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不死者(ノスフェラトウ)に愛の手を!  作者: 赤丸そふと
第壱章   青年は荒野に逝く
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第二十話  一寸先は闇



  ズズズ


 大地が揺れる様な感覚に九郎は眼を覚ます。

 馬車での旅も8日目を過ぎ、道中も平和そのものだ。

 初めは戸惑った馬車の揺れも、慣れてしまえば心地よい揺り籠へと変化する。


(地震か…?)


 秋口の穏やかな気候も合わさって、眠ってしまったのだろうか。

 九郎は、まだ焦点の合わない目を擦ろうとする。

 ふと腕に重さを感じ右手を見る。


「………………何やってんだよ、ベルフラム……」

「あ………」


 右手の人差し指に吸い付いているベルフラムに、呆れた表情で九郎が尋ねる。

 ベルフラムは顔を赤くしながら、慌てて両手をブンブンと振る。


「いやっ……今日の分が……昨日より少なかった気がしたのよ! だからまだ残ってるんじゃないかなって……」


 必死に誤魔化そうと、赤い髪を整えながらベルフラムが答える。


 ベルフラムが、九郎の指から染み出る、赤紫のサボテンの味を知ってしまってから3日。

 ベルフラムは事ある毎に九郎に蜜をねだるようになっていた。

 当初は、「見た目」的にまずいので断っていた九郎だったが、余りにしつこくねだるベルフラムに根負けして、一日に一回だけ、周りを気にしながら、こそこそと馬車で与えることになっていた。


「そうよ! 今日は昨日より少なかったわっ! だからもうちょっとだけっ!」


 寝ている間に男の指を舐めていた事に対する気恥ずかしさが無いのか、それとも恥ずかしさより甘味への欲求が打ち勝ったのか……。ベルフラムは九郎に向き直って顔を近づけてくる。


「わかった! わかったから、もう少し小さい声でしゃべれっ!」


 観念した口調で九郎はベルフラムをあやす。何もやましい事をしていないのに、何やら背徳的な気持ちが込み上げてくる。

 九郎が右手の人差し指に意識を傾けると、指先から透明な液体が染みだして来る。

 その動作を見たベルフラムは眼を輝かせて九郎の指を咥える。

 尻尾があったら、扇風機の如く振り回してるような表情だ。


「ん……ちゅぷ………………れろ………ちゅぱ……」


 馬車内に響くベルフラムの短い呼吸と指を舐める音。


(たしかにあのサボテンは旨かったけどよっ! こーまでして味わいたいもんか?!? 貴族のお姫様なんだろ? もっと甘いモノも、旨いモノも、食ってんじゃねーのかよっ!)


 恍惚とした表情で指を舐めるベルフラムを眺める。


  ズズン


 再び大地が動くような音がして九郎は顔を上げる。


「なんだ?!?」

「ちょっと! クロウ! 垂れてる、垂れてるわよっ!」


 驚いて立ち上がろうとする九郎にベルフラムが抗議する。

 九郎の指が唾液にまみれて糸を引いている。

 そして唾液の粘度とは違う液体が大きな水滴となって落ちそうだ。


「あーーーーーん」


 最後の一口とでも言いたげに、ベルフラムが目を閉じながら口を開け舌を出す。零れないように両手を口元に添える。


(がっつきすぎだっ!! んなに気に入ったのかよ!!)


