込み、食べながら歩き出した。


1時間後――九郎は手足の痺れを覚えその場に倒れこんだ―――数分後には復活したが――――。 



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 3日目。

 昨日食べた雑草を口にしながら九郎は歩く。

 どうやらこの植物は毒があるようだ。昨日食べた後の意識を刈り取られるような感覚。

 だが、空腹と喉の渇きに耐えられなかった九郎はその後もその植物を食べながら進んだ。

 何度か昏倒しつつではあったが、それでも食べ続けているとその内体が慣れたのか倒れなくなっていた。


「『不死』が毒で死んだらグレアモルに文句言ってやるつもりだったが……、まあ助かった……のか?」


 こちらの世界に来てからグレアモルからもらった『不老不死』の能力には助けられっぱなしだ。


「それに比べてソリストネの野郎わ……!」


 そう思いながら右手を見る。『変質者』の神の力ギフトが自分のもっとも大きな思いから授けられた経緯いきさつはこの際無かった事にしている。

 ふと最初に確認していた時とは多少違った感覚が、指先から感じられた。


「お?」


 もう少し力を込めてみる……。

 指先からじわりと緑の液体が漏れ出す。


「んん~?」


 試しに舐めてみる。少し苦い……。

 ―――――がそれだけだった………。


「やっぱ使えねぇっ!」


 九郎は吐き捨てると再び歩き出した。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 異世界の荒野を彷徨いだして5日目。

 初めて動物を遠目に見ることができた。

 黒っぽい毛色の犬のような外見。大きさは柴犬くらいであろうか?

 但し足が3対―――6本の足があった。

 その姿に九郎は異世界に来たことを再確認する。

 その犬も九郎の方を見ているようだ。

 

「もっと近けりゃ捕まえて食っちまうのにな」


 初めて見た動物だが、ここ最近、草しか食べてない九郎はそう思う。

 これが虎やライオン程大きければ危険を感じ恐怖したのだろうが、所詮柴犬ほどの中型犬だ。

 安全な日本で育った九郎には野生動物の怖さは解らない。

 素手だとしても犬っころ一匹に負けるつもりは無かった。


「どうにかして捕まえらんねえかな?」


 そう考えながらそ~と近づこうと身を屈める。

 ふいに黒っぽい犬は踵を返して九郎から離れて行った。


「ああああ!!俺の肉っ!!!!」


九郎は項垂うなだれて再び歩き出した。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 異世界に転移して8日目の夜。


 九郎は今晩の寝床を岩棚の陰に定め夜の準備をしていた。

 この世界に来て早8日。どうやらこの体は餓死しないらしい。未だ固形物を取っていないのに動けることが何よりの証拠だ。

 しかし飢えを感じるのはいかんともしがたく、九郎は荒んだ目で薪になりそうな枯れ木を集めていた。

 たまに見かける腰までしかない低い木は、それ自体何の水分も腹の足しにもならなかったが、備長炭のように硬く、火をつけると長い時間燃える事が分かった。

 九郎は3日目以降この木々を燃やし、乾燥地の冷たい夜を凌いでいる。


「持ってきたモノの中で、100円ライターが一番役立つとはなあ……」


 いつものように雑草どくそうで飢えを紛らわせながら火を付ける。

 数秒とたたず積み上げた薪が燃え上がる。


「……焼肉食いてぇなあ……」


 日本で食べた、食べ放題の焼肉の味を九郎は寂しく思い出す。


あちっっ!!」


 ぼーとしていたのだろう。誤って火の着いた薪を握ってしまって手のひらを火傷する。


(これも直ぐに治っちまうんだろうけどな……)


 水ぶくれした手のひらを見ながら九郎は思う。赤い粒子が手のひらを覆い数秒もたたず綺麗な手のひらが姿を現す。最近再生のスピードが上がってきている気がする。


(『変質者』の能力はさっぱり解んねえし……)


 そう考えながら、次の薪をと傍の薪を拾い上げる。


   ぼうっっ!


 未だ火にくべてない薪に火が付いた。


「でゅわっ!!?!」


 九郎は驚いて薪を放り投げる。


「なんだぁ?」


 九郎はいぶかしみながら右手を見る。先程火を掴んだのに火傷もしていない。

 再び火の着いていない薪を右手に取ると強く集中させる。


   ぼうっ!!


