第二五話 生者の行進
6日目
「……ん~……なんか硬いのが難点よねー」
ベルフラムがミミズの切れ端に歯を立てながら不満を漏らす。
(逞しくなったと思うべきか、荒んだと嘆くべきか……)
九郎はその光景に苦笑しながら立ち上がる。
(ま、なんか吹っ切れたみたいだし、いいか)
「そろそろ行くぞ? 負ぶってくか?」
九郎の問いかけにベルフラムは首を横に振ると、ミミズの肉を口に詰め込み立ち上がる。
「ふろうこひょ、ふぇんふぇん食ふぇてなひひゃない」
「何言っているか解んねえよ。ちゃんと食ってから話せ」
動き出した九郎の後をベルフラムが追いかける。
「ん、ん。もう! クロウこそ全然食べて無いじゃない! 私より体が大きいんだからちゃんと食べないとダメよ?」
「俺も食ってるよっ! 早食いなんだよ、俺は! ったく、子供はそんな心配しなくても良いんだよ!」
そう言って九郎はベルフラムの頭をワシャワシャ撫でる。
「もうっ! いつも子ども扱いするっ!」
九郎の手を払いのけながらベルフラムが文句を言う。
「今日は何か見つかると良いんだけどなー」
天気の話でもするように九郎はのんびりと呟く。
「そうねぇ……。ミミズも少なくなってきたものね……」
九郎の肩に掛かるミミズを見ながらベルフラムも頷く。
「でも、私もう家が落ちぶれても生きていける気がするわっ!」
自慢げに笑顔を向けるベルフラムに、九郎はもう一度苦笑する。
洞窟は未だ先の見えない暗闇を映していた。
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8日目
「ねえ、クロウー……。これ食べれると思う?」
ベルフラムが小さな木の枝で生き物を突いている。
「ん~……蝦蛄みたいだしイケそうだなー………」
九郎がその生き物を掴み首を捻る。
「とりあえず捌いてみっか!」
「そうね。昨日は何も食べれなかったから、食べれると良いんだけど………」
「しっかし、どう捌くんだこいつ……」
拳大くらいの大きさの螻蛄だ。――見た目は虫だが、エビやカニも初見では食べようとも思わない形だし――と九郎が悩む。
「焼いちゃえば?」
「そだなー……」
―――本当に逞しくなって来たな――――とベルフラムを見ながら九郎は木切れに火を点ける。螻蛄はナッツの味がして結構旨かった。
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11日目
「ねえクロウ………」
「んー………?」
暗闇の中、九郎の腕の中でベルフラムが小さい声で呟く。
――いったいどのくらい歩いたのか、九郎も解らなくなって来ていた。
時間も、多分正確では無いだろう。
起きて、歩いて、寝る。
暗闇の中で寄り添うように寝るベルフラムがポソリと言った。
「私ちゃんと帰れるのかなあ……」
声が少し震えている。当然だろうと九郎も思う。
先の見えない暗闇の中の行進。大人の男の九郎でさえ、心細い。
「心配すんなって……。ちゃんと家まで送り届けてやんよ」
「……そうよね……ここまで歩いたんだもの……もう少しよね………」
ベルフラムの背中を軽く叩きながら、九郎は何度目かの言葉を口にする。
ベルフラムも自分を奮い立たせるように呟くと目を閉じた。
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15日目
「ねえ、久しぶりの食べ物ね!」
ベルフラムの喜んだ声に九郎は答える。
「しばらくは持ちそうだなっ!」
九郎の腕には、頭を落とされた大きめの蛇がのたくっている。
「クロウの言ってた通り、蛇が一番のご馳走になっちゃったね?」
ベルフラムの言葉に九郎は複雑そうな顔をする。
「あー、俺は螻蛄の方が好きかな~……」
「一昨日の幼虫は不味かったもんね?」
―――丸2日振りの食事だ。九郎は慎重に蛇を捌くと、焼きはじめる。
「今考えると、お肉って美味しかったのねー」