 一瞬赤面して、九郎はベルフラムの舌に指を擦りつけて、馬車の窓から顔を出す。


「何かあったんですか?」


 馬車の外を見ると護衛の冒険者達が顔を青くして遠くを凝視している。

 九郎は馬車から飛び降りるとバーランの元に走っていく。


「どうかしたんですか?」


 九郎は再度バーランに尋ねる。

 バーランは青い顔で進行方向を見ていて答えてくれない。

 何があったのかと、九郎はバーランの目線の先を追う。


 ――――大地が裂けていた………。

 なだらかな丘の上から九郎が見たものは、次々と落下していく木々や岩、そして地面・・

 大地の裂け目は幅100メートルは有ろうかと思うほど巨大で、うねりながら作られていくひび割れにそって、折り曲がる様に地面を飲み込んで行く。

 進路上にあるもの全てを飲み込みながら地割れはゆっくりと移動していた…。


「『大地喰いランドスウォーム』……」


 零れ落ちるように、バーランの口から出た単語に、九郎はもう一度聞き返す。


「何なんですか?!? ランドスウォームって!?!」


 九郎の問いに答える代りに、バーランはまだ崩れていない地割れの先を指さした。


「?? ………山?」


 バーランが指し示した方向に大きな山があった。

 何が言いたいのか解らぬまま、目を細めてその山を良く見る。


 ―――山が波打つように動いていた………。

 大地を泳ぐように、その山は地上と地中を行き来している。

 その軌跡がひび割れと化し、大地の崩落を招いている。


「なんなんすかっ!! あれはっ!!!」


 九郎が大声で山を指さしながらバーランに尋ねる。


「『大地喰いランドスウォーム』。でっかいミミズの化物さ!大地を喰らい山河を崩す……くそっ!! 『風の魔境』から出てくるなんて40年は無かったのに!!

 こうしちゃいられん!直ぐに此処から離れるぞっ!」


 バーランは仲間の冒険者に急ぎ声を掛けて進路を変更する。

 九郎も慌てて馬車に乗り込むと、御者台で目を丸くしていた御者に此処から離れる事を伝える。


「何があったのよっ!?」


 馬車に戻った九郎にベルフラムが心配そうに九郎を見る。


「わかんねえけど、ランドスウォームって化け物が出た! 地面がひび割れて崩壊してた。急いで離れねえとやべえ!!!」


 速度を速める馬車の揺れに耐えながら、九郎が矢継ぎ早に答える。

 ベルフラムもランドスウォームを知っていたのか青ざめた表情でベッドのシーツを掴む。


「なによ! 災害級の化け物じゃない!? 後少しで帰れるってのになんでよっ!」

「どのみちあの地割れじゃ、迂回しなきゃどうしょうもねえよ! いいから何かに捕まってじっとしてろ!」


 涙目で不満を叫ぶベルフラムに、九郎も語気を荒げながら答える。

 1時間ほど経っただろうか……。

 馬車が速度を緩める気配に、九郎はほっと胸をなで下ろす。

 辺りに夕闇が満ちてきて、西日が窓から差し込んで来る。

 後続の馬車も追いついたのか、馬のいななきが後方から聞こえる。


「なんとか……なったのか……?」


 九郎が外を見ようと顔を上げる。


  ズズズズズズズズズズズズズズズ


 激しい揺れと共に馬の狂ったようないななきが聞こえた。

 突如射し込んでいた光が途切れ暗闇が訪れる。

 下りのエレベータに乗った感覚―――。

 そして雷の様に大音響で響き渡る恐ろしい音。


「やばいっ! 地割れかっ!?!」


 九郎はとっさにベルフラムを引き寄せると、覆いかぶさるようにして体を丸める。

 ベルフラムが腕の中で悲鳴を上げる。

 ガスッと重い音がして、九郎の左肩が潰れる。


(くそっ! 速攻で『再生』させねえとベルフラムも潰れちまうっ!!)


 赤い粒子を体から噴き出しながら、九郎は体を再生させる。

 岩が、木が、馬車の屋根を突き破って九郎の背中に降り注ぐ。

 九郎は『再生』に集中し、それらが体を突き破る前に塞いでいく。

 何時間たったのだろうか……それとも数秒だったのか……突如体が跳ね上がる。


「いでえっっ!!」


 跳ね上がった衝撃で後頭部をしこたまぶつけ、九郎が呻く。

 がらがらと土砂が崩れる音を聞きながら、落下が止まった事を知って九郎は大きく息を吐く。

 ベルフラムが腕の中で震えている。

 目を凝らしても何も見えない。

 闇の中でベルフラムの嗚咽の声だけが響く。


「………大丈夫か?」

「………大丈夫……じゃ…ないわ………」

「!!! 何処か怪我してんのか!?!」

「怪我はしてないわよっ! でも怖かったのよっ! 死ぬかと思ったわよ! 大丈夫な訳ないじゃないっ!!」


 極限の恐怖からか、怒ったように涙声でくってかかるベルフラム。

 顔を上げた瞬間、ポタリと顔に落ちてきた水の感触にベルフラムは少し安堵した声で九郎に尋ねる。


「なによ……あなたも怖かったみたいね……。男なのに泣いちゃってさ……」


 ポタリ、ポタリと顔に掛かる水滴にベルフラムが少し笑ったようだ。


「馬鹿言ってんじゃねーよ! 男が怖くて泣くわきゃねーだろ? 汗だよ! 汗!

 ―――まあ、すっげービビったのは確かだけどなっ!!」


 九郎は、お互いの顔も見えない状況に安心しながら、血まみれの顔で笑って答えた。




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