 またもや薪が炎に包まれる。


「おいおいおいおい! やっちまったかぁ!! 来ちまったかぁ!! 俺の神の力ギフトが!!!」


 燃え続ける薪を持ちながら九郎は興奮した。

 不思議と手のひらはもう熱さを感じない。


「これでこそファンタジーてもんだよな!」


 薪は燃え尽きたが手のひらは仄かに赤く熱を持っている。

 九郎は赤く燃える手のひらを見ながら、治まらない興奮に身体を震わせる。


   ざさり


 不意に傍で物音がした。

 見ると3日前に見かけた黒い6本足の犬が薪の炎に照らされて姿を現す。

 黒犬は低く唸り声を上げながら九郎に近づいてくる。


「おいおいおい!?! なんだよなんだよ! 今日は良い日だなぁ?! 必殺技を見出した俺に肉のプレゼントか?」


 興奮冷めやらぬ様子で九郎は黒犬と対峙する。

 手のひらを握りこみ両手を構える。拳が赤く熱を帯びてくる。


「足が少し多いだけの柴犬モドキに負ける俺様じゃねえぞ! かかってきやがれっ!!」


 そう言うと九郎は一歩踏み出す。


   ざさり


 黒犬は数歩後ずさると


ォォォオオオオオーーーーーン!!!


 高く遠吠えする。


   ざさり。ざさり。ざさり。


 新たな黒犬が、瞬く間に6匹、炎に照らされ現れる。


「はっ! 数でどうこうしようってのか?! 上等だ!! 犬っころっっ!!」

「ガラァッウ!!!」


 そう叫ぶ九郎に襲い掛かる黒犬。

 九郎は低く構えると飛びかかってきた黒犬にカウンター気味に右手を思い切り突き出す。

 ぶちぶちと嫌な音させながら右拳が黒犬の鼻先をとらえる。

 黒犬はギャンッと鳴いて数十メートルほど吹っ飛ぶ。


「なんだぁ!? 力も強くなってたんかよっ! 当然だよなっ! これから英雄になろうってのによっ!」


 そう吠えると九郎は再び拳を構える。

 ぶらんと右腕が力なく垂れる。


「な?!?」


 どうやら先程の嫌な音は九郎の腕の筋が切れた音らしい。赤い粒子が腕に纏わりついてくる。


「っっちょっっ!! った、たんま!」


 次々と襲い掛かってくる黒犬に通じる筈もないセリフを吐く。

 二匹目の咬みつきをすんでの所で躱し、左足で蹴り上げる。ぶちんとまた嫌な音が鳴る。

 同時、右足に鋭い痛み。三匹目が黒々と光る牙を九郎に突き立てる。

 バランスを失いもんどりうって転ぶ。

 ここぞとばかり黒犬が飛びかかる。


「がっっっ!! ちょっとまてっって!! ぐっ!ぎっ!!」


 ぼぐんと鈍い音が暗闇に響く。

 ―――――九郎は首を逆向きに折られ倒れ伏し………。


(力が強くなったのは脳のストッパーが無くなってたからかもなぁ……)


 6匹の黒犬に齧られながら九郎はそんなことを考えていた。通常、人は体を壊してしまわぬよう、脳にストッパーを掛けているらしい。しかしながら、今の自分には体を壊すことが無い。だから今までとは別次元の力が出せたのではないか――そんな風に思う。

 痛みはすでに無くなっており赤い粒子が纏わり始める。

 野生の勘か、その光景に危険を感じたのか、黒犬達は一斉に九郎の腹を食い破る。


(っっっっっでぇぇぇぇぇえええええええええっ!!!)


 声にならない叫び声をあげ九郎が悶絶する。

 黒犬は九郎の腹に鼻先を突っ込むと九郎のはらわたを咥え一目散に九郎から離れていく。


(待てっっ!! 持っていくんじゃねえっ! それは俺のモツだっっっっ!!!!!)


 赤い粒子がすさまじい速度で九郎から伸びていき、


「返せよっっ!!!」


 九郎の叫びとともに急速に収縮する。

 赤い粒子がはらわたを咥えた黒犬もろとも引き寄せると、九郎の腹はすっかりと元に戻っていた。

 顔を九郎の腹にめり込ませたままの六匹の黒犬は、びぐん!と体を震わすと九郎の周りにどさりと落ちる。

 全ての黒犬の顔は削り取られたように無くなっていた……。


「結局一番役立つのは『不死』の力かぁ……。この赤い粒子は副次効果だってのにこの威力。でも毎回痛い思いすんのだなぁ……」


 そう呟きながらも九郎の口が笑みを作る。


「しっかし、そんなことよりっ!」


 周囲でこと切れている黒犬を掴む。


「約一週間ぶりのにっくだぁぁぁぁぁ!!!!!」


 黒犬を炎に放り込むと九郎はもろ手を挙げて喜んだ。

 初めて食べる犬肉の味は筋張って少し固かったが、とても美味かった。












――――――そして、当然のように毒が有った……。




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