肉の焼ける匂いにベルフラムが感想を述べる。
(―――大分やつれて来た……。どこまで続いてやがんだ、この穴は……)
九郎の頭に焦りが出てきていた。
(暗闇を進むのも、もう2週間だ。ベルフラムも強がっちゃいるが、限界に近い……)
九郎はそんな考えを悟られないように努めて明るく答える。
「今考えなくても旨えよっ!」
穴の先は未だ見えない。
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16日目
「ふうっ。ごちそうさまっ……」
ベルフラムが九郎の指から口を放す。
飲んでいた水をふき取りながら、ベルフラムが九郎に問いかける。
水はあれから降っては来ていない。
しかし、九郎はあの時大量の水を削り取っている。
(水の心配はねえ……)
九郎はそう考えながらベルフラムの頭を軽くなでる。
「今日は負ぶってくから――、楽さしてやんぜ?」
「またそうやって子供扱いする……」
「うっせ! たまには大人に格好つけさせろっ!」
「もーしょうがない大人ね。」
そう言ってベルフラムは九郎の背中におぶさる。
九郎は軽々とベルフラムを背負うと歩きはじめる。
最近は2日に1日はベルフラムを背負いながら歩くことにしている。
歩幅も体力も違うのだ。ベルフラムがいくら強がっていても、体力が持たない。
「寝ててもいいぞー」
「でも私が寝たら灯りが消えちゃうじゃない……」
ベルフラムの心配に九郎がかぶりを振る。
「よくよく考えて見りゃあ、一本道で障害物もねえし問題ねえよっ!」
九郎の首に抱きつきながら、ベルフラムが少し拗ねた。
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17日目
足裏から伝わる感触の変化に、九郎は辺りを見回す。
後ろを歩くベルフラムから、カツン、カツンと硬質な物を叩く音がする。
今まで土の床だった洞窟が岩に変わっていた。
「前より歩き易くなったわね」
ベルフラムがそんな感想を漏らす。
だが、前を歩く九郎の顔は焦りの色が色濃く出始めていた。
悪い予感が九郎を苛んでいた。
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18日目
九郎は暗闇の中を歩く。
背中ではベルフラムが静かな寝息を立てている。
軽くベルフラムを背負い直すと、九郎は暗闇の先を見据えて歩き出す。
悪い予感は現実味を帯びてきていた。
この岩の洞窟に差し掛かってから、九郎は動く物を見ていない。
岩盤を削り取ったような巨大な洞窟には、生物の気配がまるで存在していない。
焦りに九郎は無意識に足を速める。
ベルフラムが摂った食べ物は、昨日で最後だ……。
九郎自身が物を食べたのはどれほど前だったか……。
九郎は暗闇を歩きはじめてから殆んどモノを口にしていない。
(俺は食わなくても死なないし動くことも出来る……)
飢餓感には苛まれるが、九郎は餓死する事は無い。
それはこの世界に来てから、早い段階で証明された事だ。
(急がないと……)
九郎は暗闇の先を見つめて歩き続ける。
キュ~クルルル
暗闇の中、場違いな音が響く。
(死なねえのに腹は鳴んのかよっ……)
九郎が拳で軽く胃の辺りを殴る。背中でベルフラムがひとつ身じろぎをして、消え入りそうな声で九郎に問いかける。
「…………聞こえた?」
「……いや、聞こえてねえよ?」
「………しっかり聞いてるじゃないの……」
ベルフラムが羞恥に九郎の背中に顔を埋める。
九郎はベルフラムを背中から下ろすと、左手のみで九郎の胸まで抱き上げる。
「……どうしたのよ……」
九郎の腕の中で訝しがるベルフラムに右手の指を当てがう。
唇に当たる指の感触にベルフラムは何も言わず、指を口に含む。
「……………甘いね」
九郎の右手を両手で抱え、指を吸っていたベルフラムが顔を上げて、その後恥ずかしそうに呟いた。
「……でも私、赤ちゃんに戻ったみたい………。」




